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 アミーリアの元へ宝石商レヤード(アラン)が来た日の夜中、ギディオンはキアラの子供部屋を訪れていた。

「なんでだ。なんで若い男が来る……」

「ちらない」

「勝手に息子に変えるなんて……。厳選した意味がないではないか」

「しょだね」

「……なんで俺に断りもなく……」

「はぁ……」

「ため息つきたいのは俺の方だ……」

 今日のギディオンは、途轍もなく打ちのめされ、落ち込んでいた。

 さっきから、どうして宝石商レヤードの息子アランが来ることを止められなかったのかを、くどいほど繰り返し愚痴っていた。何回も同じことを聞かされてウンザリだ。返事がおざなりになるくらいは許して欲しい、とキアラは思う。

 どうも愚痴の内容を統合すると……こう云うことらしい。

 アミーリアと面会できる商人は全員ギディオンの厳しい審査を合格したものに限られていた。審査基準は、身元の調査が済んで問題のなかった者で、女性もしくは年配の男性。若い男性などはもってのほかだった模様。

(相当嫉妬深……、ぅんんッ。ママはずいぶん大事にされているのねっ)

 小説の方では、アミーリアは孤立して閉じ籠っていたって書いてあったし、わざわざ訪ねた商人は腹に一物あるレヤードだけってことだったのだろう。

 だがギディオンの愚痴から推測すると、こっちのアミーリア(ママ)には、いままで何人もの商人が紹介されているようだ。

(……ああ! そうか。それでママはファーニヴァル領内の情報を掴んでいたのか! 納得~)

 キアラははたと気が付いた。アミーリアが城の外の状況を良く知っていた謎がやっと解けた。レヤードの前にも何人かの商人と会っていて、うまくいろんな情報を聞き出していたのだろう。

 ただ、こんなに過保護…んんッ、会える人間を厳選し制限してまで、わざわざ商人と引き合わせるのはどうしてなのか。原作通り閉じ籠らせていれば、心配ないだろうに。

「やはりアミーリアはシルヴェスター王子のことが忘れられないのだろうか」

 苦悩のせいか、眉間の縦シワがいつもより深く本数も増えていた。しかし瞳は死んだ魚のように光が消えて力がなく、いつもの迫力は欠片もない。

「うぅん。しょれはないよ」

 アランとシルヴェスター王子が似たカンジなら、絶対にそれはナイといえる。だって、全然ママの好みのタイプじゃないから。

「そうだろうか。俺は気が利かないから……。そう言われて……はぁ……」

 突然ギディオンの頭がガクリと沈み込んだ。どうやら落ち込みが底辺まで到着し、さらに穴まで掘っているらしい。いじけたように蹲り、黙ってしまった。虎というよりデカい熊が丸まっているみたいだ。

 しかし、そこまで言ったなら全部ゲロってから落ち込んで欲しい。中途半端なままじゃ、気になって眠れやしない。

「……いわれて、どーちたの?」

「…………せめて、贈り物くらいしろ、と……それで……」

「……それで?」

「商人を呼んだ……が、……失敗した……」

 蹲ったまま、頭をガシガシと掻きむしっている。

「んんー……」

 キアラはしばし考え、断片的な言葉(ワード)を繋ぎ合わせて推理を試みた。

 ——恐らく、こう云うことだろう。(注:若干脚色アリ)

 結婚後、シルヴェスター王子に心を残している(とギディオンは思っている)アミーリアに対して複雑な感情を抱き、アミーリアが好き過ぎるが故に傍から見ておかしな態度を取り続けるギディオン。

 しかし、心の底ではアミーリアと仲良くしたいと切望し悩んでいるのは、家臣の誰もが知るところだ。

 そんなギディオンを見兼ねた家臣の誰かに「せめて、贈り物でもしてご機嫌をとったらどうか」とアドバイスをされた。

 贈り物をするのはいいが、気の利かない武骨な自分が選んだものを贈るよりは、商人から直接アミーリアが気に入るものを買ったほうがいいだろうと(斜め上に)考え、商人を呼んだ。(きっとアドバイスした人は「そうじゃない」と呆れ果てたことだろう)

 でもアミーリアにはギディオンの意図が全く伝わらず、商人が来てもまったく買い物をしなかった。(——ということが、失敗した?)

