黄色い駒
唐突な押し入りだって、突拍子もない言動だって、数か月も繰り返されたら慣れが来るというか、順応し始めるものである。
ボクはそれを天方に毒された、とよんでいた。
「ヨモー、今日はこれやろう」
「ヨモって呼ぶな」
「ははっ、いいじゃん」
通い詰められて根負けしたボクは、天方を追い払うのも面倒になり、放置するようになった。天方は、これ幸い、とボードゲームやら折り紙やらを持ってはせ参じるようになったのである。
毎日毎日飽きもせず。
「それ、ボクの駒な?お前のはこっち」
「あれ、そうだっけ」
「お前…最初に駒の色決めただろ、ボクが黄色でお前がオレンジ」
「あ~、そうだっけ」
まぁいいや、と気にせず続ける天方は、出所不明なボードゲームを机の上にさらに広げる。自分で持ってくるにも関わらず、天方はゲームのルール、果ては名称も知らないことが多い。その都度遊び方を解説していると、楽しめるようになるころには午前中の入浴やリハビリ、検査に呼ばれる順番になる。
「なぁ、天方」
「ん?」
「お前、他に遊ぶやついないのかよ」
「俺はヨモと遊ぶのが楽しくてここにきてるから、いいんだよ」
「ふ~ん、変な奴」
ボクが生活している病棟は、一般入院患者の病棟からは隔離されており、奥まった場所に存在する。もちろん人も少なければ、代り映えするものもない。好き好んでここで生活しているならば結構な変わり者だ。
天方はなぜボクがこの病棟で生活しているのかと尋ねてこなかった。ボクも天方のことは尋ねなかった。
ただその時同じ時間を過ごす人。
その絶妙な距離感がこの不思議な縁を保っていた。
コンコン、と看護師がドアをノックする音が聞こえる。
「失礼します。白石くん、お時間大丈夫ですか?そろそろ順番ですが」
「はい、今行きます。...というわけで、.今日はここまでだな」
「え~、もうちょっと」
切り上げて検査に向かうべく机の上を片付けるボクの対面では、ボードゲームが未だ遊び足りないと広げられている。頭の立派なアホ毛(寝ぐせか?)も連動して萎れているように見えるのが何とも面白い。
「天方、今日はもう終わりだ」
「うぁ、....もうちょっと.....」
「....その…なんだ…」
「何、早く帰れって?ぶ~、はいは~い、ちゃんとお片付けしますって」
「....明日もくればいい」
「え?」
他に遊び相手がいないんだったら、としりすぼみのささやきで言い訳を並べてみるも、天方にはどこまで届いていたのか。
ぽかんとしていた天方の口角が次第に上がっていくのを見るのはなんとなく気恥ずかしくて、顔を背けた。
すっかり天方に毒されたなんて認めたくなかった。
「わかったら早く片付けろ」
居心地の悪さを感じて看護師に急かされるまま片づけを終え、逃げるように病室を出ようとしたボクの背を天方の声がかすめる。
「へへ、ありがとう、蓬」
普段の溌剌さをぐっと抑え込んで、泣くのを抑え込んで、それでもにじみ出てきたような、震えた声だった。
知りたくなかったよ、寂しい、なんてそんなこと。
―2072年10月16日
未来の約束なんていらないと思ってた。
神様なんていないと思ってた。
願っても叶わないこと、祈っても届かないことのほうが多いから。
有限って言葉が嫌いだった。
誰かの記憶に残ってしまうのが嫌だった。
でも、誰かの記憶に残りたかった。
たったひとつの希望にすがりたくなる人の気持ちがようやくわかった気がする。
次の日。
「ヨモ~、遊びに来たぞ!」
「ヨモって呼ぶな」
「ははっ」