【12】遭遇
後ろに控えていたユフィータがマイロナーテから本を受け取り、すぐに店主と話をまとめ始める。
その間のマイロナーテとグレイオットは、店舗面積の大半を占める簡易装丁の古本の棚を見回ることにした。
革表紙ではない本の数々はマイロナーテにとって珍しいものだったが、市井に出回る本では一般的なようだった。
「多様な紙の入手が容易になったからな。技術革新様々だ」
「ええ、ほんとうに。何か面白そうなもの、ありますかね?」
「これなんかどうだ? 植物図鑑のようだぞ」
「またしても読めませんわ……どこの国のでしょう?」
グレイオットが手に取ったのは、彼のように大柄な男性の片手程度の小振りな本だった。
「俺も読めないが……これは旅人向けの、食用可能な野草の本かもな……」
「なるほど。しかし、挿絵に妙な味がありますね。特徴は捉えていそうだけど、決して写実的な巧みさがあるとは言い難いと言いますか……」
「ンンッ、……………………確かに」
決して質が良いとは言い難い版画の挿絵は、それでも植物の実在性を伝えてくる。
きっと、これも海を渡ってきた本なのだろう。もしくは、大陸にある遠い国から流れてきたのかもしれない。
しかし、ものは面白そうなのだが、マイロナーテとグレイオットではこの本を役立てられそうにない。
この希有な本を活用してくれる未来の誰かのために、マイロナーテはそっと古本の隙間に戻した。
同様に他の棚もしっかり見回り、追加の何冊かがグレイオットの従者の腕に積まれ、一行は薄暗い店舗から太陽の下に戻る。
それを見計らい、ひと組の領兵がグレイオットに近づいてきた。
「……――――急ぎ、ご報告が」
「わかった。……マイロナーテ、先に馬車へ戻っていてくれないか」
「え、ええ……わかりました」
また夷狄絡みの報告だろうかと、マイロナーテは納得する。
以前もそうだったが、グレイオットは夷狄絡みの情報から、マイロナーテを完全に離しておきたいように思える。
もちろん、話を聞いたところで理解ができるとは思えないし、情報保全のために関係者を出来る限り制限したほうが良い事柄も多い。
それでもやはり、まだ信用されていないのかと思ってしまうものである。マイロナーテは自分の立ち位置について考えつつ、ユフィータと護衛を伴い馬車留めへと足を向けた。
あの店舗は、旧市街の大通りから逸れた少々狭い道沿いに存在している。旧い路は高位貴族の馬車が入れる幅ではないため、多少歩く必要があるのだ。
そうして進むことたった数分。もう少しで大通りへ出るというタイミングで、物陰から鋭い声で呼び止められた。
マイロナーテの名を呼んだそれは、覚えがあるものだった。
「………………お姉様ですか?」
「ええ、そうよ。まったく、貴女の地味なつまらない頭は動きも鈍いのね」
「はあ、そうですか」
――そんなことを言われても。
思うことはあったが、そこに反論したとしても何の意味もないため、マイロナーテは沈黙を選んだ。
姿さえ見れば一目でわかるが、呼び止められたのと同時にグレイオットの残した護衛が声の側に立ちふさがったので、マイロナーテからはアイロオーテがまったく見えない。
とはいえ、見下している妹のそんな事情を察するなどという労力を、アイロオーテは決して使わない。姉にとって都合の悪いことは、すべて妹の怠惰の所為だと思っている節がある。
マイナローテは、今まで姉の相手が面倒なため適当にいなしてきたが、それが相手を増長させたのかと多少の後悔をしている。
だからといって、これからはきちんと正面から対応しようなどとは……一切思わないのだが。
「……それで、何か御用がおありで?」
「貴女はもう用済みだから、どっかに行きなさい。本来はわたくしが辺境伯夫人なんだから」
「頭は大丈夫ですか?」
アイロオーテのあまりの言い草に、マイロナーテの口はついうっかり本音をこぼした。