西の魔法使い1
夜、ルインと魔女は宮殿の上空で、箒に跨り夜空に紛れて空を飛んでいた。
「た、高い……」
「本来、空を飛ぶなんて膨大な魔力が必要なの。マリアに見つからないように潜入するから、今は魔鉱石で補助してるわ」
「……あれ、でも前に箒に乗ってたよね」
「あれは低空を浮かんでただけ、移動には別の力が必要よ。地面を蹴るとか魔法で押すとか」
「そう言えば時々俺の馬に掴まってたね」
「人を飛ばすにはそれくらい補助が必要なのよ。これも結構無茶してるんだから」
「ひえ……」
ルインは魔女に必死にしがみつく。
「それより落ちないでよ?あなたが落ちたら多分、私が死ぬ事になるだろうから。かと言って変な所触らない様に」
「そんな余裕ないよ!」
「作戦は師匠の救出と魔力通信機の破壊、通信機は宮殿の大広間にあって師匠は調整の為に通信機の傍に捕えられてると思うわ」
「ねえ、通信機は破壊せずに奪えないかな」
「はあ?」
ルインの言葉に、魔女は素っ頓狂な声を出してしまう。
「破壊するより、丸ごと奪った方がそのままワドファーの力にもなる」
「それはそうだけど……」
魔女は一瞬悩むが結論は変わらなかった。
「いえ、通信機は大きいの、運ぶのは大変だし破壊する方向で行きましょう」
「わかった」
二人は上空から宮殿の屋根に降り、内部へ侵入する。
魔女は屋根裏から大広間を覗き、誰もいない事を確認すると下へ降りる。
そこは、かつては謁見にも使われたという広く荘厳な部屋で、今はマリアの私的な研究や魔術の実験部屋として転用されているらしく、本や紙が散乱していた。
「侵入は成功ね」
「でっかい部屋だ、通信機っていうのはどれ?」
「あれよ」
魔女が指差した物は腰ほどの高さがある、六角柱の台座の中心に透明なドームがはめ込まれたテーブルの様な物だった。
ルインは近づこうとするが魔女は止める。
「待って、監視用の結界が張ってある……」
「うっ、じゃあ師匠の方を先に探そう」
「師匠はおそらくあの扉の客間の中に居るわ」
魔女はいくつかある扉の一つを指さす。
「ならあの中に……」
扉に近づくルインをまたも魔女は止めた。
「ダメよ、あの扉にも結界が……」
「じゃあどうすれば……結界は破れないの?」
「勿論できるけど、でも破れば術者に伝わってしまうわ。そして結界を張った術者は……」
「マリア・デイズィアか……」
「こんなに厳重に結界を張って……私が戻ってくるのを予想してたのね」
「どっちに手を出してもバレるのか、どうする?」
「どうせ察知されるのなら……師匠の方から行きましょう、師匠なら力になってくれる」
魔女は扉の方へ手を添え力を込める。
「はぁ!」
魔女の掛け声と共に、何かが割れるような音が辺りに響く。
「急いで」
二人は扉を開け部屋に入ると、異様な違和感を覚える。
部屋の中は、暗く大きな本棚が壁に敷き詰められており、部屋の真ん中には机が置かれていた。
「これは……」
「結界さ」
声のした方に目を向けると、机の前に白髪の小さな老婆が立っていた。
彼女は魔女と同じような帽子をかぶり、杖を手にして静かに佇んでいた。
「師匠!」
魔女は老婆の元に駆け寄った。
「チウィー……こんな事になってすまないね……」
老婆は魔女の手を取り、申し訳なさそうに謝った。
「いえ……私こそ……妖精の救出に失敗した上捕まってしまいました……私にもっと力があれば……」
「今回の事はどうしようもなかった、通信機が完成すればいずれ妖精は皆、殺される予定だったんだろう。それで彼は?」
老婆はルインを見る。
「彼はルイン、前に話した力を見て欲しいと言ってきた子なんだけど、処刑寸前の所で彼に助けられたんです」
「ほうほう、君が……」
老婆はルインを興味深く見る。
「ルイン、この方が私の師匠、コズ・リ・エラー。大魔導師と呼ばれてる立派な方よ」
