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【11】旧い神話

 警備や諸々の都合もあり、本屋を含めた街の視察は一週間後にねじ込まれた。

 

 もともと、表向きは蜜月ということで領都の外へ出る仕事を抑えた時期である。そのため調整は容易だとグレイオットは言っていたが、その真偽についてマイロナーテが知る手段はない。

 

 ――そして、視察当日。


 目的の店は大きな三階建ての建物で、うち一階部分を広々と占有していた。

 薄暗い店内の入口から所狭しと並べられた本棚には古本がぎっちりと並び、溢れた本は積み重なっている。

 よく見れば、店の奥の奥に新本のコーナーが設けられていた。


 市井の店舗で取り扱える程度のものとはいえ、本そのものはまだまだ高級品に分類される。

 それでもここまでの数が揃っているのは、店主の力か辺境伯領の領都という立地ゆえか。何にせよ、素晴らしいものだ。


「まあ……すごい、実家の書庫よりも豊富そう」

「光栄でございます。もちろん、貴族の書庫には質という点では決して敵いませんが……これらの豊富な書物はご領主様の治世のたまものにございます」

「最近は物流も安定しているからな。国外から入ってきたものは?」

「はい。こちらに――」


 マイロナーテは、はしたないと思いつつも店内中にきょろきょろと視線を巡らせてしまう。

 夜会用のドレスを誂えるため王都のメゾンに足を運んだことなら何度かあるが、雑多な街の店に足を踏み入れたのは初めてなのだ。

 視察で街を訪れることもあるグレイオットは慣れたもので、挨拶もそこそこに店主と話を進めている。


 若き辺境伯グレイオット・クラウデンが爵位を継承したのは、ヨルド子爵家の娘との結婚が決まった昨年ではあるが、領主代行として手腕をふるいだしてからはもう十年になるらしい。

 

 その十年前に何があったかというと、前辺境伯夫人――つまりグレイオットの母――が、病に倒れたのだ。もともと身体が強くなかった彼女は、三人の娘とひとりの息子を産んでから更に体力が落ちてしまった。

 それからは愛妻家であった前辺境伯――グレイオットの父――は、妻の体調が気がかりで仕方なく、次第に息子へ執務を押し付けるようになった。


 勉強中にも関わらずどんどん積み重なっていく仕事に埋もれつつ、周囲の大人たちの助けも借りてグレイオット少年は目の前の仕事に食らいついた。

 そうしてがむしゃらに突き進むこと十年、ようやく息子が未婚なことに気がついた前辺境伯が持ってきた縁談相手が、ヨルド子爵家だった。


 グレイオットと雑談を重ねたマイロナーテが聞いた事情は、この程度である。

 

 なお、前辺境伯夫妻は、別邸で静かに暮らしているらしい。伝聞系なのは、マイロナーテが彼らと話せたのは、結婚式で挨拶をした一度きりだからだ。

 ヨルド子爵家が選ばれたのは秘密の恋人などの事情を押し付けやすい家格だから――と思っていたが、辺境伯家の事情を鑑みれば案外ただ適当に選んだだけなのかもしれない。マイロナーテは最近そんなことを思うようになった。


 なにせ、結婚式から二週間近く経っても、グレイオットに恋人がいる気配はまったく見えてこないのだ。

 マイロナーテが卑屈さからうがって見てしまうだけで……この心配は、思い過ごしの可能性が非常に高くなってきた。


 うまく欺かれているだけという可能性は、この際横においておく。マイナローテは、他人の機微に特別敏いわけではないと自覚している。

 しかし、それなりに身近にいる相手を欺きつづける労力は、随分と骨が折れるだろう。大抵どこかでボロがでるはずである。


「――マイロナーテ、気になる本でも?」

「あっ………………あの、読めない文字が気になって……」

「……ああ、これは芸術都市に接する海を挟んだ国の文字だったか? 俺も読むことはできないが、この形に見覚えがある」

「ええ、はい。そちらは、そのような触れ込みのものにございます」


 マイロナーテがぼうっと考え事をしていたことを、目についた本で誤魔化したら、思いがけず面白そうなものを見つけてしまった。

 店主いわく、その本は遠い国の旧い神話の本らしい。

 

 表紙はシンプルな装丁の革だが、ぱらりとめくれば優れた職人が施したエングレービングによる、緻密で壮大な挿絵がふんだんに使われていることがわかる。


「――――――あら、ミモザ……」


 数多の神が登場するその神話の中に、女神にミモザの冠を捧げる男神の挿絵が目に入った。ミモザを中心にしたその冠は、カスミソウやカモミール……その他にもマイロナーテの知らない植物が編み込まれている。

 文字が読めないため想像でしかないが、これはおそらく女神への求婚シーンだ。


 隅から隅へと視線を動かし、それでも挿絵から目が離せないマイロナーテは、ぽつりと言葉をこぼした。


「………………すてきね」

「……そうか。店主、この本をもらおう。ユフィータ、あとは頼んだ」

「かしこまりました」

 

 マイロナーテが緻密に描かれた挿絵を指でそっと撫でると、凹版画特有のインクの感触が伝わってくる。

 挿絵そのものは芸術都市でつけられたものかもしれないが……遥々と海を渡って来た旧い神話に、目を閉じて思いを馳せた。

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