死返し2
宮殿の正面入り口の大きな扉には、大量の兵が居た。
領主の男はひと際、目立つ立派な鎧に身を包み、兵達に命じる。
「いいか、宮殿内に居る反逆者を絶対に逃がすな!」
兵達は宮殿の扉から距離を少し取り、扉を囲う様陣形を取る。
緊迫した空気の中、宮殿の扉が開くとルインが姿を現す。
「はぁ……俺一人にご苦労な事」
ルインは目の前に広がる光景を見て呟く、だがその光景に構わず進み始めた。
「撃てー!」
領主の男の声で弓や銃が放たれる、しかしまたも全てがルインまで届く事は無く矢が突風で兵に返り、銃は暴発で兵達が倒れて行った。
「今日は風が強いな……」
ルインは呟きながら兵達の至近距離まで近づくと、今度は剣で斬りかかられる。
だがやはり全てが当たらず、ある剣は振った瞬間折れてしまい、振った兵の顔に刺さったり、ある槍は突くとルインを逸れ向かい合った兵と同士討ちになったりと奇妙な事故が立て続けに起こる。
陣形を取っていた兵達はやがて、得体の知れない恐怖感に駆られ陣形を崩していく。
「なんだあいつは!」
「化け物だ!」
攻撃が全く通じず仲間が死んで行く光景は混乱を呼ぶのに十分だった。
「くっ、士気が……怯むな!反逆者はたった一人だ!」
領主が叫ぶがそれが逆効果だった。
訓練を重ねた兵達がたった一人の歩みを止めることができない、この事実は変わらず兵達は後ろへ下がり始める。
「臆病者共め……門を閉め門の前に火を放て!奴をこの宮殿から逃がすな!」
領主の男の言う通り、宮殿から外へ出る門は閉じられルインが宮殿から出られない様門の前に火が焚かれる。これにより兵達の下がる場所も無くなった。
「お前達も行け!魔法だろうが何だろうが数で押し切るんだ!」
逃げ場を失った兵達は半狂乱でルインに斬りかかる。
大勢の兵が向かってくるのに対し、ルインは涼しい顔で歩んで行く。
やはり兵達の剣はルインに届くことなく、ルインの歩いた道は兵の死体が続いていくようになった。
「クソ!なんなんだ貴様は!」
ルインはまたも領主の前に立つ。
「さあね、だけど戦場でも同じことが起こった」
「滅びた種が俺に逆らうな!」
領主は巨大な両刃の斧を持ち上げると大きく振りかぶり、ただ立っていただけのルインに投げつける。
「!」
だが斧はルインをギリギリで逸れ、当たらなかった。
「わざと?」
「……」
斧はブーメランのように曲がりまたもやルインのギリギリで逸れ、領主の元に帰って行く。だが領主は斧を掴まず勢いづいたままの斧は閉めたはずの門の扉に当たり扉を破壊してしまう。
「貴様……本当になんなんだ」
「自分でも本当に分からない。ただわざと外したのは正解だと思うよ」
領主の投げた巨大な斧は他の兵とは違い、逸れた訳ではなく領主が意図的に外した。
「どういう力かは知らんが……ならば火矢を放て!」
領主は陣形が崩れた兵達に命令する。
「ですが……!」
「奴には矢を直接当てなくていい!」
弓を持っていた兵達は矢じりに火をつけルインに向け構える。
「俺はただ帰るだけだ、通してくれないか?」
領主と対峙するルインは言う。だが鎧の男はルインを無視し攻撃命令を出す。
「放て!」
だがーー。
「うわぁぁ!」
兵一人の足元から火が出る。
「なに!」
「あぁ!燃える!」
それから続々と火矢を放った兵達から出火する。出火の原因は、矢じりに付けた火が引火したことにあった。
「馬鹿な!そんな初歩的なミスを全員が!?」
領主はルインを見るが、ルインの周りに刺さった矢から火は跡形もなく消えていた。
「全く、今日は突風が多いなぁ」
「火矢が突風で消えた?ありえん!」
「ねえ、もういいよね?」
ルインはそう言って領主の隣を横切って通り過ぎる。
領主は恐怖からルインが通り過ぎるのを、ただ震えて立っているしかなかった。
門の前に焚かれていた火はルインが近づくと突風で消え、斧で破壊された門の扉をルインは難なく通る。
「馬鹿な……ここは都だぞ?俺が居る……」
