ワドファー6
日が昇り始めた魔鉱山前、ルインは兵に起こされ作戦の準備をする。
「なんか申し訳ないな」
「気にするな、俺達は仕事でやってるんだ。だが――」
「分かってる、今日は俺が先を歩かなきゃいけないんだ」
「作戦の開始は日が昇ってからと聞いています。爆発音が聞こえたら、囮が始まった合図です」
「音が聞こえたらしばらく待って突入でいいんだよね!」
「はい」
三人は合図を聞き逃さないよう静かに待つ、太陽の光が山の隙間から差し込み、空がすっかり明るくなっても作戦開始の合図は無かった。
ルインは緊張で落ち着かなく、足を動かし始めた頃、遠くの方から爆音が聞こえる。
「あ、合図だ!」
ルインが勢いよく飛び出しかけた瞬間、兵の一人が腕を伸ばして止めた。
「まだです!鉱山入口を見てください!」
魔鉱山入口にはまだ蜂は残っていた。
「焦るな、あれに見つかったら囮の意味がなくなる、まだ待つんだ」
それから次々と同じ方角から爆音が響いてきた。
「うーん……」
ルインはじれったそうに待ち続けていた。
その間も爆発音はどんどん激しくなり、ついにルイン達が居る魔鉱山出入口から蜂たちは坑道の奥へ入っていった。
「中へ入りました、向こうの応援に行く気ですね」
三人は念の為さらに待ち、交代の蜂が来ないことを確認すると魔鉱山入口へ近づき、兵の一人がそっと中を確認する。
「大丈夫、この出入口にはもう蜂は居ないみたいです」
もう一人の兵がルインに確認を取った。
「ここからは君が先頭だ。松明を持って先行してくれ、俺達は君の後方で弓の援護に徹する。なるべく見つからないよう静かに素早く頼むぞ!」
そこからルインを先頭にして三人は坑道を静かに先へ進む。
囮のおかげか順調に先へ進む事が出来た。
「囮は大成功だな、中に全く居な……いや来るぞ!」
安心したのもつかの間、兵の言うとおり正面奥から蜂の羽音が聞こえてくる。
ルインは囮として先頭を走り松明で蜂の姿を照らした瞬間、後方の兵二人が弓を引く。
二人の矢は蜂に直撃し、蜂は爆発する前に落ちる。
「よし!あとはここをまっすぐ進めば……!」
しかし兵二人がルインと合流しようとした時、右の横道から複数の蜂が飛んできて鉢合わせてしまう。
先程の蜂のせいでルインと兵の距離は大きく開いており、蜂はルインと兵二手に分かれ襲い掛かる。
兵の弓が一番手前の蜂に命中するが一撃で倒しきる事はできず、射貫かれた蜂は針から爆発性の毒粉を撒いてしまった。
「しまっ……!」
蜂は固い尻尾の針を地面にたたきつけて火花を起こす、その火花が毒粉に引火し坑道内に爆発が起きてしまう。
ルインは先行していたので爆発にはギリギリ巻き込まれなかったが、ルイン側に向かってきた蜂は、爆発の衝撃で崩れた壁に巻き込まれ、潰れてしまう。
壁の崩落は大きくルインと兵達は分断されてしまった。
「ルイン!大丈夫か!」
崩れた瓦礫の向こう側から兵の声が響く。
「なんとか……そっちは?」
「蜂の爆風で吹き飛ばされたが動ける、無事なら奥に進め!最深部は直ぐそこだ!」
「……わかった!」
崩れた瓦礫の向こうの様子は分からなかったが、ルインは声の通りそのまま一人で奥へ進んだ。
松明も瓦礫に巻き込まれてしまい、壁を伝いながら先へ進み、そしてついにルインは女王の間に入る。
「ここが……」
女王の間は坑道の最深部でドーム状の空間が広がっていた。壁から見える様々な鉱石は淡く光を発しているものもあり、松明が無くてもぼんやり周囲の様子が分かった。
しかし壁や天井には、一メートル程の女王が産卵したであろう卵がぎっしり張り付き吊るされており、ルインが来た別の出入口から大量の蜂が行き来していた。
ルインは周りを見渡すと奥の壁にひと際大きい蜂が居た。
「あれが女王か」
その体は他の蜂より大きく二メートル以上あり、坑内の壁を食べ続けていた。
ルインは最深部の中央まで進むが異変に気付く。侵入者が近くに来たにも拘わらず蜂達はルインに構う事無く飛び回っていたのだ。
「?」
疑問に思いながらも、ルインはついに女王に触れられるほど近づく。
「攻撃してこない?これじゃ作戦が……」
異物が巣に入ればどんな事をしても排除する、ルインはそう聞いていたが目の前の女王はおろか周りの蜂もまるでルインが見えないみたいに行動していた。
「どうすれば……!」
ルインが迷い始めると声が聞こえてきた。
(このまま見逃してほしい)
「誰だ!」
周囲を見渡すが、人の姿はなくその声は、耳ではなく頭の中に直接響いていた。
「まさか……」
ルインは目の前の女王を見上げると、女王の複眼が全てルインを見据えていた。
「お前が……」
声はさらに続ける。
(私達だって好きでここへ来た訳ではない、はるか南より連れて来られたのだ)
「連れて来られた?でもすでに被害が出ている!このまま見逃すわけには……!」
(分かっている、だが元居た場所に帰るには力が居る。私はここで帰る為の力をつけているのだ)
「じゃあなんで国の人達を攻撃したんだ!最初からこうやって説明すればこんな事には……」
(私の声は、強い力を持つ者にしか届かない、私は生きる為に子を産み自分を守っていただけだ)
「……守っていただけ?」
ルインは自分が人間の都で起こした事を思い浮かべてしまう。
