オックスの村3
店の裏手、燃える柵の中魔女の周りには住民が倒れていた。
「クソッ!魔女め!」
「知識も訓練もしてない人間がこの程度集まった所で何も問題ないわ。命は取らない、まだ歩けるでしょ?さっさとここから出て行きなさい」
魔女の言葉で住民たちはヨロヨロと立ち上がり、悔しそうな顔で逃げるように集落の出口へ向かっていく。
「後は黒幕だけね」
魔女は再び集落中央の店に入る。
中には銃の暴発で怪我した数人の男達とそれを介抱する数人の集落の住民が残っており、その中には少女の父親である店の亭主も居た。
「さあ、外の連中は諦めたみたいだけど貴方達はどうするのかしら?」
「こんなことして許されると思っているのか!ここに居るのは王都でも権力を持った人間だぞ!」
無傷の豪奢な男の一人が、床に座った状態で魔女に怒鳴る。
「それがどうかしたの?ここは貴方達の国ではないし、許されない事をしてるのは貴方達の方よ」
「お前達!金は幾らでも出すからあの魔女を殺せ!」
別の豪奢な男が腕から血を流した状態で周りの住民に命令する。だが住民の反応は鈍い。
「な……私が一つ命令すればお前等なんか国外追放も可能なんだぞ!従え!」
その言葉を聞き住民達は、魔女に怯えるように近づいていく。
「はぁ哀れね」
魔女は溜息をつくと、何かを操作するような動作を取る。
「ここら一帯は今私が操る火で燃えているわ、だから……」
魔女は手をかざすと座っている豪奢な男を囲う形で火が燃え出した。
「うわっ!熱い!」
「これが最後よ、出て行きなさい」
「誰が魔女の言う事なんか!」
豪奢な男の一人が抵抗しようと怪我をしてない方の腕で魔女に銃を向ける、だが火は瞬時に男の全身に回った。
魔女はすぐ狙いを他の豪奢な男に定め手をかざす。
「ま、待て!分かった降参だ。我々はこの地から手を引くから助けてくれ!」
「そう、利口ね。ただ口だけじゃなんとでも言えるから誓約書を書いてくれるかしら?」
「誓約書……?」
魔女は風呂敷から紙を出し、何かつぶやきながら紙に文字を書くとそれを男に渡す。
「そう魔女の誓約、今後一切オックスに関わらないというね」
紙を渡された男は素直に誓約書に名を書きこみ血判を押す。
「他の方はどうかしら?誓約書を書くか今ここで燃えるか選んで」
その場にいる豪奢な男達は顔を見合わせ後、渋々順番に誓約書に名を書きこんでいく。
「痛てて、魔女め覚えておれ……」
豪奢な男の一人が恨みがましく魔女に吐き捨てる。
「ちなみに誓約を破れば私でもどうなるか分からないわ。命を失うか財産を失うかそれらを含む全てか、強欲な人ほど失うものが大きいと聞くわね。それにあなた達も、資金援助がなければここでやっていくことはできないわよね?」
「……」
豪奢な男達は恐怖で息をのみ、住民も諦めたように俯いた。
「さて、誓約書を書けた貴方達にはご褒美をあげるわ」
魔女はその場の全員を歩ける程度まで魔法で回復させる。
「これで国に帰れるでしょう、大人しく自分の国に引きこもってなさい」
丁度魔女が傷を回復させ終わったところで、店の扉からルインが入ってきた。
「チウィーさん!」
「あら、そっちも終わったのね」
魔女とルインが話す背後、回復した豪奢な男の一人が店の亭主に静かに隠れて銃を二丁渡す。
(これであの魔女を撃て、魔女を殺せば誓約書は無効になるはずだ!)
