色のついた夏
ボクはその日、1ヶ月に1度の定期検査を控えていた。
両親が届けてくれる学術雑誌は特に興味のあるものでもなかったが、他に時間つぶしもないので暇な時はこれに目を通す。
ボクが期待する記事は医療の分野だけ。しかし、両親が届けてくれるのものは広い分野に関心のある雑誌ばかりだった。
政治、服飾、音楽、産業、雑学、科学、スポーツ。
ペラペラとしばらく読みすすめた頃、廊下からパタパタと忙しない足音が聞こえてくる。ボクは雑誌をソッと閉じ、顔を上げた。
雑誌で時間つぶしをする必要性がなくなるからだ。
次の瞬間、扉をガッと開けて大声が静寂を破った。
「ヨモォ!遊ぼう!」
「煩い、もう少し静かに入れないわけ」
短く刈り込まれた黒髪と同じ色の瞳を輝かせて、片手にはトランプをわしづかみにした侵入者。
ソイツの後ろでは、横開きの扉がスーッと静かに閉まっていく。
「へへっ、そりゃ驚かせるのが目的だからな。無理ってもんよ」
鼻息荒く胸を張りながら、にっかりと笑うソイツは、ズカズカと足を進めてくる。ベッドのわきに備え付けられた丸椅子を引きずり出し、ドカッと腰を下ろした。
椅子の座席部がまだソイツには高いようで足をプラプラと動かしているのが目につく。地につかない足と、行動と。存在そのものがやかましい。
「あっ、さては驚いたな」
「はぁ…、呆れてんだよ」
「で?何読んでるの」
「サイエンス誌。虹のでき方だとよ、興味あるのか?なら貸してやるよ」
「え~」
長らく退屈に殺されていた僕の日常は、最近少しにぎやかになった。原因は目の前のコイツだ。
ちょうど1か月前の定期検査の日だった。
今と全く同じように雑誌を手に時間を持て余していたボクの病室に、コイツはのりこんできた。
思えば初対面から失礼極まりないやつだった。
『たーのもォ!』
『誰?お前』
『ふふん!俺か?俺はあまか、た…、』
『...おい?』
『…』
『なんだよ、間抜けな顔してないで何とか言ったらどうなんだ?』
『...へへっ、天使は口が悪いっていうのはホントだったんだなっ!』
『˝あ?』
『俺は天方。天方、久。久しぶりって書いて久。天使様は?』
『入っていいなんて言ってねぇけど』
『ん?まぁまぁ。本読むのもいいけどちょっと話そうぜ。俺昨日からここに来たからまだ知り合いいなくてさ』
『ふーん、興味ない』
『えー』
『天方くん!天方くん!どこですか!』
『げっ、看護師さんたちだ』
『…』
『そ、そんな胡乱な目で見なくても〜....ね?』
『…』
『ちょ、呼び鈴に手を伸ばすのが早いって。と、とりあえず天使様、匿って!』
ごねる天方を問答無用で看護師に差し出したその日、天方との不思議な縁が繋がった。
「私にとっての夏も同じころに始まりました」
「先生にとっての夏、ですか?」
日は傾き、あたりは暗くなりだしている。
「ええ。夏は何度でもやってきますが、同じ夏は二度と来ない。と、そう学んだのがあのころだったと今になって思うのです」
―2072年7月2日
奇妙なやつに出会った。
何を考えているのかわからないヤツだ。
長く人と喋っていなかったせいで、
なんだか変な感じだ。
看護師は腕力がある。
―2072年8月2日
今日もアイツはいつも通り。
雑誌の中でもサイエンス誌の記事だけは、意外と面白いから今度から目を通してやろうと思う。