 もしくは、招喚する商人は、アミーリアに近付けても自分が嫉妬しない者を厳選したはずが、どうした訳か若い男——それも最も忌避すべきシルヴェスター王子似——が来てしまい、しかもアミーリアがその商人を気にしているらしい。(——ということが、失敗した?)

 って、カンジか。

 失敗した——のはどちらか、いや、どっちも、かもしれない……と、キアラは考察した。


「キアラ、アミーリアが話をしたいと言ってきたんだ……。別れ話だろうか」

「ちやうよ、……たぶん」

 王家肝入りの政略結婚なんだから、別れられる訳ないじゃん。と、キアラは思うのだが。

「あの男が気に入ったのだろうか」

「ちやうよ、……たぶん」

 だからママの好みじゃないんだって。

「やはりアミーリアはシルヴェスター王子のことが……はぁ」

「…………」

 もうくどい! それさっきも言った!

 キアラがだんまりしていると、ギディオンは自分でも思考がループしていることにやっと気が付いたのか、自嘲するような笑みを浮かべて、大きなため息をついた。

「……もう戻るよ。おやすみ、キアラ」

 疲れたように立ち上がると、キアラの頭をひと撫でして、ギディオンは子供部屋を出て行った。

 あんなに意気消沈したギディオンは見ているだけで可哀そうになるが、キアラは逆にいい機会なのではないかと、実は内心思っていた。

 いままで、なんだかんだと二人は顔を合わせることを避けていた。

 宝石商レヤードの登場によって、アミーリアとギディオンは漸く話し合いの席を作れそうなのだ。

 この機会に、是非本音をぶつけ合い、お互いの気持ちを確認し合っていただきたい!

 いや、そこまでいかなくても、お互いが好意を持っているってわかれば……。いやいや、せめてお互い嫌ってないとわかれば、何か進展が望めるんじゃない⁈

 と、キアラは希望を持っていた。


 そして驚いたことに、ギディオンは次の日「話があると聞いた」といって、早速アミーリアのいる子供部屋へやって来た。

(頑張ったじゃん! パパ!)

 キアラはギディオンが一晩でなにか吹っ切れて、やっとアミーリアとの関係修復に乗り出したのだと大いに期待し喜んだ。

 このあと、手ひどく裏切られるとは思いもせずに。


 ※※※


 話があると伝言した次の日にすぐギディオンがやってきたことを、アミーリアは意外に思いながらも内心は喜んでいると、キアラは感じた。

 その証拠に今日はギディオンに向けて笑顔をみせているし、これなら話し合いは結構うまくいくんじゃない? とキアラの期待は非常に高まっていた。

 アミーリアに促され、ギディオンは子供部屋に合わせた可愛らしい丸みのあるデザインのソファに、恐る恐る腰かけた。まるで自分がちょっと触っただけで壊れてしまうのじゃないかと思っていそうな様子だ。

 子供部屋なので家具は全体に小作りで、ギディオンがいるとまるで巨人が小人の国に迷い込んでしまったような妙なおかしみを醸し出している。

 ギディオンはアミーリアのいる昼間にくるのが妙に居心地悪いのか、背を丸めて縮こまり、窮屈そうに座っていた。心なしか呼吸困難をおこしているらしく、時々苦し気に大きく息をついていた。

(借りてきた猫ならぬ、借りてきた虎……。パパ、めちゃくちゃ緊張してる。でも頑張って!)

 キアラは心の中で——若干笑いを含みつつ——全力でエールを贈った。

 だが、ギディオンは座るやいなや、「話とは何だろうか」と顔を背けたまま切り出した。

(ちょっと、前のめり過ぎだよ! パパ!)