銃を渡した男は小さな声で亭主に命令する。
(このまま国に帰ってもお前達の居る場所は無い、だが魔女を殺せば私がお前達家族の居場所を用意してやろう。)
「さあ、貴方達は国に帰りなさい」
魔女は人間達の前に立つ。その無防備な姿を亭主は見逃さなかった。
「うわあぁぁ!」
「危ない!」
銃声が二発響く。亭主の行動に一瞬早く気づいたルインは魔女を庇うが魔女の肩に一発当たってしまう。
二発撃った内の一丁は暴発し亭主に致命傷を与えた。
「パパ!」
「あなた!」
撃った亭主は暴発で倒れ家族は駆け寄る。
ルインも撃たれ倒れた魔女を抱え無事を確認する。
「チウィーさん!大丈夫!?」
「肩に当たったわ……この弾丸……」
「え?」
魔女の言葉が終わる前に異変は始まる。
今まで魔女の制御下にあった火は燃え広がり、豪奢な男達や護衛の血が止まる程度に回復していた傷が酷くなった。
「あの弾、魔法制御弾ね……魔術と魔法が私の手を離れたわ。ここの火は燃え広がるわよ」
魔女の言葉を聞いた動ける人間達はケガ人を置いて一斉に外に逃げ出す。
「こらお前達!私を助けないか!」
元々重症だった護衛達の回復は止まり、重傷者は全員その場で崩れ落ちる。
豪奢な男達も怪我が悪化するが、壁を這いずりながら逃げようとした。だが銃を撃った亭主の妻と娘は亭主に寄り添い、逃げようとはしなかった。
「どうして!どうしてパパが怪我してるの!?」
亭主の娘は泣きじゃくりながら縋りつく。
「……家族みんなで幸せな暮らしができると思ってこの仕事を受けたのに……こんなことになってごめんな」
血を流し続ける亭主は息も絶え絶えに、娘の頭を撫でながら言うと意識を失った。
「あじんさん!パパはどうしてこんな怪我をしてるの!?」
「どうして!こんなことになるなんて……」
「……」
亭主の家族は涙を流しながら悲痛に叫ぶが、その言葉にルインは何も答えられなかった。
火が燃え広がる店の中、魔女は何とか立ち上がり亭主の傷を見る。
暴発した銃の破片は体の奥深くに刺さり、出血が酷く助かりそうになかった。
「彼はもうダメね……私はもう魔法は使えないから怪我も火もどうにもできない。あなた達も逃げなければ火に焼かれるわよ」
魔女は母娘に冷静に告げるとルインの肩を借り出口へ向かう。
火の勢いは早く、既に天井まで回っていた。
「せ、せめて夫を運ぶのを手伝って下さい!」
涙を流す亭主の妻はルインに懇願する。
「悪いけど俺は自分達に銃を向け人を助ける気にはなれない……」
「そんな……」
そう返され愕然とする妻の姿を尻目に、ルインと魔女は出入り口を潜った。
絶望していた妻は亭主に縋りながら泣く娘を見て決意する。既に意識を失った亭主を置いて娘を抱きかかえると急いで店の出口を潜る。
母娘が店を出た時には、火はもう店全体を覆っており、住民達は茫然と燃える家を見ているしかなかった。
「魔術の火は普通じゃないんだもの、回るのが早いのは当然ね」
魔女は当然の如く言い放った言葉が怒りに触れたのか、避難した住民の一人に攻められる。
「お前達だ……お前達のせいで俺達は職を失う!しかも何人も人を殺しやがった!」
責める声は周りの住民達にも感染したように拡大していきルインと魔女は集落の住民全員に罵声を浴びせられた。
「そうだ……」
「そうだこいつらは危険な亜人だ……」
「今魔女は魔術を使えない!」
「そうだ俺達でもやれる!」
勢いづいた住民達は次第に暴走していき、魔女が魔術を使えなくなったのを良い事に住民達は石を投げつける。だがルインは魔女を石から守る様に庇う体制になる。すると、突風が吹き石は住民達の方へ戻っていく。
「突風!?うわっ」
「亜人なんかが人間の邪魔をしていいと思っているのか!」
「人間に群がる虫けら共め!」
「飼われてるだけの弱者なんだから言う事を聞いてればいいんだ!」
人間達の声はだんだんと大きくなり、ついには護衛達が持っていた武器を拾う人間も居た。
「奴等を殺せ!」
「行きましょう、彼等には何を言ってももう無駄よ」
魔女はここから去る様にルインに促す、だがルインは魔女から離れ住民達に向かい合う。
「……人間だから何をしても良いのか?」
「何!?」
突然向かって来たルインに驚く住民。
「人間だったら!強ければ何をしても良いと!?」
「そうだよ!亜人街の連中だって人間に勝てないから飼われてるんだ!だったらお前達も黙って従え!」
