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【14】縞模様の仔猫

「鞭打ち後縛り首になりたくなければ、その下品な口を閉じろ」

「んなっ………………貴方、誰に向かって……」

「ほう、名乗りが必要だったか?」

「………………っ!」


 興奮して喚いていたアイロオーテも、流石に状況の厳しさが見えてきて冷静になったらしい。

 ――そう、いまアイロオーテが相対しているのは、ここの領主その人なのだ。


 そもそも、子爵家の娘という元の身分ですら、アイロオーテにはグレイオットを上回る部分が微塵もない。

 ましてや、推定平民と辺境伯家当主では、雲泥の差である。


 現状、グレイオットが立場を明らかにしないのは、ただの温情でしかない。

 

 彼は、いちいち領民に平伏を強いる前時代的な独裁者ではないが、領民ですらない平民に侮られて見逃すほど軽い頭もしていない。

 領主としての立場が明らかになってもなお、アイロオーテが同じ対応を試みるのは、無防備な首を刃の前に差し出すような真似だ。


「俺の妻は優しいからな。これ以上騒がず大人しくするのなら、お前が家へ帰る手配くらいはしてやろう」

「…………ご恩情痛み入りますわ。けれど足は確保してありますから、問題ありませんの」

「そうか。ならば行くが良い。……ああ、隣国への()()()によろしく言っておいてくれ」

「えっ……………………え、ええ…………御前を、失礼いたします」


 焦りのあまり淑女の礼で頭を下げたアイロオーテは、懲りずにマイロナーテを一度だけ強く睨むと、足早に大通り方面へと消えていった。

 唐突に現れ唐突に去る。竜巻が通り過ぎた気分だった。マイロナーテは、竜巻を直接見たことはないが。

 

 強張っていた肩から少しだけ力を抜いたマイロナーテはふうと息を吐くと、グレイオットに向き合った。


「…………グレイオット様、姉が申し訳ございません」

「複雑な気持ちだろうが、あれはただの平民だ。……君が気にすることではない」


 グレオットがアイロオーテを平民だと断言するからには、勘当されたという推測は事実だったのだろう。

 何故、グレイオットが知っていてマイロナーテが知らないかは……考えずともすぐに予想がつく。


「その……すまなかった。彼女の身分のことは……」

「いえ……いいえ…………ありがとうございます」


 グレイオットがアイロオーテにかけた温情は、どう考えてもマイロナーテのためのものだった。

 いくら仲が悪くとも、身内は身内だ。生活が変わったばかりで疲れているところに、余計な負担を掛けたくなかったのだろう。


 今の出来事は「平民が高位貴族を罵倒した」ではなく、「平民が正体不明の人物に難癖をつけた」だけのことだ。つまり、市井でよくあるトラブルでしかない。

 その心遣いをありがたく受け取り、今はこれ以上姉のことを考えないことに決めた。

 

 それに、会話にあった「隣国への同行者」という不思議な存在も気になるが……マイロナーテはそれ以上に気になる存在があった。


「――ところでグレイオット様、その猫は……?」

「拾った。サーカスで見た猛獣に、妙に似ている気がしてな」

「なるほど、確かに……?」


 明るい茶色の毛色に濃い色の縞模様が入った――レッド・タビーというらしい――仔猫は、健康的にふっくらと育てば小さな猛獣に見えるように……なるかもしれない。

 マイロナーテが今まで見かけたことのない模様の猫は、隣国由来のものかサーカス団から逃げ出した個体が繁殖したものか……。

 

 グレイオットは妙にあの猛獣を気に入っていた。

 なるほど猛獣そのものは飼育が難しいが、よく似た猫ならどうとでもなるだろう。


「君は……あの猛獣をずいぶんと気に入っていたようだから……」

「えっ、私……?」

「ち、違ったか!?」


 マイロナーテは、思いもよらなかったグレイオットの言葉に驚き、慌てふためく姿に思わず笑いが溢れた。

 なにせ、完全に予想外だったのだ。

 

 わざわざ痩せた仔猫を拾ったのは、なんとマイロナーテのためだったという。

 つまり、屋敷の警備に猛獣を導入しようなどという頓珍漢な案も、マイロナーテのためだったということか。


 感覚が妙にずれているが、なんとかしてマイロナーテを喜ばせたいグレイオットの気持ちが伝わってくる。

 グレイオットは恋愛小説のように気障なことをしたかと思えば、こんなふうに常識からずれた贈り物を考えたりもする。


 貴族の愛玩動物だったら、同じ貴族から貰ってくるものである。それも社交のひとつだし、野良猫は論外だ。

 けれど、この国の貴族層ではまず見かけないレッド・タビーの猫を望むのなら、一般的でない方法を取らなければならない。


 こんなに真面目で不器用な人が、秘密の恋人なんて厄介なものを抱えていられるだろうか。



 

 いつからか、マイロナーテは姉の好む赤色が苦手になっていた。

 けれど、グレイオットの気持ちの塊である赤っぽいこの猫のことなら……好きになれると思ったのだ。

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