北の山2
二人はしばらく森の中を歩いていると、背中のあたりにじわりと刺さるような感覚があった。
「……誰かがずっとこっちを見てるね」
「でも、仕掛けてくる気配はないわね。見られるだけなら、泳がせておきましょう」
森を進む二人を複数の視線が襲う。その状況で二人の進行は数時間続いた。
「この森かなり広いね……一体軍師の先生はどこに居るんだろう」
「さあねぇ、視線はあるんだから縄張りは近いとは思うんだけど。ちょっと上から見てみるわ」
魔女は乗っていた杖を森の木の上まで浮かせ登っていく。
「うーん……緑しか見えない……」
前後左右見渡すが、森には目印になりそうなものは無く、魔女は下に降りる。
「ダメね、単純にこの森が広すぎる」
「困ったなぁ。そろそろ日が沈む頃なのに……」
「仕方ないわね、手荒な事はしたくなかったけど……私達をずっと見てる彼らに教えてもらいましょう」
「え?」
ルインの返事を待つ前に、魔女は杖を構えて魔法を放つ。
「サウンドウェーブ!」
甲高い音が周囲に広まった。
「チウィーさん!交渉に来たのに攻撃は……」
ルインが言い終わる前に二人めがけて、複数の矢が飛んでくる。
魔女は結界を張ってほとんどの矢を防いだが、ルインに飛んできた数本だけはあえて見逃した。
ルインを狙った矢は、突風で煽られ発射された方角へ返っていく。すると、矢が飛んできた方から悲鳴が聞こえ、何かが落ちて来た。
「あれは……」
「あれが矢を撃ってきた張本人ね」
「やるならやるって言ってよ……」
ルインは呆れながら落ちて来た者の方へ向かう。
「あの、生きてますかー?」
ルインが生死の確認をしようとすると、落ちて来たそれは後ろに飛び退いた。
「うっ……痛い…………お前ら一体何なんだ!」
落ちて来た者の姿は丸い尻尾と頭の上に長い耳のついた獣人の姿をしていた。肩を見ると矢が刺さっており、ルインを殺そうとしたのではない事が分かる。
それを見たルインは、獣人に近づこうとするが、魔女は制止する。
「待って、まだ狙われている」
魔女は今度こそ完全に二人に結界を張る。
「あの、俺達は危害を加えるつもりはありません!どうか撃たないで」
ルインは両手を挙げ敵意がない事を示す。すると森の奥から弓を構えた、姿の違う獣人達がゾロゾロと出て来た。
「お前達何者だ、なぜこの森へ入った」
リーダー格らしき獣人が質問する。
「俺と彼女はワドファーから来た、この森に棲んでいるというエルフの長の力を借りたいんだ。決して危害を加えるつもりはない」
「我々には魔法で攻撃されたように見えたが」
「私は道に迷ったから音で地形を調べようとしただけよ。見張られてるなんて知らなかったし」
魔女は悪びれた様子もなく、さらりと返した。
「……まあいい、エルフの長とは先生の事か」
「多分そうだね、ワドファーの軍師の先生でもあるノウド・リーグという方に」
ルインの言葉は肯定も否定もされず、代わりに速やかに十人に囲まれる。
すると、ルインは身体を丹念に調べられ、武器である短剣を取り上げられた。
魔女も持ち物を調べられたが、何も取られず、ルインは不満を表す。
「チウィーさんは何も取らないんだね」
「……魔女に道具の没収なんて無駄だ、それより持ち物に魔法を組み没収後、発動される事の方が厄介だ」
「ふーん……」
リーダー格の獣人は、淡々と応じた。だがそれを聞いたルインは納得いかない顔をする。
「我々もワドファーのオノの事は知っている。昔、共に先生の元で学んでいたからな。だがお前達が本当にオノの紹介で来たのかは疑わしい、ワドファーの者だという事も含めて」
「当然ね。だから彼から手紙を預かってるわ」
魔女の言葉でルインは、すかさず軍師から貰った手紙を出す。
「この封蝋は確かにワドファーの物……良いだろうお前達はワドファーから来た事は信用しよう。ついて来い」
封蝋を確認した獣人だが、それでも警戒は解かず二人に指示する。ルイン達は獣人達の後をついて行くと物の数分で木の上に家がある生活感のある村に入った。