弓兵達から出火した火は消えず、周囲に燃え移りどんどん拡大して行った。
ルインが門を潜ると、門から閉め出され宮殿に入れずにいた兵達が門の前に集まっていた。
外にいた兵達は門の中の光景を見て状況を理解する。燃やされた門内、転がる死体、そして見た事のない亜人。
犯人を特定するには十分な状況だった。
兵達はルインを斬りつける、だが結果は宮殿の中と同じになった。
ただ一つ違うのは場所が宮殿の中ではなく外、しかも人の往来が激しい宮殿の前だった事。
その光景を、血生臭い事に慣れていない住民が目撃してしまった。
「キャアアアアア!!」
兵が血を流し倒れる、一拍おいて一人の悲鳴が宮殿の前に響く。
人々は悲鳴の先にある光景を見て恐怖する。血を流し倒れる兵、破壊された門の扉、火が上がる宮殿の中。
その場をパニックに陥れるには十分な光景だった。
背後に広がるパニックの声にようやく領主の男は動けるようになる。
「し、しまった……」
騒ぎを聞きつけ街を見回っていた衛兵達も現場に集まってくる。
「終わったと思ったら次から次と……もう好きなだけやったらいい」
ルインは呆れたように言い立ち止まる。
剣を持って倒れている兵を見た衛兵達は剣ではなく弓を構える。
「馬鹿!やめろ!」
領主は叫ぶがパニックになっている場には届かず弓は放たれた。
風が吹く。
今まで通り矢は放った衛兵に返って行った。しかしたった一発だけが逸れ住民を貫いてしまい誰もがそれを目撃し、混乱はさらに広がる。最早収拾がつかない程になっていた。
逃げる人間達は、被害を受けずに済んだ。
だがルインは一人武器も持っておらず、それを見た一部の住民は、兵の力になろうと石や落ちていた武器をルインに向かって投げ始めた。
そこからは地獄が広がる光景だった、投げつけた物は突風が吹き投げた主に返って行き、ケガ人や死体を作る。その者に親しい者が怒りでルインに危害を加えようとし、また物を投げる。
「や、止めろ!奴に手は出すな!」
この狂気の中ではもう領主の命令など届かなかった。
そんな中一人の人間が松明をルインに投げる、ルインに届くまでに火は消えるが松明の火の粉は投げた人間の服に燃え移り、異常な火力でその人間を燃やした。
燃えた人間は、全身炎で包まれたままフラフラと近くの屋台に向かい倒れ、炎は屋台に引火する。
店は油が多く置いてある飲食店だった様で、どんどん火の勢いが強くなり、炎は周囲の建物も巻き込んだ。
「こんな……馬鹿な……」
領主の前に広がる光景。宮殿に着いた火は燃え広がり、それとは別に街まで火が回り、ルインの周囲には兵や住民問わず幾つもの死体が転がっていた。
「貴様……都にここまでしてタダで済むと思うな……!」
領主はその場にとどまっていたルインの前に立つ。
「またあんたか……けど震えてるよ?」
ルインの言葉通り、領主は明らかにルインの未知の力に怯えていた。
「……力の正体は知らんがこの剣はかつて我等から魔を払った偉大な宝剣」
領主は手を上に掲げると、何もない空中から黄金に輝く巨大な剣を出現させた。
「お前の様な敵がまだ存在してたとはな!俺の名は戦士ガイ!全力を持って貴様を抹殺する!」
「……」
戦士ガイは高らかに名乗った。それに対しルインは逃げも隠れもせず鎧の男に向かい合う。
「はぁぁぁぁっ!」
空中に出した巨大な剣を掴むと、ガイはルインへ駆けだした。
「護剣・大円斬!」
ガイはルインを一閃し横切り半径数メートルを斬撃で切り倒す。
ルインは振り返りガイの方を見ると、体が上半身と下半身に分かれ崩れ落ちる。
「……俺が何をしたって言うんだよ……」
戦士ガイの敗北の光景を見た人々は悲鳴を上げ、我先にと逃げ出した。
そしてルインは辺りを見渡すとたくさんの死体、炎が広がり続ける民家と宮殿、街の人々既に逃げていて、閑散とした都の中心。
まるでルインが行った戦場とそっくりだった。
「はぁ……帰るか」




