18
“蝕”から数日後————
いつものようにアミーリアとキアラが子供部屋にいると、先触れもなくギディオンが訪ねてきた。ギディオンの後ろには厳しい顔つきの騎士が三人控えていた。
「突然すまない。アミーリアに聞きたいことがあるのだが」
深刻な様子のギディオンに、なにごとがあったのかと緊張が走る。
「なんでしょうか?」
「宝石商レヤードの件だ」
ピクリとアミーリアの眉が苛立つようにあがったが、今日のギディオンは真顔のままアミーリアを見据えている。どうやら現在は仕事モードでいつもの妙な態度は封印されているようだ。
アミーリアはギディオンたちを部屋に入れ、ソファに座るよう促した。ギディオンはソファに座ったが、騎士たちはソファの後ろに立ち、控えているつもりなのだろうが、なんともいえない圧迫感を醸し出していた。
「レヤードが帰った後に、君が彼の身辺を調べるようメイドに命じたと聞いている。その理由を聞いてもいいだろうか」
前回同様あてこすりかとアミーリアは警戒したが、今日のギディオンはアミーリアとしっかり目を合わせ、落ち着いた態度だ。これなら話を聞いてくれそうだと安堵して、アミーリアは頷いた。
「理由は彼の持ち込んだ商品——宝飾品のせいです」
「宝飾品の? ニセモノでも混じっていたのか?」
「いいえ。ほとんどがおそらく盗品だったんです」
えっ⁉ と、その場にいた全員の目がアミーリアに集中した。ギディオンの表情が一気に険しくなる。
「盗品という根拠はなんだろうか」
「刻印です」
「刻印?」
「ええ。見えにくいところに入れてあるのであまり知られていませんが、ファーニヴァルの宝飾品は売買される時に刻印が三つ入ります。まず一つ目は製作者の刻印、二つ目は製作者が加入しているギルドの刻印、三つめが販売者の刻印です」
「ああ、確か高額転売や贋作防止の為だと聞いているが」
「その通りです」
ギディオンが知っていたことにアミーリアが嬉しそうににっこりすると、ギディオンは僅かに視線を外してたじろいだ。わざとらしい咳ばらいをした後、気持ちを切り替えたように顔を上げ「その刻印がどうかしたのか?」と質問する。
「三つ目の販売者の刻印が、バラバラだったのです。もちろん“レヤード”の刻印もありましたが、大方は違う商人か商店の刻印でした。私が長くファーニヴァルを離れていたから刻印のことなど知らないと高を括ったのでしょう。とにかく、なんにせよレヤードはまともな商人ではないと思いました」
「…………」
ギディオンの太い眉がぎゅっと寄せられた。眉間のシワが深さを増してきて、ひどく凶悪な顔になる。若いメイドが無意識なのかそろそろと後退った。
「わざわざ聞きに来たと云うことは、レヤードのことで何かわかったのですね?」
「…………」
さらに苦悩するようにギディオンの眉根は眉間に寄っていく。
「パパ、ちゃんとおちえてー」
キアラの声でふっとギディオンの眉間は解れた。考え過ぎて顔が強張っていたことに気が付いたのか、ギディオンはふぅと小さく息をついて眉間を揉んだ。
「情報提供したのですから、私にも教えてください」
「そうだな。……実は一週間程前にラティマ王国へ繋がる街道のはずれで身元不明の死体が二体発見された。死体の状態から死亡したのは二週間以上前だと思われる。その死体の身元が昨日、宝石商レヤードとその息子アランだと判明した」
「…………ちょっと待って。レヤードが訪ねて来たのは二週間ほど前よ? あれはいったい誰なの」
「宝石商レヤードの息子でないことは確かだな」
(でしょうね。本物は死んでたんだから!)
