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【07】誘い

 屋敷の案内がキャンセルされてから数日が経ち、状況の落ち着いたグレイオットがマイロナーテの私室の扉を叩いた。

 

「改めてになるが……使用人に教育の不届きがあったようで、すまなかった」

「あれは事前想定が難しい事態です。むしろ、まだ不慣れである私に対処をお任せいただきありがとうございます」

「ここの女主人は君だ。もちろん、判断に迷うことがあればなんでも相談してほしい」

「……ええ。頼りにしております」


 使用人の陰口の件は念の為、処分の最終決定をグレイオットの判断待ちにしていた。

 屋敷に腰を据えたグレイオットは改めて報告を確認し、マイロナーテの案をそのまま支持してくれたようだ。


 とはいえ、ユフィータの実家である男爵家には事情をすべて説明し、その後の対処を任せるのが条件である。

 万が一、そこでも逆恨みで悪口を振りまこうものなら――何が起きるかわからない。平民と貴族には、それくらいの格差がある。

 

「ところで、色々な詫びも兼ねてになるのだが……サーカスに興味はないか?」

「えっ、興味……ありますっ!」


 マイロナーテは、思いがけない誘いに興奮する。

 前のめりで承諾したことに少し遅れて気が付き、微笑ましそうに目を細めるグレイオットから視線をそらした。

 

 辺境伯領の領都に大きな歌劇場はないが、サーカス団の巨大テントは、通年で郊外に場所が確保されているほどに盛んらしい。

 サーカスは隣国のさらに隣の国で盛んで、マイロナーテは幼い頃に一度だけ移動サーカスの興行を観たことがある。


 思い返せば、音楽や歌劇を好むアイロオーテは、辺境伯領のこの辺りの事情を知っていたのかもしれない。

 アイロオーテが頑なに縁談を拒んでいたのは、これが譲れない点だった……という考察は、彼女に寄り過ぎた解釈だろうか。あながち間違いでも無い気がするが。


「実は、俺たちの結婚祝いを名目にした公演なので、君も少し気恥ずかしいかもしれないが……」

「あっ、それは……確かに少々恥ずかしいかもしれませんね」


 マイロナーテから視線をはずして少しだけ目を泳がせながら、グレイオットは苦く笑う。

 未だ戸惑いのあるマイロナーテと比べてすっぱり割り切って友人関係の強化に努めるグレイオットでも、その演目には思うところがあるらしい。


 現公演はそんな状況であるため、サーカスに領主夫妻のための場所が常に確保されているのだという。

 

 今のところ、グレイオットとは友人関係のはじまりといった程度の距離感を築けているはずである。

 しかし、外ではさすがに夫婦として振る舞わねばならぬだろう。何が恥ずかしいと言えば、そこが恥ずかしいのだとマイロナーテは思う。

 

 結婚式後のパレードでは仲睦まじく寄り添った状態を領民に見せたが、数日前と今ではマイロナーテの感覚がまったく違う。

 

 そもそも、恋多き女を地で行くアイロオーテと違い、マイロナーテは異性と接した経験がほとんど無い。

 

 王都で属していたグループは、読書趣味によって繋がったおとなしめの若者が集うものだったし、社交界に出てからも数える程度しか踊っていない。

 目標とする夫婦どころか、異性の友人という感覚すら危ういことに、マイロナーテはようやく気がついた。


 ましてや、恋人だなんて――。



 

(……いいえ、私たちはあくまで夫婦。恋人だなんて余計なこと、グレイオット様が考えているわけないし)


 疑っていたユフィータには直々に婚約者候補の否定をされたが、グレイオットに秘密の恋人がいる可能性をまだ捨てていない。

 異性に免疫のないマイロナーテはあっさりとグレイオットに好意を抱いてしまいそうだが、グレイオットがマイロナーテをどう思うかは別なのだ。

 

 夷狄の侵入という緊急事態が発生したとはいえ、世間的にはいわゆる蜜月であるためか、グレイオットはできる限り屋敷にいるよう心がけているように思える。

 夫婦ではなく友人からなので、べったりというほどでもないが、できる限りの時間をマイロナーテに割こうとする意思が感じられる。

 だから、秘密の恋人なんて存在しないのでは……と思ってしまうのは早合点というものだ。

 

 この国は原則として一夫一妻で、王族ですらそう定められている。公的に迎えた伴侶がいる以上、それ以外の相手は“存在しない”ことになる。

 愛のため日陰の存在になることを選択した者は、愛する人の訪いを待つことしかできない――というのは、古典でもよくある話である。


 マイロナーテとグレイオットが同じ時間を過ごしている裏で、涙を流す秘密の恋人がいるかもしれない。

 ……だからといって、正妻であるマイロナーテがそれを汲んでやる必要はどこにもない。なにせ、公的には“存在しない”ので。

 もちろん、婚姻にあたって何かしらの取り決めがあれば何らかの手間をかける必要があるが、マイロナーテは何も知らされていない。

 

 ちなみにこれは完全な余談だが、遠い国には妻が夫の愛人の管理を担う文化があるらしい。マイロナーテがこれを知った時、この国にはそんな面倒な文化が存在しないことを感謝したものである。


 そもそも、何故ヨルド子爵家に縁談が持ち込まれたのかすらも、マイロナーテは知らされていない。秘密の恋人のカモフラージュのためだと明言された結婚かもしれないが、知らない以上は余計なことを何もできない。

 念の為、父であるヨルド子爵へ確認をするべきか……マイロナーテは本気で悩みつつ、サーカス訪問の当日を迎えた。

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