北の山3
辺りがすっかり暗くなった頃、ルインと魔女は森を出て人間の国、北の都の門に向かっていた。
都では馬は必要なくなると言われる。エルフの元へ馬を預け、二人は徒歩で森から出た。
北の都には亜人街はなく、亜人は全て北の森の中に住んでおり、北の都の境は巨大な塀で囲われていた。
「本当にやるの?戦力が足りないから協力を頼みに来たのに、協力の条件が北の領主と戦うなんて本末転倒よ」
魔女は愚痴を漏らす。
「チウィーさんの言う事も分かる、けど俺は自分の力がどこまでできるのか知りたいんだ。チウィーさんは森で待ってても良かったのに」
「王単独で敵の都に行かせるなんて出来ないでしょう。何かあった場合は引きずってでも逃げるからね」
魔女は呆れながらも了承する。
「まあもうこの手紙がある時点で怪しいんだけど……」
ルインはエルフから北の都に入る際、都の門番に渡すようにと手紙を持たされていた。
「これがあれば余計な騒ぎは起きないって言っていたけど」
ルイン達は都の門に近づいて行くと、門を守っていた人間達に捕まりそうになる。
しかし事情を話し手紙を見せると兵の態度は一変、都の宮殿まで案内された。
「通れたね……」
「ますます怪しいわ」
エルフの言う通り二人はすぐに馬車に乗せられ賓客級の扱いを受ける。
賑やかな都の大通りを抜け、領主の住まう宮殿へと連れて来られた。
宮殿に入るとルイン達は大広間に通され、中には長い銀髪の知的な男、かつて勇者と共に戦った仲間の一人が悠然と座っていた。
「あれは……」
「お前達、領主の前だぞ頭を下げろ」
兵はルインに頭を下げるよう強要するが、銀髪の男はそれを止める。
「いい、あの男の使いならな。手紙を持っていると聞いたがさっそく見せて貰おうか」
ルインは銀髪の男にエルフから預かった手紙を渡す。するとその場で封を開け読み始める。
「ふっ、ふふ……ははは。そうかあいつめ。お前達は下がっていい」
銀髪の男は兵を下がらせる。そしてルインを全身舐めるように観察する。
「さて、何から話せばいいのか……まずは自己紹介だな。私の名はディムワズ、勇者のパーティでここの都で領主をしている男だ」
ディムワズは礼儀よく挨拶する。
「しかし、奴もいきなりこんな上客を送り込んで来るとは。南の森の魔女にワドファー国の魔王か」
「全部バレてるのね、その手紙にはなんと?」
魔女は質問する。
「君達がなんと言われてここに来たかは知らないが、魔王と森の魔女を向かわせたから好きにしろとだけ。何なら手紙を見るかい?」
ルインはディムワズから手紙を受け取り、魔女と一緒に目を通す。
「本当にこれだけだ」
「その反応を見ると君達はリーグに騙されたみたいだね。大方、今ワドファーの現状を打破すべく彼に知恵を借りに来たのだろうけど、彼と私は兄弟なのだよ、異母だがね」
その言葉を聞いた瞬間、魔女はディムワズに魔法を放つ。しかし魔法は彼の張った結界で打ち消されてしまう。
「止めた方が良い、いくらマリアと同レベルの魔女であろうとここは敵のど真ん中。人を呼べば魔王はともかく君を捕える事は出来る」
「だったら逃げるわよルイン。あのエルフ最初から私達に協力するつもりなんてなかったのよ。あなた達、最初から仕組んでいたのね!」
「まあまあそう慌てずに」
ディムワズは魔法を放つ魔女を鎮める。
「私も魔王、君に用がある。食事でも一緒にどうだろうか?」
「はぁ?」
杖を構える魔女は手を止め素っ頓狂な声を出した。
宮殿の広い食卓でルインとディムワズは向かい合って座っていた。
ルインの横に座る魔女は耳打ちする。
「ちょっとどうするのよ。こんな所で食事なんて」
「まだ俺達は何かされた訳じゃないし、逃げるには早いよ」
「何かされてからじゃ遅いのよ……」
ルイン達はヒソヒソ話すが、ディムワズは気にせず話しかけてくる。
「北の都はどうだ?ここへ来るまで街並みを見たか?」
「いや、俺達は訳も分からずここへ連れて来られたからあまり」
「そうか……今は山から水が豊富に流れてくる時期でそれを祝って感謝祭をやっているんだ。この都ならではの祭りだからぜひ見て行って欲しかったんだが……来たか、遠慮せず食してくれ」
ルインと魔女の前にも料理が置かれる、だが二人とも手を付けようとはしなかった。
「……食卓を囲んでいるとはいえ敵同士、いきなり食事を出されても警戒するか。毒見役を……」
「いや、あなたは俺の力を知っているんだろ?それなら毒見は必要ない」
ルインはそう言って料理を行儀よく食べ始めた。
「私は元よりあまり食事をしないからいらないわ」
「そう言えばマリアから大魔導師と君、二人の魔女の事を聞いてたな。これは失礼した。食事の代わりに何か必要なものはあるか?」
「お茶だけで十分よ」
食事をしながらあまりにも普通に話すディムワズに、ルインは率直に聞く。
「俺に用とは?」
「そうだな、そろそろ本題に入ろう」
ディムワズは口を拭き答えた。
「簡単な用さ、私は勇者に君の倒し方を調べて欲しいと言われていてね。しかし私は君に会った事が無くどうしたものかと困っていたんだ。そんな時君が現れた」