「あれ、こんな近くに村があったのか……」
数時間森の中を探索していたにもかかわらず、いきなり目の前に村が現れルインは驚く。
「この森は広大で至る所に村がある。お前達も何度か近くを通ったようだが……」
「俺達、森に入ってからかなり探したけど、村の気配なんて感じなかった……」
「当然だ、隠されてるからな」
「こんな立派な村を?いったいどうやって……魔法の類の力は感じなかったわ」
空を飛んでまで確認した魔女は、信じられないと言うような口ぶりで尋ねた。
「特別な力など使っていない、無意識に辿り着かない様な道へ誘導する。先生はこれを心理学と言っている」
「そんな事が本当に?上から見ても何も無いように見えたけど」
「単純なカモフラージュだ、村全体を森と同じ色にしているし、なるべく木は切らず建物に利用しているからな」
説明を聞いても魔女は納得いかない顔をしていた。
獣人はルインと魔女を連れ、かなり高さのある木の上の家へと入っていった。
「この森全体が先生の構想で出来ている。だから当然村同士の連絡手段も備わっている」
二階へあがると籠がありその中から一羽の鳥を出す。
「鳥?」
「鳥の帰省本能を利用して連絡を取り合う方法、キャリアバードだが……王なのにそんな事も知らんのか?」
「うっ」
鳥を手に乗せた獣人はルインを疑いの目で見る。
「……今から先生にお前達をどうするか聞く」
獣人はそう二人に伝えると、手紙を書き鳥の足に括りつける。
「先生の所ならそう時間はかからない、しばらくこの建物で待ってるんだ。決して外へは出るな」
ルインと魔女は獣人達に見張られながら一階で待たされる。一応客として扱われているのか、お茶は出された。
「この村、いえこの森か。ここは私でも知らない技術や知識でいっぱいね。ここの知識が広まれば、今ある技術は凄い革新を遂げるかも」
「そこまで?」
「ええ、他種族からも先生と呼ばれるエルフ、とんでもない存在かもしれない」
魔女程の知識を持つ者が、ここまで賞賛する事にルインは思わず息を飲んだ。
しばらく獣人達に囲まれながらの鳥の帰りを待つ、ルインは何度か獣人に話しかけてみたがとりつく島もなかった。
それから一時間もしない内に二階から音が聞こえる。
「鳥が帰ってきたようだな」
「なら早く結果を教えて」
気まずい雰囲気から解放されようと、ルインは獣人をせかす。
鳥に付けられた手紙を外し獣人は内容を確認する。
「……先生はお前達に会うそうだ、これでお前達は正式な客人。先生の所までは我々が案内する」
「正式な客になっても待遇と態度は変わらないのね」
「怪しいのは変わらないからな」
「まあいいじゃないか。国のみんなも待っているし早く行こう」
二人は獣人に連れられながら村を出る。
何を聞いてもそっけない返事をする無口な獣人と気まずい時間は、道中もルインを気疲れさせた。
それから数時間歩き、先程の村よりもこじんまりとした村へ辿り着いた。
「何だか小さい村だ、ここに先生が?」
「そうだ、ここは森の中枢」
獣人が説明しながら進んでいると大きな、そして城とも家とも形容しがたい不思議な形の建物に到着する。
「ここに先生が居る。そして森に住む者達が知識を得る学び舎だ」
「大きい、けど変わった形だ」
ルインと魔女は建物を見上げた。
獣人たちが中に入っていくのを見て、ルイン達も慌てて後を追った。
中は大きな部屋が数個あり沢山の椅子と机が並ぶ。
「なるほど、この大きな部屋で大人数相手に纏めて知識を教えるという訳ね」
「この森の住民は一回は先生の教えを受けている。森の外からも教えを請いに来る程だ、オノのようにな」
一行は他とは違う、明らかに生活感のある部屋の扉の前に着いた。そこで獣人は忠告する。
「いいか、お前達は確かに客だ。だが先生の命令あらばすぐにでも首を刎ねるぞ」
「それはご忠告どうも」
魔女は獣人達の言う事を気にせず、軽くあしらう。
