死返し1
時は流れ十七年後――。
人間の国は王都を中心に、東西南北と隔たれた都が置かれ、二重の円を描いた構造をしていた。
そのさらに南の外側には、人間以外が住む亜人街と呼ばれる街がある。
そこは雑多な店や屋台、ボロボロな民家が並ぶ場所。
人間が使えそうな種族を捕らえておいたり、人間からおこぼれを貰おうと住み着いた多種多様な人外種が集まる街だった。
その街の片隅に、パン屋を営む耳の尖った老婆と、それを手伝う青髪紫眼で灰色の肌を持つ青年が居た。
「ポル婆、新しいパン並べ終えたよ」
「そうかいルイン、ならそろそろお昼過ぎたし休憩しようか」
狼に運ばれた赤子は、老婆に育てられ、ルインと名付けられる。
二人はここ亜人街で、パン屋として暮らしていた。
「今日も凄い売れたね。やっぱりポル婆のパンは大人気だ」
「ふふ、心がこもってるからね」
パン屋の二階で昼食を取りながら話していると、下の階から客が来たことを知らせるドアのベルが鳴った。
ルインが立ち上がろうとすると、老婆がそれを止める。
「ああ、私が行ってくるよ。あんたは食べちゃいなさい」
老婆は優しく言うと下へ降りてしまった。見届けたルインは食事を再開する。
しかしルインがパンを食べていると、パン屋から怒鳴り声が聞こえた後、何かが割れる音が響く。驚いたルインは急いで下に向かった。
まずルインの目に入ったのは五人の鎧を着た人間の兵だった。次に見たのは老婆が人間の前で尻もちをついている光景。
周りは荒らされた後の様にパンや皿の破片が飛び散っていた。
「ポル婆!」
ルインは急いで老婆に駆け寄る。
「やっぱり居るじゃないか若いのが」
兵の内の一人が言う。
「あんた等何なんだ!」
「我々は亜人部隊の徴兵隊だよ。この街に住んでるんだ、知ってるだろ?」
「あれは戦える亜人が行くんじゃないのか。屈強な奴は他にもいっぱい居るだろう!」
「はぁ……関係ねえな。今回は若いのを片っ端から連れてく事になったんだよ」
「だからって何もこんなに荒らさなくても……」
ルインは辺りを見回しながら言う。
「このババアが若いのなんて居ないとかぬかすからだ!拒否権無いのは分かってるだろうが!」
老婆がルインの手を取って涙を流す。
「ごめんねぇ……まさかあんたみたいな子まで徴兵されるなんて、こんな街に住んでたばっかりに……」
それを見ていた一人の兵がイラつきながらパンが並んでいる棚を叩く。
「おいババア!邪魔すんな!こっちはまだ回らなきゃいけないんだ!」
「行くから乱暴しないでくれ!」
「ならさっさと来い!俺達の用があるのは最初からお前だけだ!」
「……ポル婆、ちょっと行ってくる、必ず帰ってくるから」
「あぁ……」
ルインが手を離すと老婆は泣き崩れる。
「手間かけさせやがって……」
ルインは兵達に連れられパン屋から出て行くと木製の手錠を付けられ、他にも同じように連れられた亜人の列に加えられた。
店を出て兵の一人がルインに尋ねる。
「お前あんまり見ない種だが、なんて種族の亜人だ?」
「……さあね自分でも知らない」
それから三ヵ月後。
大量の亜人を投入した人間の国は、敵対していた南の国を打ち破る。
かつて勇者が南の国に居る魔王を討ち倒した。しかし魔王が納めていた国は、魔王亡き後も規模は違えど度々人間の国に反旗を翻していた。
その都度、亜人街の亜人たちは徴兵され、戦場に送られた。拒む者は殺されるか追放され、今や人間の国は強大な大国と化していた。
今回の亜人徴兵は類を見ない程大規模に行われ、絶大な効果をもたらした。
そこで人間の国は最も貢献した亜人達を南の都の宮殿に呼び、領主が直接褒美を取らせる叙勲式が行われようとしていた。
