西の魔法使い5
「はぁはぁ……」
三人は、宮殿から離れ住宅街のあたりに来るが、魔導師の息がかなり上がっていた。
「師匠さん!大丈夫!?」
「そろそろ時間みたいね……」
魔導師はそう言いながら、旧亜人街跡の住宅街へ降下していく。
「もっと先まで行ければ楽だったんだけど……」
三人が着地した瞬間、魔導師が持っていた大きな魔鉱石が砕けてしまい、それと同時に魔導師の姿が元の老婆に戻ってしまった。
「師匠、魔鉱石が……」
「若さを手に入れるには、膨大な魔力が必要って事さ……」
冗談めかしながら言う魔導師は杖で体を支え、大量の汗をかいている。
若くなる術は魔力だけでなく、相当の体力も使うようだった。
「あの魔鉱石は世界規模の危機があった時の為、取ってあるって言ってたのに……私を助ける為に……」
力が入らず座り込む魔女を撫でながら魔導師は言った。
「私はね、人間が自分達以外の全てを滅ぼそうとしてる今こそ、世界の危機だと思ってるわ。それに抗おうとしてるあなたを助けるために使うのは当然じゃない」
「師匠……ありがとう」
「それに、少し小さくなるけどあれクラスの魔鉱石は、ワドファーにもうひとつあるの。いざとなったらそれはチウィー、あなたが使いなさい」
「はい……」
「これからどうしようか?魔力通信機の脅威は残ったままだけど……」
ルインは魔女に話しかけたが、魔導師がすかさず口を挟む。
「すぐにこの国から出るべきね」
「え?でも……」
「私達はまだマリアから逃げ切れた訳じゃないわ、あの子も占いや探査魔法は使える。あの子自身が動けなくても通信機ですぐに兵達をここに寄こすでしょうね」
「なんだって!」
「私ももう魔法は使えないし、チウィーも体の中の弾を取らなきゃ……今はもう逃げるしかないのよ」
「分かった、急いで都の門まで行こう、チウィーさんも掴まって」
三人はすぐに都の出入口に移動を始める。
しかし、行く先々に人間の兵は先回りしており、なかなか出入口に近づけずルインは焦り始めていた。
「もうこんな所にまで……」
「やっかいだね、マリアは魔法で私達の場所を探り兵を配置している」
「魔法じゃこの広い都の中正確に私達の位置は分からない、けど、おおよその見当を付けて、兵を置けば簡単に包囲できてしまうのね」
「これが魔力通信機の有用性か……」
待ち伏せしていた兵に注意を凝らしていると、三人は見回っていた兵に見つかってしまう。
「居たぞこっちだ!」
「しまった!」
二人は駆け出すが、年老いた魔導師と魔女を背負うルインは、簡単に袋小路に追いつめられてしまう。
マスケット銃を持つ兵に半円型に囲われる三人、どう見てもルイン一人の体で二人を守る事は不可能だった。
「この射撃で生き残った者は特進が待っている。そして魔女を殺した隊には、王都へ昇格、移住、勲章が待っているぞ!第一隊、構え!」
兵達は銃を構えた。
「……どうやらここまでの様ね」
ルインの後ろに居た魔導師は、背負われてる魔女を庇う様に立った。
「嘘でしょ?師匠!やめて!」
「これから必要なのは……魔法も使えない老婆じゃなくてあなたよ、チウィー」
「師匠さん!」
「撃て!」
銃声が響く。
魔導師は倒れ地面には大量の血が広がった。
「いやぁぁ!」
撃った兵の中には、銃が暴発した者も何人かいた。だが、他の兵がすぐに彼らを奥へと引きずっていく。
「第二隊前へ!」
銃は一発一発弾を込め直す必要があるため、撃った兵達も奥へ周り次の兵と交代する。
「構え!」
「師匠!」
「ダメだ!チウィーさん!」
ルインの背中から降り、魔導師を抱えようとする魔女。しかしその行動は兵達には狙いやすくしてくれるようなものだった。
「危ない!」
「撃て!」
ルインは魔女に飛びつく。
「あぁ!」
だが魔女の脚と肩に弾が当たってしまう。
ルインが無理やり射線に入った為か、兵達には先程より多くの怪我人が出た。
「ッチ!惜しかった。第三隊前へ!」
倒れた魔女を守る様に覆いかぶさるルイン。だが魔女の方が背が大きく、魔女の体全てを庇いきれなかった。
「構え!」
「止めろー!」
ルインは顔を上げて叫ぶ。
「撃て!」
発砲命令の合図と同時に、ルインから天へと光が放たれる。
その光景に兵達は驚きおののいた。
「な、なんだあれは!」
「男は無視して魔女だけ狙えばいいんだ!撃て!撃て!」
兵達はルインを避けて撃とうとするが、光が眩しく魔女に狙いを定めるのは困難で引き金を引くのを躊躇う。
「何をしている、これは領主直々の命令だぞ!撃て!」
命令の後、辺りに複数の銃声が響いた。
倒れたのは銃が暴発した兵、それと発砲を命令していた上官らしき兵だった。
「な、なんで……」
その場にいた大半が血にまみれになり倒れていく。
「なんで直接撃ってない隊長が倒れるんだ……?」
「……これは魔女の呪いか?」
生き残った兵は起こった事に理解が追いつかず怯え出す。
領主の宮殿、魔力通信機の近くで命令を出していたマリアは血を吐いて倒れる。
「私は……直接手を出していないのになぜ……?」
マリアは自分の胸元に広がる血に目を落とし、その場に崩れ落ちる。
周囲に居た兵は慌てて確認するが、すでにマリアは事切れていた。
領主が暴発した銃により倒れ、宮殿内はパニックになる。
そして謎の暴発は宮殿内どころか、都の至る所で起きていた。
