東の技術9
魔女は都から逃げて来た亜人達と共に船着き場を手早く占拠する。
船着き場は人間達が他大陸からの亜人を拒んでいた為、かなり寂れており、規模は大きいものではなかった。しかもまだ遅い時間という事もあり難なく亜人達だけで占拠できた。
そこにあった小舟をいくつか持ち出して、魔女達はルインを探しに海へ出た。
「いい?ルイン。この魔鉱石の魔力を辿りあなたの場所を探すから通信をやめちゃダメよ?」
『分かった』
小舟は周囲を確認できるように等間隔で並んで進み、魔女の先導でルインが居る方向へ向かう。
小舟の先頭には松明を持った亜人を待機させ、灯りがルインにも見える様にする。すると数十分後、魔鉱石越しのルインが喜びの声を上げる。
『ウィチーさん灯りが見えたよ!』
「近いわね。皆、ルインの船を見落とさない様に!」
そうして魔女達は通信を頼りにルインの元へと辿り着いた。
魔女はルインが乗っている小舟に近づかず、少し手前で止まる。
「チウィーさん?」
「さっき聞いた話だとエルハイナからウイルス、病気を貰ったらしいわね」
「あ、そうか。俺は効かなくても他の亜人に移るかもしれないよなぁ」
「理解が早くて助かるわ、だからこんなものを用意したの」
魔女は小舟に積んでいた樽を海に落とした後、水の魔法で水流を作り、ルインの小舟の近くへ移動させた。
「これは……酒?」
樽を引き上げて中を確認すると、ツンとしたアルコールの匂いがルインの鼻をつついた。
「そう、こっちの船に来る前に酒で体を清めてちょうだい。他の船にも積んであるから、使う量は気にしなくていいわ」
両隣の小舟からも樽を落とし、ルインの元へ届ける。
「お、おぉ……」
ルインは着ている物、持ち物を全て酒に浸し自身も酒を浴びた。
「まさか海の上でこんな事をするとは……泳いでもないのにびしょ濡れだ」
魔女の小舟に移ったルインは全身から酒の匂いを漂わせる。
「魔獣の事をキドウに任せっきりにしちゃったな、状況分かる?」
船着き場に戻る途中ルインは魔女に聞く。
「私達も都を出てからはどうなったかは分からないの。ただ外から見ても魔獣達がすごく暴れているのは分かったわ」
「そっか……急いで戻らないとな」
一行が船着き場に戻る頃には日が昇り始めていた。
占拠した船着き場に亜人達を待機させ、ルインと魔女は再び都に戻った。
都に入った二人は、都の変わり果てた光景に驚愕する。
研究所から解き放った時よりも魔獣の数は多く、辺りには兵、民問わず人間が倒れており都は最早壊滅的だった。
「も、もう妨害工作なんてものじゃなくなっちゃったな……」
倒れた人間を見た魔女はルインを止める。
「待って」
倒れている人間の体に魔女は近づき観察する。
「これは……」
倒れている人間の皮膚は所々爛れ、顔色は蒼白となっていた。
「布で鼻と口をふさいで、病気が蔓延している可能性がある」
「でも俺は病気は効かないんじゃ……」
「あなたには症状が出なくてもあなたを介して別の者に移る可能性があるわ。本当は今すぐ都から出て行くべきなんだろうけど……」
魔女は二枚のハンカチを取り出し、小さな声で呪文を唱える。そして、一枚をルインに渡した後、ハンカチで顔半分を覆った。
「これで口と鼻を塞いで。どんな病気かは知らないけどこれでひとまずは大丈夫なはず。早い所キドウを見つけなきゃ」
「よし、それなら」
ルインは魔獣を呼ぶ。
「おーい!」
ルインの声に反応しやってきたのは、四足でネコ科の見た目をした大きな魔獣だった。
「君は研究所から一緒に逃げた魔獣か、最初に一緒だった鬼人を知らないか?」
問いに答えるように魔獣は二人を背に乗せ走り出した。
しばらく走っていると噴水のある広場に到着する。
噴水の縁に鬼人は座り込んでいた。
「キドウ!」
ぐったりしてる様子を見てルインは慌てて駆け出す。
「ん?ああルインか……ふぁぁ……」
自分を呼ぶ声に気づき鬼人は立ち上がると、欠伸をしながら伸びをする。
「なんだ……ぐったりしてたからやられたんじゃないかと思ったよ」
「あまりにも暇だったからな。それより遅いじゃないか、もう日も明けてるし。魔王軍はあまり良い労働環境じゃないな」
「魔王軍って……でもごめん、実は……」
ルインは研究所で分かれた後の事を話す。
「なるほど彼女は死んだか……」
「それにしてもその姿とこの状況は一体……」
ルインは鬼人の姿の変化と最初よりはるかに多い魔獣の事を聞く。
「そうか、このまま寝てしまったのか」
鬼人は全身から力を抜き元の状態へと戻る。
「俺は二人みたいに魔獣と意思疎通は出来ないからな。野生の力を使ったんだ」
「野生の力?」
「ああ、簡単な話だ。俺が魔獣達のボスだと力で示した」
「魔獣って従わないんじゃ、それにこれは……」
ルインは周囲を見渡す。
建物はボロボロになり所々に人間の死体が転がっている。何より魔獣は最初に解放した数よりも明らかに多く、都を駆け回ったり空を飛び交ったりしていた。
「魔獣は圧倒的な力があれば束ねられるぞ。……最初はまとめてたんだが魔獣達はどんどん仲間を呼んでな……それにつられたのか他の魔獣も集まってきて収拾がつかなくなったから自由にさせたんだ」
鬼人は両手を上にあげ首を振りながら説明した。
「冒険者は?」
「魔獣を止めようと何人か来たが返り討ちにした」
道路に倒れている人間を指しながら言った。
「うーん妨害工作だけのつもりだったんだけど……都全体がこの様子なら他の都よりもここが一番被害が大きくなるな」
「領主を倒し妨害も完了したという事は引き上げるか?」
「そうだね、チウィーさん曰くここは病気が蔓延しているらしい」
「それで人間達が倒れて行ったのか……ん?って事は俺は……」
「はいストップ」
魔女が二人の会話を遮り鬼人を遠目から観察する。
「症状は出てない様ね……でも病気を持っているかもしれないからあなたは隔離するわ」
魔女は自分とは別に鬼人を軸とした結界を張る。
「おお?」
「さて身を清める為、酒を調達しながら都を出ましょう」
「あーそれなんだが……」
「?」
鬼人が移動しようとすると周囲に魔獣が集まってくる。
「彼等は研究所を一緒に出た魔獣か。ええと何?着いて行く?そうか彼等もずっとこの都に野放しにしとく訳にはいかないもんな」
ルインは魔獣の声を聞き、魔獣達の今後を考え始めるが鬼人はその考えを否定した。
「いや……おそらくそういう事じゃないと思う。誰に着いて行くか聞いてみてくれ」
「?ええと、誰に……ん?ボス?」
「やはりな。先程言ったろ、俺をボスだと示したと……」
「じゃあキドウはこの魔獣達の群れのボスに……」
「そういう事だな、あまり他所の地でやりたくなかったんだが……誰かさんが遅いせいでこの力を使って魔獣をまとめなくてはならなくてな」
「その……遅くなってごめん」
ルイン達は大量の魔獣を連れながら都の出口を目指す。