そんなこと聞いてるんじゃないわよ、とアミーリアは内心憤ったが、ギディオンの話はまだ途中だったようだ。
「君に調査を依頼されて、レヤードの店舗と屋敷の両方をあれから監視していた。城に来たレヤードは屋敷に帰らず店舗内の従業員用の部屋に寝泊まりをしていた。監視を始めて四日目に『掛け取りに行ってきます』と従業員に告げ店舗を出たあと行方が分からなくなった。勿論尾行はつけていたが途中で見失ったと報告があった——」
監視も尾行も、騎士団の訓練を受けた者が担当していたはずだ。その目を搔い潜って逃げ果せたと?
「それって……」
「そうだ。恐らく素人ではない。監視されていることに気付き、逃げたのだろう。奴が逃げたことが判った後に、屋敷と店舗の者に話を聞いたのだが……」
驚くことに、アミーリアたちが宝石商レヤードの息子アランだと思っていたのは、宝石商レヤードの従業員で“レイ”という者だった。
“レイ”は一年ほど前にレヤードの店舗に現れ「宝石に携わる仕事がしたい」と自らを売り込んで雇い入れて貰ったのだと云う。
そんなに前から計画されていたのかとギディオンの話を聞きながらアミーリアはゾッとする。
「ちょっと待って。私に近付く目的で、どこかの宝石商に潜り込むのは分かるの。だけど、どうして一年も前に宝石商レヤードが城に召されることがわかったのかしら?」
アミーリアの質問に、ギディオンはひどく苦々しい表情を浮かべた。
「それは……、恐らく俺のせいだ。一年ほど前に、城に召す宝石商の選定をギルドに打診した。何店か候補はあったが、レヤードの店は大きな店ではないが老舗で以前から大公家に呼ばれることがあった。候補の店の中で、一番召される可能性の高い店だった」
実際、レヤードの店が選ばれたのだから読み通りになったという訳か、とアミーリアは納得した。ついでに、ギディオンが宝石商を呼んだと云う話は本当だったのかと内心驚いていた。
「半年ほど前にレヤードを城に呼ぼうとしたのだが、良い商品の持ち合わせがないとのことで揃うまで待っていた」
そして、その待っている間に“レイ”はレヤードへの潜伏を着々と進めていたらしい。
雑用でもなんでもやります、という熱心な態度と仕事の覚えの早さで、“レイ”は店主のレヤードにすぐさま気に入られ、特に営業ではセンスの良さとその美しい容姿で女性客に贔屓にされて店の売り上げを格段に伸ばし、信用まで獲得した。
雇われて半年も経つ頃には、レヤードとアランが買い付けに行って不在の際は、レイに店の接客を一任するまでになっていた。
今回のレヤード親子の不在も「掘り出し物を買い付けに行く」と言って出て行ったので、家人や他の従業員の誰も不審に思ってはいなかったという。
もちろん、レイがレヤードだと身分を偽り城に上がっていたことなど知る由もなかった。
そして、レイが行方不明をくらませた後ギディオンの調べが入ったことで、レヤード親子が買い付けからなかなか戻ってこないことを不審に思い、行方を捜した。しかし二人は買い付けに向かうと言っていた先では見つからず、もしやと数日前に街道のはずれで発見された身元不明の死体を確認したところ、レヤード親子だと判明した————と、いうことだった。
「…………!」
そこまで下準備を入念にするなど、只者ではない。キアラの語った小説の通り、レヤードは本当にゲートスケル皇国の工作員だったのだろうかと、アミーリアは眉根を寄せて深く考えに沈み込む。
レヤード(アラン…いやレイか? ややこしい!)が、身分を偽るのはともかく、店の品物を持ち出すのはさすがに無理だったのだろう。だから、盗品を持ってきた……? いや、もしかすると自分が悪く考えすぎていただけで、盗品ではないのかもしれない。以前、ゲートスケル商人がファーニヴァル商人から略奪まがいにいろいろな商品を買い取っていったと聞いたし……そっちと繋がっている可能性があるかもしれない……
(それも調べてもらえば、何かわかるかも)