そして宮殿の大広間、人間の兵に囲われる中、ルインは領主の前で膝をつきながらまっすぐ領主を見ていた。
「あー貴様が……名前は何て言ったか、だが功績は聞いている」
広間で大きな椅子に座る大柄の男が言う。
「どうも、あなたが領主?」
「そうだ、なんでも貴様が前線に出れば、必ず敵を壊滅させられたとか、魔法でも使ったか?」
「いや、俺は本当にただ前に出ただけで何も……」
「フン……まあいい、その働きに金貨三枚をくれてやる」
領主の男はルインに興味を示さず投げやりに言った。
「へぇ意外と貰えるんだ」
「ああ、ただし人間に服従したらだがな」
「服従?」
「そうだ今回の貴様は活躍したそうだが……それが世に広まると人間に逆らう者共を調子づかせる可能性がある。それ故に、貴様は人間がしっかり管理しているという証拠が必要だ」
「……管理って俺はペットじゃないぞ」
「亜人などそれ以下だ……貴様が戦場で功績を挙げられたのは我らが連れて行ったからだぞ?」
「俺は頼んでないし、あんた達が無理やり連れて行ったんだろ?」
「……ならば服従する気はないと?」
「戦場に立ったのは生きる為だ、あんた達に従って何になる」
「はぁ……こいつもダメか、ならば話は終わりだ。次の者を」
「俺が来る前に戦場で一緒だった二人がここに呼ばれたけど……」
「貴様も同じところに行くんだ。こいつにも少し立場を分からせてやれ」
領主の男が合図すると、周りの兵は待ってましたとばかりに剣を構え、兵の一人がルインに斬りかかる。
しかしルインは寸前で避ける。
そればかりか空ぶった勢いで振られた剣は別の兵に当たり、斬られた兵は崩れ落ちる。
「貴様!歯向かうとはいい度胸だ」
「俺は何もしちゃいないだろう……」
「この反逆者はここで処分だ!」
領主の男が大声で叫ぶと扉から兵が入って来てルインはあっという間に囲まれ、剣や槍を向けられる。
「この人数ではどうしようもあるまい!やれ!」
ルインに向けられた剣や槍は全て空振り、囲んだ兵へ逸れて同士討ちで数人の兵は倒れた。
「馬鹿な!何なんだ貴様……」
「さぁ?」
領主は見た光景に驚愕し、兵達も驚きのあまり行動を止めてしまう。
止まった兵達の囲いを抜けると、ルインはゆっくり椅子に座る男に近づいて行く。
「くっ!来るな!」
領主は懐からフリントロック銃を出し、ルインに向ける。
「き、貴様……見覚えがあるぞ。その眼、髪の色、肌……」
「へえ、俺の種族を知ってるの?」
ルインはお構いなしに銃口の目の前に立ち領主の前まで来る。
「貴様は我々が滅ぼした内の一種族だよ……!」
騒ぎを聞きつけ、銃を装備した兵達が広間へやってくる。
領主はルインから逃げる様に兵達の後ろへ回り、止まっていた兵達も領主を守る様前に出る。
「鉄砲隊が来たか、丁度いい奴を蜂の巣にしろ!」
領主の合図でマスケット銃を装備した兵達は一斉に構えた後、引き金を引く。しかし鉄砲は全てが暴発し、兵達は倒れ中には死人も出た。
「はぁ?ど、どうなってるんだ!」
異様な事故が続き、兵達に動揺が広がり始める。
「なんだあいつ……銃も武器も効かない……」
「叙勲は無くなり反逆者にもなった、けどあんた達は俺を殺せないみたいだしもう帰っていい?」
ルインは呆れたように頭を掻きながら、兵が固まる入口にゆっくり近づいて行く。
「き、貴様等!奴を逃がすな!俺は増援を呼んでくる!」
領主は部屋から出て行った。
「あっ……はあ仕方ない……」
溜息をつきながらルインも部屋から出ようとすると、今度は槍を持つ兵達によって囲まれる。
「面倒くさい事になったなぁ」
そう呟きながらもルインは、気にすることなく兵達に向かい歩いて行く。




