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【02】花とカード

 友人提案の後は、友人からはじめても屋敷の外では夫婦として振る舞うことなど、いくつかの必要事項について話し合った。


 それらの話し合いの後、グレイオットは長椅子(カウチ)で夜を明かすことに決めていた。これは、男女の友人が同じ寝台に入るわけにはいかないという理屈らしい。

 その理屈なら「同じ寝室に居る事自体が問題なのでは……?」とマイロナーテの頭は疑問を浮かべたが、事態をこれ以上ややこしくしたくないので、きゅっと口をつぐんだ。

 

 なお、広々とした寝台をマイロナーテが占拠したのは、体の大きなグレイオットが寝台を使うべきとの彼女の主張を却下されたからである。

 申し訳無さとその他モヤモヤとした感情で眠れぬかと思ったが、忙しい日々によって疲労が蓄積していた身体はすぐに眠りに落ちた。マイロナーテの神経はそれなりに図太かった。新発見である。


 翌朝。話し合いでちょっとした夜ふかしの結果、いつもより遅い時間に体を起こしたマイロナーテの視界に、長椅子に眠るグレイオットの姿は入らなかった。

 侍女の声掛けによって目を覚ましたマイロナーテは、そのまま一通のメッセージカードと一輪の花を渡される。


 ――これから毎朝、花を贈ります。礼や花言葉など、特に気にせず受け取ってください。


 寝起きと予想外の事態に思考が止まるマイロナーテの手元で、優しく香るのは黄色のミモザ。

 花にはあまり興味が無いものの、ミモザは好きな花だ。それでも詳しくはないのでうろ覚えだが、ミモザの花言葉は“感謝”や“友情”だったとマイロナーテは記憶している。


 メッセージカードによれば花言葉は気にせず……ということだが、初日のこれはそのまま受け取ってしまってよいだろう。

 グレイオットの友人から始めたいという意思と歓迎の心をしっかりと感じとり、マイロナーテの口元は知らずに緩んだ。


 マイロナーテが何故ミモザの花を好むかというと、マイロナーテの髪の色に似ているからだ。

 もちろん、花が持つ鮮やかさにはほど遠く、それよりもずっとくすんでいる。しかし、緑がかった黄色の髪をマイロナーテは気に入っている。

 もっとも……明るい金の髪を自慢げになびかせていた姉アイロオーテからは、地味だの薄汚いだの散々な評価をされていたものだが。


 この黄色いミモザに、グレイオットがどんな意味を込めたのかはわからない。

 しかし、あくまで友人だというのに、毎朝花を贈るというまるで求愛するような行為に、マイロナーテは困惑してしまう。


「奥様、現在は友人だからこそ、わかりやすい親愛表現が必要なのではないかと思います」

「んぐ……ぐうの音も出ない正論だわ」

 

 クラウデン辺境伯家側によって用意されたマイロナーテの侍女ユフィータが、小柄でおっとりとした見た目に反してはっきりと意見を言ってくる。

 ちなみに、グレイオットとはまだ友人とすら言えない距離感なのに求愛されても困る――という、マイロナーテの情けない感想は黙殺された。厳しい。

 

 ユフィータには、顔合わせ初日に「高位貴族のあれこれには色々と疎いため、なにかあればはっきりと言ってほしい」と直接伝えてあり、それから割と遠慮なく意見を伝えてくれる得難い人材だ。マイロナーテは一週間ほど前から辺境伯家に滞在しているが、既に随分と世話になっている。

 ユフィータはクラウデン家の親戚筋である男爵家の出で、マイロナーテと階級による感覚が近い。しかし、辺境伯夫人の侍女となるべく勉強を積み重ねてきているため、下位貴族に嫁ぐつもりだったマイロナーテよりもよっぽどしっかりしている。


「旦那様が奥様に一輪の花を贈られるのは、『愛しき妖精姫と秘密の花園』のエピソードが元かと思われます……お読みになりますか?」

「そ、そうね、せっかくだし読んでみようかしら。……ねえ、グレイオット様って実は恋愛小説がお好きなの?」

「それは…………いえ、私からはなんとも……どうぞ旦那様とお話してください」

「ええー~……………………わかったわ……」


 マイロナーテは、昨夜の恋愛小説がなんとなく気になったので軽く確認をした。しかし、にっこりと笑顔で濁され否定はされなかった。

 もしかしたら、年下の娘と話を合わせるためのただの参考資料……というわけでは無いのかも知れない。


 もちろん、相互理解のために話し合いが重要というのは、その通りであるため異論はない。

 しかし、どちらかといえば大きく厳ついと評されるであろう外見のグレイオットに向けて「恋愛小説がお好きなんですか?」だなんて、真正面からは尋ねにくい。偏見であることは承知の上だが、尋ねにくいったら尋ねにくい。


 小さな溜息を飲み込んだマイロナーテは、昨夜は通り過ぎるだけだった私室を見回す。品のある落ち着いた調度の中で、揃いの真紅のファブリックが主張している。

 鮮やかな赤はアイロオーテが好きな色だ。アイロオーテ本人は一貫して準備に非協力的だったはずだが、ある程度の情報は子爵家から渡されていたのだろう。


 マイロナーテは昨夜まで客室に滞在していたので、この光景を知らなかった。


 姉のために飾られた部屋で身支度を整えながら、マイロナーテは姉のように鮮烈な赤色から目をそらした。

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