獣人もそれ以上は何も言わず部屋の戸を叩く。
「ワドファーの客人を連れてきました」
「そうか、入ってくれ」
中から聞こえた声は若い男性の声だった。
獣人が扉を開けルイン達に入るように促す。
部屋の中は本だらけで、銀髪で線の細いエルフの男が一人、机に向かって何かを書き続けていた。
「あなたが……」
ルインがその容姿を見ていると、部屋は後から入ってきた獣人により囲まれる。
「さて、君達は遥々ワドファーから来たと言うが、この私に何の要件かな」
エルフは物を書きながらルインを見ずに問う。
ルインは軍師の先生は気難しいという言葉を思い出し、慎重に言葉を選ぶ。
「……突然の訪問失礼した。俺はワドファー国の現国王、ルイン。この度は我が国の軍師オノの伝手でオノの先生であるあなたに協力を要請しに来た」
ワドファーの王という言葉にエルフの手が止まり、やっとルインと魔女の方を向く。
「ほう、君が……そちらは南の森の魔女じゃないか。新王と魔女、これは奇妙な組み合わせだ」
「私の事を知っているのね」
「有名だからね、そして……」
エルフはルインの頭の先からつま先までを観察する様に見る。
「ふむ、これは失礼した。ワドファーの新王相手なら不躾な態度はいかんな。だが失礼ついでにあなたが本物の王である証拠として、オノからの手紙を見せて貰おう」
ルインは軍師から預かった手紙を渡すと、エルフは直ぐに封を開け読み始めた。
「……なるほど、確かに本物だな。君達は元の持ち場に戻っていい」
エルフはルイン達の後ろに立っていた獣人に言った。だが獣人は反論する。
「よく知らない者達といきなり……護衛が必要なのではないかと……」
「大魔導師の弟子と人間の国に喧嘩を売った魔王、この二人を相手になんて護衛なんて無駄だろう。もし本気で来られたらどうしようもない」
エルフは手を振り観念したようなそぶりで言うと、獣人達は顔を見合わせそそくさと出て行ってしまった。
「さて、では改めて。私はこの森で様々な知識を与えているノウド・リーグだ。手紙には協力とあったがどういう経緯だ?」
ルインは言葉を選びながらここまで来た経緯をエルフに伝える。
「……という訳で我々はあなたの知識を借りたい」
「ふむ……結論から言おう、君達に協力は難しいな」
エルフは椅子に座り黙って事の顛末を聞いていたが、答えは即決だった。
その早すぎる回答にルインは少し面食らいながら質問する。
「……理由を聞いてもいいかな」
「簡単だ。私に、この森に住む者達にメリットが無い」
「もちろん礼はするつもりだし、あなた達も人間には困ってるのでは?」
「確かに最近は北の都から人間の兵達がこの森にちょっかい出しているようだが……」
「だったらその人間に関しては力になれるかも」
「いらん、一度排除したところでまだ沸くだろうし、それくらい我々でもできる。それよりむやみに手を出して戦争になっても困る。この前の不毛の森の時みたいにね」
「あの戦いを知ってたのか」
「当然、どんな戦いをしたのかも。この森であんな事をされては困る。……だが君の力には興味があるな。西の都の軍の指揮系統を壊滅させた力、それに公表されてないが南の都の件も君だろ?」
「……」
取り付く島もなく、さらに過去の事も言い当てられたルインは、返す言葉もなく黙り込んでしまう。
「そうだな……君の力を見せて欲しい。その力が有用で本当に利になる物なら、私の用意した状況下で力を示してみろ。そうすれば手を貸してやる」
「力を示す?」
「そう、これは手を貸す上での試験みたいなものだ。南と西の時は人間が油断しいてたに過ぎない。だが北の都で万全の状態の人間に君の力が本当に通用するか試させてもらおう」
「待って私達が北の都に行けば必ず争いが起きるわ、戦争が起きるのは困ると言ったのはあなたじゃない」
魔女はエルフの矛盾に反論する。
「ああ、だから私の用意する状況が必要なんだ」
エルフは怪しい笑みを浮かべた。




