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 ——ここから諸事情により、キアラの言葉はキアラの舌足らず言葉の法則を理解したアミーリア及びギディオンの脳内補完されたものに切り替わります——

「ママ、私たちが死ぬ前に参加したイベントのことは憶えている?」

「勿論よ。キラちゃんがずっと愛読していた作家さんの追悼イベントだったわよね」

 こくん、とキアラが頷いた。

 あの月蝕の夜。

 ママと私は『風は虎に従う』の作家さんの追悼イベントに参加した帰り、交通事故に巻き込まれて死んでしまった。

 『風は虎に従う』は、元々某小説投稿サイトで人気を博した作品だったが、商業誌の編集者に見いだされ、本として出版された。明煌が読みだしたのは、本になってからだ。

 その作者は病弱だったらしく、体の調子の良い時に執筆をしているとのことで出版スピードはそもそも遅かった。そのうえ、作品を見出した編集者が失踪してしまったショックで執筆が止まったりと、出版スピードはさらに遅くなった。それでも明煌は根気強く待って読み続けていた。

 最新刊が出るまで、何度も最初から読み返すくらい、はまり込んでいた小説だったのだが、二年以上最新刊が出てないことを明煌が心配し始めた頃、その作者の訃報が飛び込んできたのだ。

 亡くなってしばらくして、未完ではあるが最終巻の発売と、作者追悼のイベントが開催されることが発表された。

 明煌のショックたるや凄まじく一時体調を崩し寝込んだほどだったが、せめて最後に大勢のファンと共に作者を偲びたいと、絶対そのイベントに参加するのだと執念を燃やし、なんとか体調を回復させた。

 だが明煌の憔悴ぶりがあまりにも酷かった為、咲が一人で行かせるのを心配して、そのイベントに一緒に参加したのだ。

「ママは私の付き合いで行っただけだから、小説の内容なんてほとんど覚えてなかったんだよね?」

「ん~。というか、一回さらっと読んだだけなので、全く覚えていません! でも、それがどうかしたの?」

 不可解といった顔で、アミーリアはキアラに訪ねた。いきなり前世の死ぬ間際の話をされて、困惑したのだろう。

 アミーリアのいままでの様子から、小説のことは覚えていないだろうとキアラも予想していた。まぁ、それを一応確認しただけだ。

「うん。じゃ、驚かないで聞いてね。ここはね、その小説『風は虎に従う』の世界なのよ」

「………………」

「ママ?」

 アミーリアは、まさに“きょとーん”という擬音そのままの顔をして呆けていた。

「ママ!」

「……はっ。ああ、ごめんね、キラちゃん。あまりにも荒唐無稽で、ママフリーズしちゃった」

 さすがに信じ難いのか、アミーリアの『この子大丈夫なのかしら』と云うようなチラチラ伺う視線が、キアラの心を地味にエグった。

(ま、まぁ、こういう反応は覚悟の上よ)

「うん、わかるよ。私だって最初は『ナイわー』と思ったもの。でも、小説に出てくる登場人物や名前も国名も……、全部一緒なんだよ。偶然でもそこまで被らないでしょ?」

「…………」

 キアラの言っていることは信じたい、だがそれでもアミーリアには『まさか』という思いの方が強いのだろう。ひどく難しい顔をしていた。

 だが、そう思うのも仕方がないし、それもキアラの予測範囲内だ。

 有能な経営者であったママは、裏取りのない話をそのまま聞き入れるような人間ではない。ママが『風は虎に従う』を全く覚えていない以上、この世界の人間が簡単に知り得る事実を「小説に書いてあった」と主張したところで、何ら説得力はない。

 だから、小説に書いてあって、ママにしか知り得ないこと、尚且つ通常であればキアラが知るはずがないこと——そういった証拠(もの)がなければ、ママは絶対に納得しないと思っていた。

 だから、打ち明けると決めた時にキアラは小説の内容を必死に思い返して、“これだ”と云うものをみつけておいた。

「……小説の主人公はね、ファーニヴァルの血筋の娘って設定なの。それは勿論、ママでも私でもない。誰だかわかる?」

「え……? 他になんて、誰も残っては……」

 アミーリアは怪訝な顔をする。先の紛争で大公(一人っ子)と大公子(未婚)が死亡しているので、公にはアミーリアとキアラしか残っていない。

「主人公は、おじいちゃん……先の大公が正妃と結婚する前に侍女に産ませた婚外子の“娘”。つまり、ママの腹違いのお兄さんの娘が、小説『風は虎に従う』の主人公なんだよ」

 先代大公の隠し子の件は、正妃との結婚式一か月前に発覚したスキャンダルだった。が、生まれた子が男児だった為、すぐには養子に出されず城に留め置かれた。しかし、正妃が第一子に男児を無事出産したことにより、その子供は養子に出されることとなった————

 キアラの話を聞いて、アミーリアの喉からひゅっと息が漏れた。盗み聞きしていたギディオンも驚きで震えた。

 先代大公に隠し子がいたことは、知る人ぞ知る事実ではあるが、暗黙の了解として誰もが口を噤んでいたことだ。ましてや、幼児のキアラにわざわざ教える者などいる訳がない。キアラが知り得るはずない情報なのだ。

