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 紛争終結の宴にて発表された、ファーニヴァル公国公女アミーリアとアーカート王国王太子シルヴェスターの婚約破棄。

 その事の起こりは宴より遡ること約半年前、アーカート王国に隣接するファーニヴァル公国にゲートスケル皇国が兵を差し向けたことに端を発する。


 ファーニヴァル公国は、広大なオラシア大陸の中央に位置し、気候や資源に恵まれた小国ながらも豊かな国であった。

 現在、オラシア大陸は北西にあるゲートスケル皇国と東南にあるアーカート王国でほぼ二分されており、その二国の間、大陸の中央付近に亡国となったファーニヴァル公国と中規模だが歴史のあるラティマ王国、それといくつかの小国が存在する。

 ゲートスケル皇国は、近年大陸北側にあった小国を次々と平らげて瞬く間に大国となり、次は大陸南側の国々をと虎視眈々狙い、最大の敵は大陸随一の大国アーカート王国と定めていた。

 そして、まずは大陸南側侵略の足掛かりにと、ファーニヴァル公国が襲われたのだ。


 ファーニヴァル公国の興りは約五百年前、アーカート王国の第一王子が隠遁したことから始まる。

 英明な庶出の第二王子との後継者争いを厭うた嫡出の第一王子は本格的な争いになる前に身を引き、当時は山と湖があるばかりで何もないアーカート王国のはずれ——未だ王国の支配が進んでいない土地——ファーニヴァルの地の大公に封ぜられ、第一王子に従う者たちと共に移り住んだ。

 潔く身を引いたことで大公を拝命しその地の自治権を与えられはしたが、それはある意味流刑も同然の措置だった。

 だが、第一王子——初代ファーニヴァル大公は、この地をいたく気に入った。

 王国からみれば辺境の未開の地であったが、水と緑は豊かで気候も温暖で住みやすく、調べてみれば鉱脈を抱える山々に囲まれた自然の要塞のような土地であった。

 歴代の大公は、ファーニヴァルの地の開発に勤しみ、四代目大公の代にはアーカート王国から独立して大公“国”となり、豊かな実りと豊富な資源を持つ国として『オラシアの宝石箱』と称されるほどになっていった。

 しかし豊かな国になった反面、他国から妬まれ狙われる立場になるのは必然である。

 そのうえ最近では、オラシア大陸の小国をゲートスケル皇国が恐ろしい程の勢いで併呑していくのを目の当たりにし、相当な危機感を募らせていた。

 ゲートスケル皇国の急速な大国化と台頭は、ファーニヴァル公国だけではなく、ゲートスケル皇国とアーカート王国という二つの大国に挟まれた周辺の国々に対して、無言のうちにある選択を突き付けることになった。

 即ち、このままゲートスケル皇国におとなしく飲み込まれるか、もしくはアーカート王国に守護してもらう代わりに属国となるか————。

 こうした情勢の中、隣国のラティマ王国はいち早くゲートスケル皇国の有力貴族と婚姻を結んで友好関係を築き生き残りを模索していた。

 ファーニヴァル公国も、ゲートスケル皇国側につくか、元々の宗主国であるアーカート王国につくか————ずっと決めかね迷っていた。

 ちょうどその頃、十三歳を迎えたアーカート王国王太子の妃を国内外の垣根無しに選定するという話が持ち上がり、ファーニヴァル大公は王子と同い年の自分の娘を差し出すことで、アーカート王国の真意を質そうとした。

 公女アミーリアがシルヴェスター王子の妃に選ばれれば『アーカート王国』に付き、選ばれなければ『ゲートスケル皇国』に付く、と暗に匂わせたのだ。

 ファーニヴァル公国と同様に、ラティマ王国も第三王女ロザリンドを差し出し、他にも何カ国かの小国が王女や高位貴族の娘を送りこんだ。

 こうして二年の選定期間を経て、最終的にアーカート王国が選んだのはファーニヴァル公国のアミーリアだった。

 どちらかというと、ゲートスケル皇国とアーカート王国の二国に多くの領土を接しているのはラティマ王国の方であったが、アミーリアが選ばれたのはアーカート王家と同じ血脈であることと豊かな資源を持っていることの二点が大きな要因であったと思われる。

