オックスの村2
集落の端にある民家、ルインは例の香水をつけ、作業していた小柄の男に話しかけた。
「なあ、あんたこの集落の人間だろ?ここでオックスの肉が食えるって聞いたんだが」
「なんだお前いきなり?」
男はいきなり話しかけて来たルインを怪しむ。
「国内で噂を聞いてね、直接来てみたんだ。金ならある」
ルインは懐から財布を出し、溢れんばかりの金貨を男に見せる。
「……見たことない顔だな、ちょっと来い」
男は自分の家であろう民家に入って行き、ルインも後に続く。
(最近人間の国じゃオックスの肉はもう貴重で、今じゃ上流階級の人間しか食べられないと聞いたわ、まずはこの香水でさっきの店の人以外の人から詳しい内容を聞いて来て)
ルインは魔女から言われたことを思い出す。
家に入った男は、椅子に腰かけルインにも座るように指示する。
「さて、あんたはどこまで知ってる?」
「ここでは貴重になったオックスの肉が食えると聞いただけだが……他にも何かあるのか?」
「噂を聞いただけか、まあ間違っちゃいない」
男は話をやめ、それ以上口を開かない。その代わり手で何かを欲しがるようなジェスチャーをした。
ルインは仕方なく金貨一枚、男に軽く投げる。
「……それ以外にも今は国で禁止されたオックス狩りが出来る、本来はお偉いさん向けだがその財布があれば十分楽しんでもお釣りがくるだろう。本当は紹介が必要なんだが……どうだい俺の紹介でやってみないか?勿論紹介料は貰うが」
「俺達も噂だけでここに来たんだ、今聞いた事を待たせてる連れにも話してくる。返事はそれからでいいか?」
「いいぜ、ただいきなり他の奴らの所に行くなよ?紹介が無いと集落の奴等はしらばっくれる」
ルインは軽く返事をして家の外に出た後、集落の端の丘に戻る。
しばらく待ち日が落ち始めた頃、魔女も戻ってきた。
「あの女の子の言う通り、オックス狩りと肉を売ってるって」
「こっちも確認したわ、この辺でもうかなり数が減っていて集落を超えた林に大量のオックスの骨が捨てられていた」
魔女は魔術を使って周囲のオックスの数を調べ、狩られたオックスの処分場を探していた。
「そもそもオックスの狩りは人間の国が自ら禁じたはず、破れば容赦ない罰を受けるわ。お偉いさん相手の商売って事は、この集落自体が保護を謳った狩り施設と見て良いわね」
「随分と都合のいい保護だ」
「勿論繁殖なんてさせてなかったし、この保護が続けば近い内にこの辺のオックスも滅ぶわ、その前にここから逃がさないと」
「具体的にはどうする?」
「この地を金のかかる土地と思わせれば、新たに居着く人間も居なくなる」
辺りが暗くなった頃、二人は昼にシチューを食べた店の裏に居た。
この店は集落の中央付近に位置し、直接オックスを囲っている木製の柵の中と繋がっていた。柵は集落外にも張り巡らされており奥には林も見えた。
「思えば最近来た割には敷地もかなり整ってるわね、とてもここの集落の人だけではどうにでもできない程」
「客の偉い人ってののおかげかもね」
「厄介な事になる前にさっさと追い出しましょう」
「でもオックスを逃がすだけじゃダメなの?」
「周囲のオックスをここに集めてるのよ?逃がしてもまた集められるだけ」
「だから追い出すのは人間の方って事か」
「住む場所がなくなれば彼らは国に帰らざるを得ない、これをこの集落の家全て目立たない所に貼るの」
魔女は模様が描かれた、手の平くらいの大きさの四角い紙をルインに渡す。
「これを貼った所に大量のネズミがおびき寄せられて、剥がすまでネズミが絶えることは無い」
「おぉまた魔女っぽい」
「この集落の家は多くはないけど土地が広いから手分けして貼りましょう、見つからないようにね。終わったらあの丘で会いましょ」
魔女は店の、気づかれにくい納屋と店の間の隙間に紙を貼ると、さっさと行ってしまった。
「剥がされないような場所に貼るといいのか、よし俺も」
ルインも魔女とは逆の方へ行こうとすると、後ろから物音が聞こえ振り返ると昼に話を聞いた少女が立っていた。
「もしかしてあじんのお兄さん!?」
「君は……!」
「やっぱり!オックスを助けるところ?」
「あ、ああだけど……」
ルインは少女にオックスを守るには、人間を追い出すしかない事を説明する。
「そんな、せっかくお友達になったのに……」
「でも君のお父さん達が居れば友達になったオックス達は殺されてしまう、自分でどうにもできないから俺達に頼んだんだろう?」
「……」
少女は俯いて黙り込んでしまった。
「今の俺達じゃオックスを助ける為こうするしかないんだ、ごめんね」
「うん……」
少女は俯いてしまったが、ルインはやるべきことの為に歩き出す。
それから数軒の家に紙を貼っていき、最後の家は先程事情を聞いた男の家だった。
「よし、ここで終わり」
「あんたは」