住民の一人がルインに落ちている棒でルインに殴りかかる、しかし突風でどこからか飛んできた木の棒が住民の頭に当たる。
「痛って!なんだ!?」
「人間は強いから何をしても良い……それが例え種を滅ぼす事でも?だったらお前達人間より強い俺が今、ここでお前達を滅ぼしてもいいんだよなぁ!」
ルインは怒りながら人間に詰め寄る。そしてルインの怒りに呼応するように風が荒々しく吹き始めた。
「ルイン……」
「魔術を使える魔女ならまだしも今のお前達なら!」
怒りで勢いづいた住民達も止まらず、ルインに襲い掛かろうとする。
「もう止めろ!」
だが今まで後ろで見ていた豪奢な男達の一人、利発そうな男が大声で止める。
「何故です!?今ここで魔女をやればさっきの誓約だって……」
「魔女の誓約はそんなに簡単な物じゃない、それにお前達は知らないかもしれないが、そいつはおそらく南の都を滅ぼして手配されている悪魔と呼ばれている亜人だ」
「こんな奴が……」
「お前達の仕事は私が保証する。今戦えば……そいつは本当に我々を滅ぼすぞ」
住民達はその言葉を聞いて、持っている物を手放しルイン達から離れて行く。
その後、豪奢な姿の男達や護衛達は乗って来た馬や馬車に乗り、元居た住民達は恨みがましくルインを見ながら夜の闇の中に消えて行く。
店の亭主の妻と娘は最後に出発し、娘が泣きじゃくりながら呟く。
「パパが死んじゃうならあんなこと、頼まなかったのに……」
その声が聞こえてもルインと魔女は、母娘を見送ることしかできなかった。
魔女の肩を支えていたルインは人間を見送った後つぶやく。
「……行ったか」
「なんだか後味の悪い結果になっちゃったわね」
「あぁ……さすがに疲れた、もう人間も居ないしその辺の家で休もう」
人間が居なくなり静まった集落、二人は適当に近くの家に入る。
ルインは魔女を座らせた後家を漁り、医療品を見つけると魔女の肩の部分の服をはだけさせ、撃たれた弾丸を摘出する。
「慣れてるのね」
「戦場に居たからね」
その後、傷を塞ぎ包帯を巻くと一息つく。
「ありがとね、あの男がこんな弾丸を持ってたなんて」
摘出された丸い弾丸には、小さな文字が刻まれていた。
「これは?」
「対魔法使い用の弾丸よ、人間の大半は魔法なんて使えないから魔獣や魔女、魔力のある魔法や魔術使う種に対応する為に作られた物ね」
「そんな武器もあるのか」
ルインは摘出した弾丸を見ながら感心する。
「さて、これでこの辺から人間は消えてオックスも減る事は無くなるわ」
「でもあいつら途中で戻ってくるかもしれない、一応見張っておくから、チウィーさんはゆっくり休んで」
「……そうね、休ませてもらうわ」
二人が入った家には奥に行くと寝室があり、魔女はそこで休んだ。
魔女の話では今燃えている家と柵の火は、対象を燃やし尽くすと自然に鎮火して他に燃え移る事はない魔術の火との事だった。
ルインは居間の椅子に座り、窓から燃える家や柵を眺めながら一息つく。
「ふぅ……人間か……」
ルインのつぶやきと共に、夜は更けて行った。
翌朝、寝室から出て来た魔女にルインは心配そうに聞く。
「動いて大丈夫なの?」
「弾丸はもうないから後は魔法で治せるわ。休んで体力も回復したしね」
「そうなんだ、何か食べる?」
「いえ、魔女は数日物を食べなくても平気なのよ」
「へぇ、そういえば森を出てからチウィーさんが何か食べてるの見たことない」
「少なくともワドファーに着くまでは食べなくても大丈夫よ、食糧なんかも持ってきてないし」
「だから荷物が少なかったのか」
ルインが朝食を終えた後、二人は外に出て周囲を確認する。
「店も柵も燃えたのね」
店があった所にはもう炭しか残ってなかった。
ルインは出発の準備をして荷を馬に乗せている間、魔女は集落の中心で何か仕掛けをしていた。
気になったルインは帰って来た魔女に尋ねる。
「何してたの?」
「また人間が来ない様にちょっとした魔術をね、複雑な事は出来ないけど」
「ここにオックスが生息してるのは知られてるし、別の人間が来る可能性もあるもんね」
二人は話しながら集落の出口へ向かう。
「その魔術ってどんな効果?」
「貴方の力を参考にして銃が暴発する魔術よ、銃がなければ普通の人間にオックスを狩るのは難しいのよ」
「なるほど、これでオックス達も静かに暮らせればいいけど」
二人はまたワドファーへの道を進み出した。




