【03】誰かの色
朝食は私室にてひとりで摂った。朝食を共に摂るのはちゃんと夫婦になってから……ということらしい。
その代わり……というわけでもないらしいが、昼食と夕食についてはグレイオットより同席を誘われている。断る理由もないため、マイロナーテは了承した。
……正直、夫婦としての関係性を保留にされた時、グレイオットには秘密の恋人でもいるのかとマイロナーテは疑った。
伴侶の他に恋人がいること自体は、別に珍しい話ではない。アイロオーテの恋人も、何人かは既婚者だった。
なお、未婚の娘を恋人にする既婚者が総じて屑であることは間違いないが、それはまったく別の問題であるためここでは流す。
話を戻すと、秘密の恋人に操を立てるグレイオットが、適当な話でマイロナーテを丸め込もうとした……という仮定ができる。
立場の弱い妻と白い結婚を貫き、恋人との間に生まれた子を妻の子と偽る――社交界で稀に聞くトラブルだ。
現状のヨルド子爵家は、アイロオーテの土壇場失踪という弱みを握られている状態だが、そこまでの屈辱はさすがに御免被りたいとマイロナーテは強く思う。
もしかしたら、マイロナーテの侍女となったユフィータが、もともとの婚約者候補であり現恋人なのでは……とまで考えた。
飛躍しすぎかもしれないが、男爵家の出にしては、品と教養がありすぎる。正直、今のマイロナーテなどよりよっぽど高位貴族の当主夫人に相応しい。
しかし、捻り無く問うことがはばかれる話であるため、その疑惑はマイロナーテの胸の内に未だ秘めたまま。
それに、まっすぐと友人提案をしてきたグレイオットが、かつての婚約者候補を公的な妻の侍女に……などという非道を行うようには見えない。
昨夜のマイロナーテはそんなことを考えながら眠りについたのだが、起き抜けに受け取った花とメッセージによって、更に何もわからなくなった。
少なくとも、グレイオットには積極的にマイロナーテと関わる意思があると思われる。
……ということは、マイロナーテと本当の夫婦になる気があるということか。
しかし、秘密の恋人の可能性が否定される出来事でもない。
一輪挿しの花瓶に生けられたミモザが柔らかく香り、何度目かわからないため息をかみ殺す。
手触りの良い真紅のソファに腰を沈め、ユフィータの私物らしい「愛しき妖精姫と秘密の花園」をぱらぱらとめくった。
秘密の花園――と、人間界から呼ばれている妖精界――を統べる妖精王は、本来なら妖精姫と呼ばれる身分である主人公に毎朝一輪の花を贈る。
人間界で不遇の立場に置かれている主人公を少しでも元気づけるためと、自分の気持ちを伝えるために。そんな話だ。
マイロナーテはグレイオットのことがわからない。
彼からアイロオーテの話を聞いたことはない。そもそも、花嫁がアイロオーテからマイロナーテに変わることを告げた時も淡白な反応だった。
つまり、アイロオーテにもマイロナーテにも、なんら期待はしていなかったはずで――それでは現状が不可解である。
そんなことに悩みつつ臨んだ昼食の席にて尋ねられたのは、予想外の質問だった。
「急ぎの確認ですまないが、君の私室のファブリックを新調するにあたって、色は黄色で良かったか?」
「………………えっ?」
「ヨルド子爵家の者から、君は濃いめの黄色を好んでいると聞いていたのだが、もしかして違――」
「あ、いいえ、黄色は好きな色です……。あの、現在のは……?」
「今のは君の姉君の趣味を参考にして誂えたものだ。君の好みではないだろう? できる限り急いで準備をさせて……すまない、新調の予定自体を言っておけばよかった」
「いえ……お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません」
本来不要な気を使わせてしまったことに、マイロナーテの視線がすっと下がる。
グレイオットはこんなに良い人だというのに、姉は何が不満だったのかと、マイロナーテはじんわりと息苦しくなってきた。
「いや、そうじゃない。どうか、謝らないでほしい。俺は喜んでもらいたくてやっているだけなんだ」
「えっ………………」
真正面からまっすぐに届けられた言葉に、解放感がすっと身体を駆け抜け、マイロナーテの頬が一瞬で熱を持つ。
その表情を隠すため無意識に俯き、けれど感謝の言葉はほろりとこぼれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
それは、マイロナーテが自分でもわかってしまうほど喜びに満ちた声色だった。
マイロナーテにはグレイオットの気持ちがわからない。
けれど、自分の気持ちは、今わかってしまった。
(――私はたぶん、すぐにこの人を好きになる)
心臓が、身体の中心で主張する。
グレイオットを好きになること。
それが、この先の自分にとってどういう意味を持つのか、今のマイロナーテにはまだわからない。