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【16】それぞれの翌朝

今回も、後半はグレイオット側の話です。

 ――それは、爽やかな朝だった。


 現在時刻は、日の出から少し経った頃。

 カーテンの隙間から入り込む朝陽の刺激と、肺が取り込んだ朝特有の澄んだ空気が、脳の覚醒を促す。


 いつもより早く目覚めたマイロナーテは瞬きと深呼吸を繰り返し、都合の良い夢からも覚めようと奮闘する。


 現在地は、辺境伯家の私室ではなく……私室と直接繋がっている夫婦の寝室。

 広い寝台で眠っていたのは、マイロナーテとグレイオットのふたり。

 結婚式の翌朝にすら存在しなかった光景だ。


 眠る前の最後の記憶を思い返す。

 グレイオットと酒を飲みながら、とりとめなく姉の話をしていたところまでは覚えている。




(これは………………やらかしてしまったのでは?)


 マイロナーテは、デビュタントの頃に介添人(シャペロン)を頼んだ伯母から、何度もしつこく忠告された言葉を思いだす。

 

 ひとつ、挨拶以上に酒を飲んではいけない。

 ひとつ、男性からダンス以外のものを誘われても応じてはいけない。

 ひとつ、無理に酒を勧める男を信用してはいけない。男は狼だ。

 ひとつ、必要以上にやたらと触れてくる男からはすぐに逃げろ。男は狼だ。

 つまり、女は男に隙を見せてはならない。男は狼だ。

 

 夜会の出発前だというのに、忠告の言葉にどんどん熱が入っていき、「伯母の過去に何が……?」と慄いたことをマイロナーテは覚えている。

 とはいえ、実際に同じ年頃のデビュタントが醜聞へ巻き込まれてしまった話は何度か届き、その度に気を引き締めたものだ。


 もちろん、当時と今では状況がまったく違う。

 

 昨夜のマイロナーテは、確かに酒を沢山飲んだ。

 しかし、グレイオットがべたべたと触れてきたわけでもなく、妙な行為に誘われたわけでもない。無理に酒を勧められてもいない。

 単純明快に、マイロナーテがうっかりしていただけだ。

 

 マイロナーテは既婚者だし、なによりも隣に眠っているのは夫である。何も問題はない……法的には。

 とはいえ、マイロナーテとグレイオットは、法的には夫婦であるが実際の関係は友人だ。


 自らのうっかりで大切な友人とそんな関係になってしまったのなら――行うことはひとつしかない。


 マイロナーテはそっと寝台から抜け出し、私室で着替えて部屋を飛び出した。




 ※※




 グレイオットは、寝台を揺らさないようにゆっくりと降りるマイロナーテの気配を感じ取る。

 その動きにふらつきはなく、私室へ戻る足音も安定していた。二日酔いの心配はなさそうで安堵するばかりである。


 上半身を起こしたグレイオットは思案する。

 

 いつも通りであれば、着替えた後に花を選びに行くのだが……マイロナーテが目覚めているのなら、いつもと違った趣向でもいいかもしれない。

 それこそ、共に庭へ出て散策しても良いだろう。早朝の庭は、日中とは違う光景を見せてくれるから、きっと楽しんでくれるはずだ。


 私室で身支度を済ませ、廊下へ出ようとするタイミングで、侍従が待ったを掛けた。


「グレイオット様、ユフィータより伝言です。そのままお部屋でしばしお待ち願います……とのことです」

「……部屋で?」

「はい、お部屋で。……おそらく、おふたりの寝室のほうかと」


 要求の真意が読めないが、ユフィータからの言伝であるのなら、十中八九マイロナーテが何かを考えているのだろう。マイロナーテのためであるのなら、待つのはやぶさかではない。

 ならば、読みかけの小説でも……と思ったところで、さっと侍従から報告書を渡される。

 

 遠慮なく顔をしかめて横目で見れば、結婚式後に領軍を騒がせた、憎き夷狄の定期報告だった。

 

 侵入してきた夷狄は、一部を殺し、一部を捕らえ、一部を撤退させた。現在、捕虜は国境の砦に収容しているが、既に奪還作戦が試みられているようだ。

 面倒なのでさっさと返還交渉をしたいところだが……相手は不利な状況に関わらずデカい顔で大口を叩いてくるので、交渉も面倒である。

 だからといって、問答無用で捕虜を鉱山送りにするのは正しくないと非難の的になる。


 中央貴族は、自分たちには関係ないから好き勝手言うのだ。


 同時に、領地と領民が受けた損害をなんとかするのが急務である以上、てっとり早く捕虜を換金する必要がある。

 ひとくちに夷狄と呼んでいても、実態は複数の部族が混在している地域だ。

 辺境伯領にちょっかいを出してくるのは主にニ部族だが、今回はそのうちの小さい方だったので、いっそ大きい方の部族に吸収させたほうが最終的にこちらの利になるのではないか。

 

 多少なりとも部族の規模が大きくなれば、更に大きな部族と衝突する回数が増える。

 目先の部族間衝突が激しくなれば、辺境伯領は後回しになるので、その状況は大歓迎だ。


 もちろん、辺境伯領寄りの部族が大きくなりすぎると、それへの対処難易度が上がるのだが……合体や吸収で大きくなった部族は内紛で分裂しやすいため、分の良い賭けだったりする。


 …………夫婦の寝室でそんなことを考えていると、マイロナーテ側の扉から控えめな叩扉音が響いた。


「グレイオット様、マイロナーテです……いまよろしいですか?」

「あ、ああ……問題ない」


 叩扉音と同様に控えめな音を立てて開いた扉から、マイロナーテがゆっくりと姿を現した。


 その表情は固く、その頬はばら色に染まり、その唇はきゅっと結ばれ、その瞳は瞬き少なく……じっとグレイオットを見ている。

 

 その手に持っているのは、ミモザ、カモミール、カスミソウ……可愛らしい小花を集めた素朴なブーケだ。

 しかし、妙に覚えがある組み合わせに、グレイオットは内心で首を傾げる。さっと出てこないが、最近見た気がするのだ。


 それは、脳を全回転させてブーケの見覚えを漁るグレイオットが、思い当たった瞬間のこと。マイロナーテが、小さなブーケをぎゅっと握り……意を決したように息を吸った。



 

「――グレイオット様……私と、結婚、してくださいませ!」


 朝の日差しが差し込む寝室に、まっすぐなプロポーズの言葉が飛び込んだ。

明日で本編が完結します。

更新はニ回(15:50、19:50)の予定ですので、最後までよろしくお願いいたします。

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