 しかし翻ってみれば、アーカート王国にとって王太子の妃選定自体が、周辺国の真意を質す試金石であったといえる。

 年頃の娘を(人質として)差し出す国は、アーカート王国に逆らう意思はない、だがそうでなければ、ゲートスケル皇国に付いたものとみなす、という。

 そして娘を差し出した国々の中で、特に重要で王国にとって利となる国の娘を婚約者とした、というだけに過ぎなかった。


 こうして婚約が成立した後も、アミーリアはファーニヴァル公国に戻ることなく花嫁修業と称した人質生活をアーカート王国の王宮で送ることとなった。

 ラティマ王国のロザリンド王女や他の候補者も、自国に戻ることなく留学という名目でアーカート王国にそのまま滞在していた。結局妃候補者全員が体のいい人質であり、恭順の意を示すための道具だったという訳だ。

 その後三年程、なぜかゲートスケル皇国は侵略の足を止め鳴りをひそめていたが、アミーリアとシルヴェスターが共に十八歳と成りいよいよ半年後に婚姻となった時、突如ファーニヴァル公国へ進撃を開始した。


 開戦後、堅牢な自然の要害のおかげでファーニヴァル公国はなんとか四カ月程はゲートスケル皇国の侵入を阻むことが出来た。

 だがそれも長くは保てず、公国の首都にまでゲートスケル皇国の兵は瞬く間に迫ってきた。

 アーカート王国はファーニヴァル公国の救援要請を受け、公国と領を接するクルサード侯爵に出兵を指示した。

 すぐさまクルサード侯爵は応援に駆け付け抗戦したが、それでもゲートスケル皇国の攻勢は止まらなかった。

 戦闘はさらに激しさを増し、戦場はファーニヴァル公国の王城であるレティス城にまで及んだ。そして、クルサード侯爵の善戦も虚しく、その戦いの最中に侯爵とファーニヴァル大公と大公子が犠牲になった。

 その報を王宮で聞いたアーカート騎士団西方将軍であるギディオン・クルサードは、すぐさまアーカート王の命を受けて王宮騎士団の一部とクルサード領の辺境騎士団を束ねて率い、ファーニヴァル公国を取り返すべく参戦した。

 その時のギディオンの奮戦を見た者は、ある者は歓喜に震え、ある者は畏敬の念を持って語る。

『まるで虎のように縦横無尽に戦場を駆け抜けて、目の前に立ちふさがる敵を薙ぎ払っていきました』

『獅子奮迅の活躍とは、まさに将軍の戦場での働きのことです』

『将軍の前には常に血煙がたち、後ろには敵兵が山と積まれました』

 証言でもわかるように、ギディオン・クルサードは軍の統率者でありながら、自らも一介の兵のように敵に立ち向かい、圧倒的な力でゲートスケル皇国軍を国境まで追い詰め、ついには追い払った。

 戦闘が終わると、ギディオンの姿は敵の血に塗れ、頭から足の先まで深紅に染まっていたという。その戦いぶりの凄まじさから、ゲートスケル兵はギディオンを見ると「人食い虎」「血風の虎」と叫び、逃げまどったとも聞く。


 こうしてファーニヴァル公国から大方のゲートスケル兵を追い払いはしたものの、ゲートスケル皇国はファーニヴァル公国を諦めることなく、何度も進撃を繰り返した。

 終結が見えない膠着状態はしばらく続いた。大陸の真ん中で争いが起きている為、各国で食料などの流通が滞り物価が上がり始めた。

 このままでは大陸全土が荒廃する危険があるとして、ラティマ王国が仲裁に乗り出した。

 ゲートスケル皇国有力貴族といち早く婚姻関係を結び友好国となっていたラティマ王国が、ギディオンとゲートスケル軍を取り持つ伝令役と交渉の場を設けたのだ。

 そのおかげで、なんとかアーカート王国とゲートスケル皇国の間に終戦協定が結ばれる運びとなった。

 当初ゲートスケル皇国は、大公の首を取った自国がファーニヴァル公国領土を併合する権利があると強硬に主張していたが、アーカート王国軍によって国境外にまで追い払われたことや、逆に問答無用で大公と大公子を殺害したことをギディオンに咎められ、最終的にファーニヴァルの地はアーカート王国の領土となった。