目立たない家の裏側に紙を貼り、一息ついた時、家主の男に見つかってしまった。
「しまっ……」
しかし先程の香水の効果はまだ切れていないらしく、男は無防備に近づいてきた。
「戻ってきてたのか、しかし悪いな今日は狩りも肉を食う事も出来そうにない」
「まだ切れていないのか……」
「何の話だ?」
「いや何でもない、それよりどういうことだ?」
「?さっき聞いたんだがどうも今日これからお偉いさんが団体で来るらしい、狩りも料理も楽しむのはお偉いさんが帰った後だな」
「お偉いさんって事は護衛も?」
「うん?そりゃ居るだろうさ」
集落は紙を貼った所から、徐々に騒がしくなっていく。
(ちょっと厄介なことになるかもしれない)
「分かった、連れにはそう伝える」
「すまんな。ん?やけにネズミが多いな……」
ルインは、待ち合わせ場所の外れの丘に集落入り口で止めていた馬と共に戻った。
「チウィーさん、まだ戻っていない……」
集落はすっかり騒がしくなり、紙の効果が出てるのは明らかだが、魔女はなかなか姿を現さない。
しびれを切らしルインは探しに行こうとしたとき魔女が走って来る。
「遅くなってごめん!」
「無事だったんだ。護衛を付けたお偉いさんが来てるって聞いて何かあったかと思った」
「私は無事だけど作戦は失敗よ、お偉方の中に魔法使いの人間が居たわ。騒ぎの原因が魔術だとバレて人間は追い出せなくなった。それどころか、魔術を仕掛けた私をあぶり出そうとしている」
「そんな!」
「この状況でオックスを助けるには、ここに居る全員を何とかするしかないわね」
二人が話していると、護衛達が丘に近づいてくるのが見えた。
「あの子の頼みだからなるべく穏便に済ませたかったけど……仕方ないか」
護衛の持つ灯りが、二人を照らした。
「亜人!?お前達だなあんな騒ぎを起こしたのは!」
護衛の一人がルイン達を見つけると、仲間がどんどん集まってきて二人は囲まれてしまった。
「亜人め、何の目的でこんな事を」
「退きなさい!下っ端とは話が出来ると思ってないわ!」
魔女は家に貼った紙を握りしめ小声で何か唱える。
すると周囲に大量のネズミが現れ、鎧の護衛達を襲いだした。
「うわぁ!ネズミが!」
ネズミは護衛達の鎧の隙間から中に入り込み、護衛達の肉を食い始める。
「今よ!」
魔女は箒、ルインは馬に乗り、護衛の囲いを抜けると、集落中央の店に向かう。
集落中央の店内には客であろう豪勢な身なりの人間数人と、数名の護衛、そしてネズミの被害を受けた集落中の人が集まっていた。
「こんな物を使うのはおそらく魔女くらいだろう、亭主よここに不審な者が来なかったか?」
豪奢な客の一人が、魔女が貼った紙を指し店の男と話す。
「昼に旅人が二人、けど人間でしたよ?」
「それだな、大方人間に化けてるんだろうよ」
「全く我々の所有する地に手を出すとは」
「見せしめが必要の様だな」
豪奢な男達数人が、イライラした様子で会話をしていた。
「ねえパパなんだか怖いよ、早く国に帰ろう?」
その様子を見た少女は、父親の裾を引っ張り震えていた。
「でもこの仕事は割が良いから……」
男達が話していると、店の外から連れの護衛達の悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ!」
豪奢な男の一人が立ち上がり、扉の方を見た瞬間店の扉が勢いよく開く。
「こんばんは、この騒動を起こした張本人です」
「なっ……」
そこには魔女と、人間の姿をしたルインが、立っていて堂々と店の中に入ってくる。
店の中に避難していた集落の人々は、突然の亜人の登場にざわつく。
「馬鹿め真正面から来たか、魔女風情が何の用だ」
「あなた達にはここ、オックスの生息区域から出て行ってほしいの」
「何を言い出すかと思えば……減ったオックスを保護してる我々を追い出すだと?」
「貴方達の言う保護がどういう意味か知らないけど、集落の向こう側にある綺麗に肉を削ぎ取られたオックスの骨、そこに居るの彼の証言、このままではオックスは滅ぶわ」
魔女は、店の奥に避難しているルインが話した男を指した。
「お前の連れは亜人だったのか!騙したな!」
男が怒りながらルインを罵倒する。
「そも、ここは我々が整えた土地だ、持ち主が好きにやって何が悪い」
豪奢な男の一人が高慢な態度で割って入る。
「ここは誰の土地でもなかったはずよ、あなた達が勝手に所有権を主張してるだけ。それにここにいるオックスだって周辺から連れて来たんでしょ?万が一土地があなた達の物だからって、オックスは関係ないじゃない」
「全く魔女の癖に屁理屈を、煩わしい」
豪奢な男はうんざりした顔で、懐から銃を出す。
「結局力で押し通そうとするのね」
豪奢な男の他にも護衛や、後ろに座っていた豪奢な身なりの男数人が銃を構え、魔女に向けて引き金を引く、だが一瞬早くルインが魔女の前に飛び出す。