「つまり用件とは俺の倒し方を調査する事?」
「正解だ。色々試させてほしい、君は普通の手段じゃ殺せないんだろう?最初に言っておくがそれ以外には何もない、私は国同士のいざこざなんかも興味はないしな」
あまりに潔い答えに困惑するルイン。
「それ以外にって言ったって……ワドファーの現状は俺の力で何とかもってるようなものだ。敵に協力し力が暴かれるのはリスクが伴うし面白くない」
「それは当然そうだな、だから私は君に決闘を申し込もうと思ってね」
決闘の言葉が出た瞬間、場に緊張感が走る。しかしディムワズは今までと態度を変えず淡々と語る。
「まあ待て、決闘と言っても戦士や兵がやるような物とは違う、そんなに強張らないでくれ」
「なら一体どんな決闘を?」
「至って簡単さ、私が君を殺せるかどうかを試すんだ。君は黙って楽な姿勢でいてくれたらそれでいい」
「あんたの攻撃をただ黙って受けろと?」
「そう、これほど勝敗がはっきりする決闘もないだろう。成功すれば君が死に、失敗すれば私が死ぬ。狙いは君だけだから魔女には一切手を出さないと約束しよう」
ルインと魔女は顔を見合わせどう返答するか迷っていた。
「私が死ねば北の都の指揮は麻痺し、兵達は止まる事になる。余計な血は流れないし、君達にとっても良い条件だと思うが」
ルインは少しの時間考え込んでから返事する。
「……分かった、良いだろう」
「本当に?ルイン」
「森の長のエルフの協力条件は、この都で俺の能力が通用するか確かめると言っていた。そして、これがその場だと思う、それにもし協力の話が無くなっても都の戦力を削ぐいい機会だし、俺はこの力の限界を自分でも見極めたかった」
「……あなたが決めたなら従うわ」
「ありがとう、という訳で受けるよ。その決闘」
ルインはディムワズに向き合う。
「そう来なくては、ならばまずやる事は……食事を続けながらこれまでの体験を聞かせてもらおうか」
「……はぁ」
ただ攻撃を食らう一方的な決闘を覚悟するルインだったが、ディムワズの申し出に気が抜ける。
「勘違いしないでくれたまえ、もし私がこの場で剣を君に刺しても私の敗北は確実だろう。私の使命は君を倒す為の調査なのだ、故にどのような行動が効果的なのかを調べなければいけない。いわば君の力と私の知恵比べさ」
「な、なるほど?」
「それと体験と言ってもワドファーの国の機密も話さなくていい。そんな物に興味はないし、大事なのは君を倒す方法だからな」
ルインを倒す為に、ディムワズはあくまでワドファー王ではなくルイン個人の戦いの記録を知りたがった。
「だったらまずは南の戦争から……」
こうしてルインの死を引き当てるという変わった決闘は始まる。ディムワズは聞き上手でルインから様々な情報を引き出していった。
ルイン自身も自分の力をよく分かっていないので、どんな情報が役に立つかもわからず今まで起こった事を語る。
話はルインとディムワズの二人が食事を食べ終わっても続いた。
「――これが不毛の森で起こった戦いだ」
「……なるほど、覚えている限りで君が傷ついた事あるのは、自分で血を取り出した時と勇者にやられた二回だけ。これは骨が折れそうだ」
話を聞き終わったディムワズは、宮殿の使用人を呼び色々指示する。
指示が終わったのかメイドが部屋から出て行った後、ルインはディムワズに話す。
「あなたは他の人間とは何か違う、西の都とワドファーの間にあった村の人間に近い感じがする」
「それは立場や視点によるだろ。私はリーグと兄弟だと言っただろう、そのせいで私は亜人に偏見は無いだけ。誰しも近しい者には悪いイメージなど持たない」
「なるほど、あなたその地位を利用してあの森を守っていたのね」
「否定はしない」
「これで分かったわ、あのエルフは私達に協力なんてしたら人間に目を付けられ北の都からも庇われなくなる。あの森にとってはメリットが無いどころか私達に協力するだけ損ね」
「そう、だからリーグは私に君達を差し出した」
「美しい兄弟愛ね」
魔女は皮肉交じりに言う。
「偏見は無いか、だったら決闘とは関係ないが一つ教えて欲しい事がある」
「……質問にもよるが」
「空翼人の事だ」
ディムワズは目を一瞬見開き、魔女を見る。
「私も知りたい側の人間よ、昔にマリアからあなた達の仲間に亜人が一人居ると聞いた事があるだけ、詳細は知らないわ」
「チウィーさん……彼女の師匠、大魔導師に俺の力は勇者に似てると言われたんだ。勇者の力とは空翼人の祝福ってやつなんだろう?さっき話した通り俺は自分の事もこの力の事も知らない、だからせめて近いと言われた空翼人やその祝福の事を知りたい」
ルインの言葉を聞いたディムワズは一瞬考え答えた。
「……良いだろう、この場なら魔女の意見も聞けるだろうしな」
「私の意見?」
「そうだ、率直に言う。私も空翼人や祝福の事をほとんど知らない」
「仲間だったのに?」
「……ああ、あの頃は種族なんて気にしなくとも仲良くやれていたからな……」
ディムワズは記憶を辿るように、ゆっくりと語り始める――。




