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【10】分厚い手紙

 マイロナーテがグレイオットに手紙を書いた日の翌朝、一輪のピンク色のチューリップと共に厚みのある封筒が届けられた。


「……厚い………………?」

「はい。厚いですね」


 飾り気のない封筒は妙に厚い。

 渡してから一晩しか経っていない現実と目の前の物体が一致せず、マイロナーテの脳はその厚みを認識できずにいる。

 送った手紙の三倍ほどの厚みを感じる。


「これって、辺境伯家に伝わる何かの暗号だったりする?」

「いえ。そんなしきたりは、一切、何も、全く、ございません」


 さっさと開けろとの圧と共にユフィータがペーパーナイフを恭しく差し出してくる。

 侍女の圧にすぐ負けたマイロナーテは、大人しく封を切った。


 内容をぎゅっと要約すれば、礼に対する礼と、その他辺境伯領の話と、今まで私的な手紙を省略していた不義理への謝罪だった。


 正直なところ、手紙の件はお互い様な上にメッセージカードを毎日貰っているので、マイロナーテ側に申し訳なさが募る一方である。

 それらに加え、日常生活にて不便がないかの確認。毎日顔を合わせているのだから、何かあればその時に伝えるのに……とは思う。

 とはいえ、口頭では遠慮をしてしまうが手紙なら言いやすい事柄というものは確かに存在するので、これはグレイオットの心配りのひとつだろう。

 

 そして、それとは別に、新たな話が書かれていた。

 

「……また、私のほうが誘われてしまったわ」

「あら……この場合は、お誘いに応じるのもお礼になるのではないでしょうか。どちらへ?」


 グレイオットからの誘いは、いつもの几帳面そうな文字で、こう書かれていた。


 『街には、本の小売り店舗が存在します。置かれているのは簡易な装丁の本ばかりですが、他国の原書もいくらか置いてあります。もしよろしければ、街の視察を兼ねてご一緒しませんか』


 それは、確実にマイロナーテの興味を引く一文であったのだ。


「……私、知らなかったわ。今は街のお店で本が買えるのね」

「領都に本の店ができたのは、ここ数年のことです。機械印刷技術の向上で、本の価格がだいぶ下がってきましたから。市井に出回る本は紙やインクの質が悪いので、読みにくいかもしれませんが……意外と種類がありますよ」

「ユフィータは行ったことがあるの?」

「はい。貴族向けの本を取り扱う商会からでは手に入らないような掘り出し物もございますから」

「まあ……私も何か見つけられるかしら」


 グレイオットが言う新品の本を売る店は、同時に古本も取り扱っているらしい。その古本の中には、貴族や富裕層の手放した稀少本が紛れていることもあるという。

 マイロナーテは、更に興味が湧いてきた。もしかしたら、手に入らないと諦めていたあんな本やこんな本があるかもしれないのだ。


「まるで宝探しね。ますます行ってみたい……お返事はお手紙が良いのかしら」

「おそらく、それだと再び厚い手紙が返ってくるでしょうから……私からあちら側に連絡しておきます」

「……そ、そうなの? じゃあ、よろしくね」


 となると、この分厚い手紙の返信のタイミングはどうしたものか。

 マイロナーテは新たな問題に頭を悩ませることになってしまった。


 なお、しばらく後にマイロナーテとグレイオットの間で話し合いがなされ、手紙は週に一度まで……と定められることになる。グレイオットの意外な筆まめさを、マイロナーテが思い知った頃の話だ。


 ちなみに、手紙による返信という案をユフィータが却下したことについて、彼女とグレイオットの逢瀬の種にされた……といった妄想は、マイロナーテの理性によって即座に破棄された。

 恋人疑惑が根本的に否定されていないとはいえ、こんな普通の対応について深読みするのは妄想以外の何物でもないのだ。


 この勘ぐりは職への侮辱だし、ユフィータへの裏切りだ。マイロナーテはそう思うことにした。

 

 ……茜色の温室で見た光景は、未だに胸を刺すけれど。

 これはもう、どうしようもないものなのだ。

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