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黄緑色のカーペット

 365日、どんな季節でも天方の突撃と過ごし、「青い世界地図」が埋まってきた頃。

 窓の外では病院の庭の桜が咲き誇って風に揺られている。

温かな日差しが窓から入り込み生命の息吹を感じさせる、春。



緩やかにボクの体を蝕み続けていた病の進行が、歩みを早めた。



 進み続ける時計の針が刻む、(かいほう)へのカウントダウン。ボクは、抗体の弱化による日和見感染症に苦しむようになり、再度起き上がれるようになった頃には桜は散っていた。


 回復といっても、再び以前のように歩き回ることは難しくなり、上手く寝付けない日も続く。心身ともに疲弊していき、天方と遊ぶ時間もいっきに短くなった。


 そんなある日。

 午前に天方に付き合い、検査の後休憩室で軽く休んでから病室に戻ったボクは、病室の前で看護師が右往左往している姿に出くわした。

 午前中の天方の思案した顔が脳裏をよぎって、早めに帰ってきてしまったのだ。


「何か、あったんですか?」

「あ、えっ、白石君、その…天方君が」

「天方?」


 いまいち要領を得ない看護師の返答をいぶかしみ、病室の扉を横に引いた時だった。


「てれれ、てってれ~。ど●でもドア~」


 聞き馴染みのある効果音と共に目についたのは、絵筆で床を塗りたくる天方だった。


 「は…?」


 見渡す部屋は真っ白...のはずだった。

 今、目の前の男のせいで、真っ白い病室は色が付けられ始めている。

 天方と目が合うことはない。ヤツの視線はただ一点、床にのみ向けられている。床に残る、筆の軌跡にのみ向けられている。床に四つ這いになり、一心不乱に筆で軌跡を描いている。


 おかえり、と返事はあるのにこちらを一瞥もしない。

 天方がようやく顔を上げるまで、ボクはピクリとも動けなかった。




「ふぅ〜...あっ!

『なんだよ、間抜けな顔してないで何とか言ったらどうなんだ』~」

「っ」

「あ、ヨモ、さては驚いたな~!?」

「お前…」

「おぬしを海の世界に招待しよう~」


 ニンマリと笑う天方に、驚きで声が出なかった。

コイツはなんだ。

言おうとする言葉が音になる前に消えていく。


『何をしているんだ』

『此処はボクの部屋だ』

『なんで怒られないんだ』

『自分の部屋でやれ』


 そうそう出くわすことじゃない脳の処理限界に出くわす貴重な体験だったのだと、今ならわかる。

 数瞬後、ようやく頭の回り始めたボクの第一声は、問いかけでも怒りでも叫びでもなかった。


「お前、それ…青じゃなくて、緑」


天方は静かに、海の世界(みどりのゆか)と己の筆を見下ろした。







「そんなことが!?」

「いや~、あの時の私はまだ若かったですね」

「若いとかいう問題じゃないですよね!?病院ですよね!?しかも他の方の病室なんですよね!?お、怒られた....とかは?」

「なかったんですよ、えぇ、不思議なことにね」





―2071年8月31日

  ねぇ、俺は決めたよ。

  少し欲張りになろうって。

  逆になることがあるかもしれないなんて、初めてだ。

  君はいつも驚きを連れてくる。

  仕返しは成功したようだ。

  まずはそのための第一歩。

  驚いた顔が見れたから、

  しばらくはホクホクだ。


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