複数の銃声は全て暴発した音で、銃を撃った者達は次々倒れる。
「大丈夫?」
「ありがと、でも守ってくれなくても大丈夫よ。私もある程度戦えるから。それにしても暴発したにしてはずいぶん怪我にバラつきがあるわね」
魔女の言う通り銃を撃った全員が暴発したが、怪我の具合は様々だった。
一番酷いのは護衛、明らかに既に死んでる者や致命傷を負っているが、豪奢な男数人は手や肩を怪我していれば、無傷な者も居る。
「ルイン、これってどういうことなの?」
「単純に銃の腕じゃないかな?」
「なる程、ルインの急所を正確に狙う程致死率が上がるのね……あら?」
魔女と話すルインの姿が徐々に元に戻っていく。
「何が起こった、その姿……お、お前はあの悪魔か!?」
銃の暴発で倒れた男達が、ルインの姿を見て後ずさる。
「南から消息を絶ったと聞いていたがこんな所に居たとは……お前達!奴を殺せば金……いや、本国王都で勲章を貰える程の功績が貰えるぞ!」
倒れた豪奢な男の一人が、周りに居る集落の住民を焚きつける。
「勲章?あいつを殺せば?」
住民達はその言葉に操られるように、身近にある道具を手にする。
「不味いわね」
「ここで戦ってもいいけど……」
ルインは少女の方を見る。
少女の父親、昼に店へ案内してくれた亭主も畜産用の大きいフォークを手にしていた。
「パパ……」
「家の奥に入ってなさい、これが終われば勲章を貰って国でいい暮らしが出来るようになるからな」
少女は父親の袖を引くが、父親は娘の手を振りほどき住民達と一緒にルイン達へにじり寄る。
「彼等に勝つのは簡単だけどここは引いた方が良いわね」
「賛成だね」
二人は入ってきた店のドアから脱出するとそのまま馬と箒に乗り、直後、Uターンすると店の裏の柵を超えて逃げる。
「待て!」
「裏だ!牧場の中に!」
集落の住民達は、店の正面出入り口と裏口から二人を追う。
「俺の姿で焚きつけちゃったな、どうしよう」
「やる事は変わらないわ、住民を追い出して、あの偉そうな人間も何とかする、土地の価値を下げようと思ってたけど黒幕来てるなら丁度いいわ!」
魔女は逃げながら筒状の容器から何かの粉を撒いていた。
「これで!」
中身がなくなったのか魔女は筒を投げ捨て箒から降り、地面に手を付ける。
「フレイム!」
魔女の声に答えるように手を付けた所から火が出て魔女が巻いていた粉に沿って火が回って行く。
火はどんどん魔女が落とした粉を伝っていき、最終的にオックスを囲う柵に燃え移った。
「あの柵は店からこの集落全体に広がってる。そしてこの魔法の火は私が制御出来るし、ちょっとやそっとじゃ消えない。後は火に巻き込まれないようオックスを逃がすだけ」
追ってきた住民は火に気付き、消そうと上着などで叩くが消える気配はない。その隙にルイン達はオックスを逃がす為群れに近づく。
「近くで見ると結構でかいな」
オックス達は何が起こっているのか知る由もなく、のんびりくつろいでいた。
「はい、これ」
突然魔女はルインに笛の様な物を渡す。
「なんだこれ?」
「その笛は動物の嫌がる音を出す笛よ、思い切り吹けばオックスも嫌がってここから離れようとするでしょう」
「これを使ってオックスを逃がすのか」
「私はここであの人間達をお仕置きするわ、あなたがやるとみんな死んでしまうしね」
「わかった!ふーっ」
ルインは笛を吹くが近くのオックス達は座ったまま動かない。
「あ、あれ?」
「もっと強く吹いて、猛獣を想定して調整したからおとなしい動物に効果を出すには全力で吹かないと」
ルインは魔女の言う通り思い切り息を吸って笛を吹く。すると笛からは甲高い音が響き、それを聞いたオックスの群れは立ち上がり移動し始める。
「もっと強くよ!オックスを急かす様に!」
「これ……結構きつい……!」
ルインの息は既に上がっていたが、それでも笛を吹きながら馬でオックスを追い立てる。
「そのまま林を抜け柵の外に逃がせば人間もすぐに手を出せなくなる」
ルインは魔女と分かれ、笛を吹きながら馬でオックス達を林の奥まで誘導する。
林の中にもかなりの数のオックスが居て、ルインが追い立てるオックスの数は最終的に数十頭にもなっていた。
林を抜けるとオックスを逃がさないよう少し高くなっている柵が見えた。
「はぁはぁ、あの柵はどうしよう……」
ルインが迷っているのも束の間、笛に追い立てられたオックス達のスピードが全然落ちず、そのまま柵に突っ込んでしまった。
「うわぁ!」
大量のオックスの突進は木製の柵など紙切れの様に破り、オックス達はそのまま集落外に逃げて行った。
「凄い……でもこれでオックスは逃げた、次は人間をここから追い出さないと」
ルインは馬をターンさせ、来た方角へ戻って行く。