 キアラは慌てた。緊張しているからと云って、いくらなんでも性急すぎる。しかもその態度じゃ、話を早く切り上げたいみたいではないか! 見れば、乳母もメイドも青褪めている。

 案の定、アミーリアの様子は一変した。

 笑顔は凍り付き、瞬時に真顔になって口を噤んだ。部屋全体に、澱んだ冷たい空気が漂い始めた。

 ギディオンも、自分の失敗に気付いたのか気まずげに俯き黙り込む。

(あー、あー、あー! もうやっちまったよ! この後、どうフォローしよう⁉)

 キアラが思案している間に、アミーリアは気持ちを立て直したようで、顔を上げて口を開いた。

「昨日の、」

「昨日の宝石商は、シルヴェスター王子に似ていたらしいな」

 だがギディオンが被せるように失言をかました。

「…………は?」

(あー、あー、あー! またやっちまったよ! いったい何言ってくれてるの⁈ いくらテンパってるからって、言っていいことと悪いことがあるでしょッ‼)

 これは案件だわッ! 教育的指導が必要です‼

 キアラはソファからよじよじ降りると、ローテーブル伝いにギディオンの方へ急いで向かう。

 近付いて、顔を背けているままのギディオンをよく見れば、凶悪なほどに顔を歪めているが、目の焦点が若干合っていない。

 緊張と不安でキャパオーバー起こして、一番気になっていたことを無意識に言ってしまったのか! とキアラは慌てた。これ以上ヘンなことを言い出す前に、正気を取り戻させなくては……

「調べるように命じたそうではないか。……そんなに気に入ったのか」

(あー、あー、あー! 遅かった……!)

「…………はぁっ?」

 アミーリアから怒りの波動がものすごい勢いで発射される。

「パパっ! 駄目でしょ! すぐ謝るのッ‼」

 ママのこの怒りは相当なものだ。肌にビリビリとした感覚まで感じるほど。

 でも、ママが怒るのは当然だ。だって、暗にアランを愛人にするつもりかって聞いているようなものじゃない!

 緊急の教育的指導が必要だわ!

 キアラはギディオンの膝を思い切り何度も叩いた。

(体罰には反対だけど、言葉が通じないから仕方ないもの!)

「キアラ?」

 叩かれて、やっとキアラがそばにいることに気付いたらしい。ここは強く言い聞かせないと!

「早く謝って‼」

「は、くあーま? とは?」

 ここにきて、やっぱり言葉が通じないとは! 自分ではちゃんと喋っているつもりなのに!

 キアラは悔しさに地団太を踏んだ。

 だが、ギディオンのやらかしはまだまだ続いた。

 キアラを乳母に手渡す時に「ベル、ちょっとキアラを預かっていてくれ」と口を滑らした。

 ギディオンはいままで乳母を呼ぶときは、“アナベル夫人”と言っていた。だが、ここで本当は愛称呼びしていることが露呈したのだ。

 咄嗟に出るということは、愛称呼びの方が慣れているってことだ。

(え……? ホントに乳母はパパの愛人だったの? ママの勘違いじゃなく?)

 思わず目の前にいる、自分を抱きかかえている乳母をまじまじとみつめた。

 アミーリアとは真逆の、がっしりとした体格の大柄で派手めの美女である。

 あれほど妖精のようだとアミーリアのはかなげな容姿を褒め称えておいて、こういうタイプもいける口だったの……?

(まさかとは思うけど、乳兄弟だと思ってた乳母の娘は、私の腹違いの姉妹だったりする?)

 嫌な想像で、ダラダラと脂汗が額をつたった。

 乳母はアミーリアに睨まれて、真っ青な顔で首を横に振り「ギディオン様! いけません!」と叫んだ。

 ギディオンは、しまったというように口を押える。

 いったい何が、“いけません”なのか?