西の都の軍は命令系統が乱れ、統率が取れなくなっていった。
ルインも今まで見たことのない事態に困惑する。
発砲した兵だけでなく、ただ命令していた兵も暴発に巻き込まれ倒れたのだ。
「一体何が……」
ルインは自分の体を見るが、光は既に消えて異変もない。
生き残った兵達は混乱しているが、それでも魔女に銃口を向け始める。
「まだピンチなのには変わりないか!」
ルインが再び魔女を庇おうとすると、囲っている兵達の背後から複数の爆音が聞こえた。
「なんだこの音は!?」
ただ事ではないと感じた兵達は一斉に音の方を見る、爆音が聞こえた方角から複数兵が走ってきた。
「大変だ!ワドファーの軍が攻めて来た!」
「なに!?」
その知らせを聞いた兵達は狼狽え始める。
場を指揮していた上官らしき人間は銃の暴発で倒れ、隊をまとめられるような兵は残っていなかった。
ワドファーの軍が来たと聞いたルインは、大臣から貰った爆弾の一つを空に向かい投げた。
爆弾は上空で爆発し兵はその音に気付く。
「お前!何をした!」
「これは合図だ、ワドファー軍はもうじきここに来る」
「何だって!う、うわぁぁぁ!」
それを聞いた兵の一人は銃を捨て逃げてしまう。
「め、命令は……どうすればいいんだ?」
「た、助けて!」
「ワドファーが攻めてくる!?」
一人逃げたのを見て、どうすればいいのか分からなくなった他の兵も、どんどん逃げ出し始める。
それでも三分の一程度の兵は、ルイン達の周りに残る。
「もし敵が来たらお前達を盾にしてやる!」
一人の兵がそう言うと兵達が二人を捕まえようとにじり寄った。
「っく!」
ルインは捕まる覚悟をしたが兵達の後方、今度は近い距離で爆発が起こり周囲の建物を破壊する。
「突っ込めぇぇぇ!」
「おおおおおお!」
その号令と共に爆発で舞った砂埃から、槍を構えたワドファーの兵達が人間の兵に突撃する。
ワドファーの勢いに飲まれ人間達は、銃を構える事も無くあっという間に制圧されてしまった。
「大丈夫ですかルイン様!」
ワドファー軍の奥から現れ声を掛けたのは軍師だった。
「あなたは……軍師」
「この一帯は我が軍が抑えました、もう大丈夫です」
「この一帯って……人間の国の都を!?それじゃあ戦争に……」
「ルイン様、戦争はすでに人間の方から仕掛けられています。そして国王自ら敵の新兵器を叩くと言うのなら、軍が動くのは当然じゃないですか」
「……そっか、正直かなりピンチだったから助かったよ。でも、肝心の魔力通信機は壊せてないんだ」
「そうでしたか、ならばこのまま我々で破壊しに行きましょう」
「何だって!?」
「ここに来るまでに聞いたのですが、どうやらこの都の領主マリアが死んだようです。敵軍全体が混乱してる今がチャンスです。」
「えっマリアが!?チウィーさんはマリアとついさっきまで戦ってたんだ」
「人間の罠か?しかし少し前に都中で人間達の銃が暴発してそれが原因と……ルイン様の力じゃないのですか?」
「あの暴発が都中で……?」
ルインは少し考える。
「暴発の後、人間の軍の抵抗が弱まり、我々先行部隊だけでも都の門の警備を突破できたのです」
「先行部隊?」
「この後第二部隊第三部隊も到着予定です。元々我々はルイン様が戦闘になる可能性を考慮して出国していました」
「そっか……そうだよな、俺はもう王なんだから敵地に行ったら兵も付いてくるに決まってたんだ。手間取らせたみたいでごめん」
「いえ、ですので我々先行部隊は魔力通信機の破壊と、この都で何が起こったか調べてきます。人間の守りが弱いのも今だけでしょうから」
「分かった、もしできればでいいんだけどその通信機は……」
ルインは軍師に耳打ちする。
「なるほど……分かりました、では護衛と帰国準備する兵を何人か置いていきます」
「ありがとう」
軍師は兵達に命令した後に行ってしまった。
「チウィーさんもう安全だよ」
魔女はルインが軍師と話している間、ずっと魔導師の亡骸の手を握っていた。
「……ルイン、師匠が死んじゃった……」
座り込みながら、涙をぽろぽろ流す。
「……」
その姿を見たルインは声をかける事ができなかった。
軍師も、ワドファーに住んでいた魔導師と魔女の関係を知っていたが、あえて何も言わずに行ったのだ。
「あなたからしたらさっき知り合った方でしょうけど、私には親も同然だった……」
「うん……」
「師匠はこんな時代でも人や亜人区別なく接してきた、なのに最後に弟子や協力した人間に命を奪われるなんてあんまりよ!」
「そうだね……」
「人間にも良い人が居るのは知っているけれど……私はもう人間は信じられない……」
「……確かに人間には優しい人も居る、でも……もうダメだ。いつまでも一部の人に望みを持っていたら俺達が滅ぼされてしまう」
「ルイン?」
「戦いの口火を切ったのは人間……一殺多生だ。人間という一種の為に亜人や動植物が数多く滅ぼされるのは間違っている!人間が人間以外を絶滅させようとするなら俺達も身を守らなくちゃいけない。それには心苦しいけど人間を滅ぼすのが一番早い」
「……なら私も付き合うわ、師匠の仇も取らなくちゃ」
「チウィーさん……」
「でも、まずは家があるワドファーに帰りましょう、ねえ師匠」
魔女は亡骸に向かい言った。