「ど、どうもルインです。それより二人とも、早く通信機を壊さないと」
ルインは急かすが魔導師はそれをなだめる。
「まあ待ちなさい、ここには結界が張ってある。この結界は、外の世界との時間の流れをわずかにずらすものだ。占いでチウィーが助かる事は分かっていた。あんたは真面目だから戻って来る事もね」
「師匠……」
「マリアは優秀だから、ここから出る前にしっかり準備させようと思ってね。マリアの結界内にさらに結界を張ったの、云わば二重結界ね。少し無茶はしたけど……」
「結界の内側からさらに結界を?それも時間軸を変えてしまう程の物なんてさすがは師匠」
「力は落ちても、経験と技術ならまだ若い者には負けないさ。さあチウィー、これを持ってお行き」
魔導師は持っていた杖を渡す。
「これは師匠の……」
「ここから脱出する為に必要なのさ、そんな箒だけじゃマリアどころか兵隊達を相手にするのも辛かろう」
「ありがとうございます」
魔女は魔導師に頭を下げる。
「次はあなただ」
魔導師はルインの方を向く。
「俺にも?」
「力を見てあげよう。何か役に立つかもしれないからね」
そう言うと魔導師はルインの手を握り目を閉じる。
数秒後、握られた手から淡い光が溢れ出し、魔導師は目を閉じたまま口を開く。
「あなたからは魔法的な気配は一切感じられない……これは何か根源的な……運命、因果……」
目を閉じる魔導師の顔が徐々に険しくなり、徐々に言葉が要領を得なくなっていく。
「命が奪われて……うぅっ」
最後にそうつぶやくと、弾けるようにルインと魔導師は引き離された。
「師匠!ルイン!?」
その現象に場に居た三人が驚きの表情を浮かべた。
「今のは、一体」
「師匠、何が?」
魔女は倒れた魔導師を起こしながら尋ねた。
「……分からない、ただ言えるのはその力は数多の命が使われているという事。性質はおそらく勇者の力と似ている」
「勇者の?」
ルインは唯一自分を傷つけた勇者を思い出す。
「勇者は天翼人という種族の祝福を受けたと言われている、大本はそれに似ているけど……ごめんねぇ……どうやら私にも詳しいことは分からない」
魔導師はルインに頭を下げる。
「い、いえそんな」
「でも師匠でも分からないとなると、もうこの世界にあなたの力を解明できる者なんて居ないんじゃないかしら」
「チウィーさんの師匠はそんなに凄いのか」
「ええ、なんたってこの人間の国を作った大魔法使いの弟子なんですから」
「えぇ!」
ルインは驚愕する。
「この国を作ったきっかけの魔王との戦いも師匠は参加してたんですよね?」
魔導師は机から何かを探しながら魔女の質問に答えた。
「懐かしいねぇ、でもあれも結局今と同じような単なる種族間の争いだった」
「人間はそれを分かってるんだろうか」
「さあねぇ、隠しているのか本当に知らないのか。最も当時の事を語れる長命種は少ないからね、忘れられるのも無理はない」
「……この国は、自分達の国を作った創造主の孫弟子を処刑しようとしてたのか……無知って恐ろしい」
「さて」
魔導師は机から何かを取り出し、ルインに渡す。
「あなたにはこれをあげよう」
手渡されたのは小さな緑色に輝く石だった。
「これは?」
「魔法石ね、魔鉱石を加工して魔法を使えない者が魔法を使う為の石よ」
魔女が説明してくれる。
「なあに、そんなに珍しい物じゃない、その立派な短剣にこの石を装飾するといい」
「この魔法石はどんな効果が?」
魔女は魔導師に聞く。
「簡単な回復魔法に加えて体力回復を促し、痛みを軽減できる。あなたの力は強力過ぎる故、自分の行動すら制限しているみたいだ。攻撃魔法なんかは使えないだろう」
「師匠さん、ありがとう」
「さあここから出たら急ぎますよ。チウィーよ、マリアにはもう察知されている、どうする?」
「邪魔するのなら戦います。魔力通信機はこの国に残してはいけない」
「……そうかい、なら行くよ」




