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虹の画家

「はぁ…。ここが現代の巨匠・天弓(てんきゅう)、始まりの地ですか」

「ははっ、そんな大したものではありませんよ」


僕が感嘆で口を呆けたまま部屋を見回す様子を尻目に、先生はふっと微笑みながら壁にやわらかく手を添えた。

そのままゆっくりと息を吐く。



―惜しむように。

―懐かしむように。



「いやいや、”大したもの”だからこんなに綺麗に残っているんでしょう?それに、もとはここ、病院だったらしいじゃないですか。それが今や、改築されて先生の記念館ですよ」


鼻息荒く力説すると、先生はゆっくりとこちらを振り返る。


「ははっ、記者さんのほうが私より私に詳しそうですね」

「またまた~。そんなこと言って取材から逃げようったって、そうはさせませんよ。今日は根掘り葉掘り聞かせてもらいに来たんですからね」

「おや、それはどうぞお手柔らかに」


先生は子どもっぽく、それでいてやわらかく笑いながら目を伏せ、今度は壁に額を触れさせた。



―眠るように。

―祈るように。



 息を吞み、その絵画のような光景を瞬きもせずに見守る。

邪魔をしてはならない、と本能が告げていた。


しばらくして、先生はゆっくりと瞳を開き、近場の窓から外に顔をのぞかせた。

黄昏の空が先生の色素の薄い髪に反射し、カーテンとともに攫う。それすらも、絵画の一場面のようで、僕はとっさにカメラを構える。目を離すと夕日の中に溶けて消えてしまいそうなその人を、なんとかレンズに写すべく。


先生は僕の必至な様子に苦笑をこぼし、白いベッドに腰かけた。型落ちした病室のベッドがキシリと乾いた音をあげる。


「さて…。何からお話ししましょうか」


 凛とした空気が室内を包む。

 さきほどまでは淡く消えりそうだった先生の様子が一変し、大樹に住む賢者が目の前にいるようだった。

壁の絵も相まって、深い森に迷い込んだ感覚に見舞われる。

 先生のすべてを見透かしていそうな深紅に生唾を飲み込みながら、僕は対面に腰を下ろした。


「今日は絶対にお伺いしようと思っていたことがあるんです。先生の、そちらの日記です。先生、常に持ち歩いていらっしゃいますよね」


 僕の指がモニター台の上に置かれた日記を指し示したのに沿って、先生の視線も動く。少し色あせた表紙を持つだけの、ごく一般的な日記帳。表紙から5年分の言葉が宿っていることが伺える。


 先生は日記を手に取って視線を落とした。


「これ、ですか」

「はい。”現代空想画の巨匠・天弓”誕生の秘密はその日記にあり、と記者の感が訴えていますよ」


 緊張よりも興奮がまさった僕は、メモ帳とペンを構えて目をらんらんと輝かせる。先生の二の句を今か今かと待つその様子に、先生は困った子を諭すよう眉尻を下げた。


「記者さんは本当にお目が高い」


 先生は再び日記に視線を落とす。

 使い込まれた日記の氏名欄は不自然に文字が消されており、その跡を指でなぞりながら、先生は眠るように目を閉じた。


「分かりました。それでは、夏に取り残されたとある男の話でもしましょうか」



―2075年 7月 14日

  うんと悩んで決めたんだ。

  『天弓』はどうだろう。

  虹の別名らしい。ぴったりだろ。

  さい初の作品名は、あすぽでろす、だ。

  やくそく、こんどはまもってみせる。

  君のい見も聞かせてくれたらうれしい。


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