 愛人だとバレるような発言が“いけません”? ギディオンの失言オンパレードが“いけません”?

 どちらかはキアラにわからなかったが、アミーリアは前者と捉えたようだった。

「私とキアラの前で、わざわざみせつけなくても……ッ」

 もはやこれは、完全なる痴話喧嘩だ。泥沼の三文芝居の幕がいつの間にか上がっていた。

「アミーリア、何を……?」

「あなたたちに私のことをとやかく言えるのッ⁉」

「アミーリア、やはり君は……」

 この期に及んで、ギディオンはまだアミーリアの心を疑っている。

「アミーリア様、誤解です!」

 なにが誤解なのか。

 三者三様に主張が違う。もう収拾がつかない恐慌状態だ。

「……出てってください」

 だがアミーリアの深い拒絶を感じさせる低い声が、この短い狂乱の劇に幕を引いた。

 しん、と部屋が静まり返る。これで終幕だ。

 ……お疲れさまでした。早くみんなどこかへ行ってしまえ! もうママに構わないで!

「お願いですから。キアラだけ置いて、みんな部屋から出て行って」

「……あ、アミーリア……」

「話は後日、乳母にでも伝えます」

 誰とも目を合わせずにアミーリアが吐き捨てるように言った。その姿をギディオンが何か言いたげにみつめていたが、諦めたように出て行った。続いて乳母とメイドも出て行く。

(どうしてこんなことに……?)

 小説とは違う展開になると期待していたのに、大筋は結局変わらなかった。

 二人は両想いのはずなのに、どうしてこんな誤解塗れの結果に終わるの……?


 辛そうに佇むアミーリアを見て、キアラは悔しさに臍を噛んだ。

 キアラを残して全員が出て行くと、アミーリアはその場に頽れた。

 必死に涙を堪えながら、ずっと心にわだかまっていた気持ちをアミーリアは一気に吐き出した。

「なによ……。馬鹿にしてッ。どうせ私は王家に捨てられ、何の後ろ盾もない、何の財産も力もない、帰る国さえない亡国の公女よ。ファーニヴァルを継ぐキアラを生んでしまえば、もう何の価値もない……。だからと云って、ひととして、妻として蔑ろにされる謂れはないッ! 私はここにきてから、贅沢も、我儘も、無駄遣いもしていない。家政を取り仕切ることで、私とキアラの衣食住は賄えているはずだから、タダ飯喰らっている訳でもない! 誰に非難をされることをしたこともない! なのに……! クルサードを継ぐ子がいないだけで、どうして……! 愛人がいることも、第二夫人を勧められていることも、認めるわよ! 好きにすればいい! 何人でも別に子供を作ればいいじゃない! 私にとやかく言う資格なんてないもの! だけど、どうしてこんなに辛くなるの⁉ ……どうして……どうして……?」

「……ママ……」

 愕然とした。血の気が引く思いだった。

 キアラが耳にしたことはなかったが、おそらくクルサード侯爵家を継ぐ子供を待ち望む家臣がいるのだ。不仲と噂されているアミーリアでは望めないとみて、別の女性をギディオンに娶せる話があるのだろう。

 そしてそれを、わざわざアミーリアの耳に入れて「お前は退け」と唆す者がいる……。この侯爵家の中でも、勢力争いや派閥争いが存在するのだ。

 アミーリアとギディオンが顔を合わせて話し合うだけできっとうまくいくなんて、どうして楽観できたのだろう?

 これは王家や政治、戦争も絡んだ複雑な問題で、惚れた腫れたと気持ちを確認するだけで単純に解決することではなかったのだ、とキアラはいまさらだが痛感した。

 手酷い失敗だ。

 ギディオンにも失望した。

 ほんとに愛人だったら、乳母なんか大嫌いだ。

 キアラは震えるアミーリアに寄り添い、小さな腕を思いっ切り広げて、精一杯守るようにアミーリアにしがみついた。


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