「強い力を持つ者が居れば対話ができるのか?だったら俺が間を取り持つから今すぐ兵達に攻撃をやめさせてくれ!」
(それは出来ない)
「なんで!」
ルインがそう言った瞬間、ルインが来た別の通路から爆音が鳴った。
「!?」
(奴等が来た)
「奴等?」
爆音は徐々に大きくなり、ルイン達が居る最深部へと近づいている様だった。
(私達をこんな所に連れて来たのは奴等人間だ)
そう頭に響いた直後、ひと際大きい爆発が付近で起こり、女王の間全体が揺れる。
「うわっ!」
衝撃で壁や天井に吊るされていた卵が崩れ落ち、ルインの周囲を覆うように散乱した。
ルインは卵の山の中から砂埃が立ち込める出入口を見ると、四人の男女が現れる。
「人間か!?……今見つかるのはまずい!」
ルインは落ちてきた卵の山に体を滑り込ませ、身を潜めた。
現れた男女は、堂々として見る者を圧倒する力強さを発していた。
「ここが一番奥?さっさと終わらせましょう」
「ここは私達にも利がある鉱山、少し慎重に……」
「いや、壁や天井は魔法で保護している。ならば力押しの方が早い」
「……」
四人の人間が喋りながら女王蜂の元へ歩いてくる。
歩いてる途中にも蜂は攻撃をしていたが、見えない壁の様な物があるらしく四人には全く届かない。
「これだけなら私達の必要なくない?もう私達だって立場があるんだから」
「過剰戦力ですね、それだけ国としては魔鉱石を失いたくないんですよ」
「まあこれも仕事だ」
喋りながらも四人の周りには蜂の亡骸が築かれていく。
「あれは魔法なのか?なんて強さだ……」
ルインはただ見ている事しかできなかった。
「さてこれで最後かしら」
大量に居た蜂達は全て落とされ、残るは女王のみになっていた。
(私はただ帰りたいだけだ!)
女王の声は四人にも聞こえたようだ。
「あら声が」
「強い魔獣は時折、力を持つ者に対して言葉を発するみたいですね」
「昔も何回かあったな」
(元はと言えばお前たち人間が、私達を攫ったのが原因だろう!)
「あーそういう事……」
四人はその言葉を聞いて溜息をつく。
「つまり我々は上の連中の尻拭いをさせられてたのか」
「連れて来た魔獣が隣国に逃げ巣食ったと、確かに知られたらマズいものね」
「確実性を期すために私達に……でもごめんなさいね」
青髪の女性は女王に謝る。
(くそぅ!)
見逃す気はないと宣言を受けた女王は四人に襲いかかる、が――。
「俺だけで十分だ」
黒髪の男は初めて言葉を発し向かってくる女王の前に飛び出る。
その剣技は素早く、ルインには男と女王がすれ違っただけにしか見えなかった。
男がすれ違った後、女王は頭・胸・腹の三つに分かれて崩れ落ちた。
「やるぅ」
「これで仕事は終わりですね」
「その辺に魔鉱石落ちてないかしら」
「止めなさい」
四人は女王を倒し、既に帰宅ムードだった。
「こんな雑魚倒すために来たんだから少しくらいご褒美あってもいいじゃない、そうだこの辺軽く吹き飛ばしたら出るんじゃない?」
「それはマズい!」
金髪の女が言ったことに焦るルイン。
「この蜂の死体の山を吹き飛ばすんですか?ぐちゃぐちゃになりそうですが……」
「う゛っ」
「後始末はこの国に任せてさっさと帰るぞ、我々は立場があるんだ」
そう話し四人は出入口に向かう。
ルインはほっとしたのも束の間、黒髪の男の視線が、明らかにルインを捕えた。
卵の陰に隠れていたはずなのに、鋭い眼光がまっすぐ心臓を貫いたような錯覚に襲われ、ルインは滝のような汗をかく。
「どうした?」
「いや……」
銀髪の男が話しかけると黒髪の男は何も言わず、視線を逸らし、背を向けて去っていった。
「ビックリしたぁ……」
ルインは人間に見つかる事を恐れ、しばらくその場から動かずじっとしていた。
数分後、戦闘の後を見に来た兵の中に人間が居ないことを確認すると、ルインは卵の山から出て兵に姿を現した。
「ルインさん!無事でしたか!」
「ああ……でも一緒に居た兵とははぐれちゃって……」
「詳しい話は軍師の元で、こちらです」
ルインは来た道とは別の道へ、兵に案内されながら外へ向かう。
「君か、無事だった様で何よりだ。作戦通り事が進まなくて済まなかった」
後始末の指揮で忙しそうだった軍師はルインに頭を下げた。
「そうだ、護衛の二人はまだ中に……」
ルインは中で起こった事を簡潔に話した。
「そうか、あの二人にも急いで迎えを出さないとな……」
軍師はすぐさま他の兵に指示を出す。
「君は彼等に会って何もされなかったのか?」
「彼等?あの人間ですか?あれはいったい」
「彼等は……魔王を倒した者達。かつて勇者のパーティと呼ばれていた一行だ」
「あれが勇者」
「隠れてたと言っていたが、正直彼等に対してそんな隠れ方が通用するとは思えないが……」
ルインは勇者達が去る前、こっちに目を向けたのを思い出した。
「じゃあ、あれは見逃してくれた?」
「やはりなにか?」
「いや何でも……」
「ともかく蜂の言葉と言い今回の件は私の手にも余る、君は先に城に戻り起こった事全てを王に報告してくれ」
「軍師さんは?」
「ここの後片付けだ、現状確認と指示が終わればすぐに戻る。誰か、馬と道案内を」
ルインは一人の案内を付け城に戻った。