 ただし領土を譲る替わりに、向こう十年間のファーニヴァルへのゲートスケル皇国人の往来の許可、商人が非課税もしくは免税で商売ができるようにする、など経済面での妥協案が出され、アーカート王国と合意するに至った。

 ここまで、ゲートスケル皇国がファーニヴァル公国に進軍して僅か半年のことであった。


 アーカート王国王宮にて、戦争終結の報を聞いたアミーリアは、全てが終わってから事の顛末を知ることになった。

 ファーニヴァル大公である父と大公子である兄の死。ファーニヴァル公国はアーカート王国に併合され、すでに亡国となったこと————

 もちろん、父と兄の死はショックであったが、もう五年以上ほとんど顔を会わせていない身内の死はなんとなく現実味がなく、悲しみは希薄であった。

 だがそれよりも、シルヴェスター王子との婚姻はどうなるのか……。なんの後ろ盾も無くなった自分にどんな価値があるのか……。

 自分はこれからどうなるのか、という見通せなくなった未来への不安や寄る辺ない身の上となった恐怖の方が勝り、アミーリアを圧し潰した。

 皆の自分を見る目が刺すように痛く、誰とも会いたくなくてアミーリアは部屋に閉じこもり、まんじりともせずアーカート王国の判断をただただ待ち続ける日々を送った。


 そうして、やっとアミーリアが呼び出された場が、あの『紛争終結を祝う宴』だったのだ。

 そこで、亡国の公女となったアミーリアはアーカート王国から必要なしとして捨てられた。そして替わりに、紛争で交渉役を買って出たラティマ王国の王女ロザリンドが有用であると拾われたのだ。

 だがアーカート王国も、アミーリアを憐れむ気持ちが多少なりとも残っていたとみえて、捨てたアミーリアを戦争の英雄であるギディオン・クルサードに押し付けた。

 この発表を聞いた直後、アミーリアは人事不省に陥ってしまったので聞き逃したが、王子の発言にはまだ続きがあった。

「今回の紛争にて残念ながらファーニヴァル公国は亡国となってしまった。だが、先のクルサード侯爵の後を継ぎ、クルサード侯爵となったギディオンに元ファーニヴァル公国公女アミーリアを嫁がせ、ファーニヴァル領を一時ギディオン・クルサード侯爵に任せることとする。今後、アミーリア嬢に子が生まれれば、ファーニヴァル領をその子に継がせ、ファーニヴァルの名も与えよう」

 隔たったとはいえ、アーカート王家に連なる家門であるから、と慈愛に満ちた表情で続けたシルヴェスター王子に、会場中の貴族たちは「なんと温情溢れる措置であろうか」と次代の主君となる者を誇らしい気持ちで仰ぎ見た。

 その時のアミーリアといえば、倒れたアミーリアを受け止めたクルサード侯爵の腕の中でぐったりと意識を失っていた。

 王子の話を聞いていたならば、絶望か、感謝か……、果たしてどんな反応を示したのであろうか。


 ※※※


 その後、数日のうちにアミーリアとクルサード侯爵はひっそりと王宮内の礼拝堂で結婚式を挙げ、いまはアーカート王国の領土となったファーニヴァル領へ向かった。

 一年後、二人の間に女児が生まれたが、アミーリアとギディオンの仲は冷え切ったものだった。

 アミーリアはギディオンのことを、父と兄を見殺しにして自分の手柄にしたのだと恨み、元婚約者のシルヴェスター王子にいまだ心を残していた。

 ギディオンも、自分と嫌々結婚したことを隠そうともしないアミーリアに嫌気がさし、関わることを早々に諦めていた。

 二人のすれ違いは交わることのないまま、一人娘が生まれた二年後には二人共相次いで亡くなる————



(……って言うのが、私の読んだ『風は虎に従う』の前日譚の内容だったのよ)

 そしてそれは、概ねその通りに進んでいると思われた。ただ、ある一点(いや二点か?)を除いて。

 そう。その一点こそ、アミーリアとギディオンの一人娘として生まれたキアラ・クルサード。

 原作と違うのは、この私、キアラ・クルサードが前世の記憶を持って生まれた————ということなのである!



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