考えがまとまり顔を上げると、急に黙ったアミーリアを心配そうに見ていたギディオンとふいに視線がぶつかった。
ずっと見られていたのかとアミーリアの頬がかっと朱に染まる。そんなアミーリアを目にして今度はギディオンが目元を赤らめ横を向いた。
そんな両親をキアラは(いい年して甘酸っぱいわー)と諦念の心持ちで眺めていた。
アミーリアは火照りを冷ますように頭を振ると、メイドを一人呼び寄せて何事かを告げる。メイドは急いで部屋を出て行った。
「ギディオン様に見てもらいたいものがあります。いま取りに行かせましたので少々お待ちを」
しばらくしてメイドが紙の束を持って戻り、アミーリアに渡した。それをアミーリアはローテーブルの上に手早く広げた。
「これは、レヤードが持ってきた宝飾品のデザインと刻印を私が書き留めておいたものです。これで以前の持主がある程度追えるはずです。譲渡や売買の経緯などを調べていただけませんか?」
書付を見てギディオンは驚愕の表情を浮かべる。それほど詳細に記載されていたのだ。
「どうしてこれをもっと早く——」
そこでアミーリアが目を眇めた。
ギディオンはハッとしたように手で口を押える。その手が惑うように顎をさすり、額を掻き、最後に両膝の上に揃えて乗せると、ギディオンはぴしりと居住まいを正した。
「いや。これも俺のせいだったな。……あの時は、すまなかった……反省している」
そう言ってギディオンは深く頭を下げた。いつになく素直で穏やかな態度に、アミーリアは驚きで目と口がぱっくり開いた。ちなみにキアラも。
「………………アミーリア?」
アミーリアがずっと黙っているので、ギディオンはそろそろと頭を上げた。ギディオンを凝視していたアミーリアと視線が絡み合い、急に我に返ったようにお互い同時に顔を背け、再び頬を紅く染めた。
「やだっ……」
顔を背けたまま、アミーリアは膝の上にいたキアラを抱き込んで顔を隠し、ふるふると小刻みに震えた。
キアラは、きっとアミーリアの脳内は『やだっ……オトナな態度のギディオン、カッコ良すぎ‼ その後のテレた横顔なんて超絶★可愛すぎるっ』てなカンジに、どえらいお祭り騒ぎが始まっている——と、予想した。そしてそれはほとんど当たっていた。
(まーた二人で甘酸っぱいことやってるし……)
これはキアラだけではなく、部屋にいた全員の感想だった。
自分が相手に嫌われていると思っているのは、恐らくこの二人だけ。全員「はよ気付け」と呆れていると云うのに。とは言え、いまの二人の様子から誰もが雪解けは近いとほのかな期待を持ったのだが……この二人に関していえば、そうは問屋が卸すワケなかった。
和解の予感に包まれ、一同が生温い気持ちで見守っている中、ふと気付けばギディオンの顔色だけが青褪め、眉間のシワが増産されていた。
キアラがあれっ? と思う間もなく、ギディオンはローテーブルに広がっていた書付をかき集めて脇に抱えると、いきなり立ち上がった。
「では、これは預からせてもらう。……協力痛み入る」
固い声でそれだけ言うと、部下の騎士三人を置き去りにして、アミーリアの方を振り返りもせずに子供部屋を足早に出て行ってしまった。
ギディオンの態度の急変に誰もが呆気に取られ、出ていった扉の方を眺めた。
「パパ、きゅうにどうちたの……?」
キアラの声で騎士たちがハッとしたように「失礼いたします!」と一礼すると、慌ててギディオンの後を追って出ていった。
キアラは自分を抱えているアミーリアがまだ震えていることに気付き顔を上げた。
アミーリアは泣くのを堪えるように唇を引き結び俯いていた。いつの間にか、歓喜の震えから涙を堪える震えに変わっていたのだ。
ギディオンの態度が軟化したと期待した分、以前と同じ様な素っ気無い態度に戻ったのが余計にショックだったに違いない。
「ママ……」
キアラはギディオンの出ていった扉を睨みつけた。
そして、本音とは裏腹にアミーリアに対して心無い態度を取り続けるギディオンを心の中で盛大に呪った。