 だがギディオンも驚きはしたが、このことを失念していた自分の迂闊さが先に立った。すぐに調査をしなければと心に刻んで、再びキアラたちの話に耳を傾けた。

「ほ、本当にここは……、小説の世界……」

 愕然としながらも、アミーリアは認めたようだった。

 そして、すぐにキアラがその事実を認めさせようとした意味に気が付いた。

「……! もしかして、私やキラちゃんのことも何か書かれているのね⁉」

 さすがママ! 話が早いと、キアラは大きく頷いた。

「そうよ、ママ。よく聞いて、ここからが本題なの。ママも私も……パパも、小説ではこれから大変なことが起きるの」

 ギディオン(パパ)も、とキアラが口にした時、アミーリアの険しい表情は一層険しくなった。

 キアラも、覚悟を決めるように大きく息をつき、アミーリアとひたりと視線を合わせた。

 アミーリアはキアラの真剣な顔つきを見て姿勢を正し、真摯に聞くつもりだということを態度で見せた。それを確認すると、キアラはゆっくりと語り始めた————


 小説『風は虎に従う』本編は、今現在より十六~七年後が舞台となっている。

 物語は、主人公が“ある目的”をもってアーカート王国の最高学府であるアカデミーに入学するところから始まる。

 アーカート王国のアカデミーと云えば、周辺各国の優秀といわれる者が最終的に目指す象牙の塔、“王国の”というよりもオラシア大陸随一の学府である。

 そのアカデミーで学びながら、主人公は共に学ぶ各国の秀才や逸材——ゲートスケル皇国の侵略によって虐げられている小国や皇国に対抗しようとしている国々の、王族・上位貴族・有識者や騎士たち——を、自らのずば抜けて優秀な頭脳と人並外れた美貌を駆使しながら次々と仲間に引き入れ、国を超えた新たな第三勢力を作り上げてゆく。そして、ゲートスケル皇国相手に抗戦し、奪われた国や領土を取り返し、新たな王国の女王となる————という、いわば乙女ゲームと国盗り物語を合体させたような話であった。

 前世の明煌は、主人公がさまざまな国の、身分の貴賤関係なく、違うタイプの色々な美形(イケメン)をどんどん篭絡していくくだりにドキドキし、いったい誰が本命なのか心を明かさぬ主人公と翻弄される美形たちの恋模様に胸を焦がし、ゲートスケル皇国とアーカート王国を相手に主人公が策略を巡らして調略や駆け引きを仕掛けるのを手に汗握って読み耽った。そして故郷のファーニヴァルを主人公が大規模な戦の末にとうとう手に入れた時は共に感動の涙を流した——のだが、キアラに転生した今となっては、そんな不穏な未来はマジで勘弁してほしい。

 そして、現在の時間軸は小説の中で言えば主人公の出自と行動の原理を明らかにするための“前日譚”にあたる部分である。

 物語の中盤で、主人公が亡国となったファーニヴァル公国の忘れられた公女であることが明かされ、その時に、ファーニヴァル公国がその名すらオラシア大陸から消えた顛末が語られる。

 前日譚は、ゲートスケル皇国がファーニヴァル公国へ侵攻するところから始まる。

 その侵略戦争は、アーカート王国辺境を守護するクルサード侯爵を巻き込み、三か国の紛争となった。

 争いの中、前クルサード侯爵が犠牲になり、ファーニヴァル公国大公と大公子が殺害されてファーニヴァルは亡国となった。そして、亡くなったクルサード侯爵の跡を継ぎ、新たに参戦したギディオンの獅子奮迅の活躍により、ゲートスケル皇国をファーニヴァルの地から追い払い、間もなく終戦となる。

 そして、この戦の影響でファーニヴァルの公女アミーリアがアーカート王国王太子に婚約を破棄され、ファーニヴァルの実質支配の為に今回の紛争の英雄であるギディオン・クルサード侯爵と婚姻させられる。

 しかしアミーリアは幼い頃からの婚約者であった王太子に心をいつまでも残し、ギディオンはそんなアミーリアに結婚早々愛想を尽かした。そんな二人の結婚生活がうまくいくはずもなく、娘を一人もうけたものの夫婦生活は一年もたたずに破綻した。その為、アミーリアと娘のキアラは旧ファーニヴァル領のレティス城、ギディオンはクルサード侯爵領と、別々に暮らしていた。

 ギディオンは侯爵位を引き継いだばかりのうえ、武勲として賜ったファーニヴァル領の復興を担って多忙を極めており、アミーリアのことを顧みる余裕がなかった。アミーリアはその鬱屈を晴らすためか、自分の父と兄を見殺しにした侯爵へのあてつけのつもりなのか、ドレスや宝飾品などを買い漁って贅沢三昧に暮らしていた。

 これにはギディオンのみならずクルサード侯爵家の家臣、元ファーニヴァルの家臣や領民からも呆れられていた。特に亡国の民として虐げられているファーニヴァルの領民はその原因となった大公を恨んでおり、その大公家の最後のひとりであるアミーリアが自分たちの窮状を知ってか知らずか贅沢三昧をしているなどと聞いて、憎しみを募らせた。

 そんなある日、アミーリアの元に宝石商レヤードと名乗る商人が現れる。

 レヤードは金髪に碧の瞳のアーカート王国王太子シルヴェスターとどこか似通った美貌の男性であった。たちまちアミーリアはレヤードに夢中になり、彼を自分の元に通わせるために、持ってくる高額の宝飾品を全て購入した。

 アミーリアがファーニヴァルの復興資金やクルサード侯爵家の財産を自分の贅沢で使い込んでいるという話はどこからか領民の耳に入り、その噂は瞬く間に広まっていった。

 噂が広まると、今度はアミーリアやクルサード侯爵への批判や不満が領民たちの間に燻り始めた。

 戦のあと、終戦協定によりファーニヴァルの地にはゲートスケル皇国の商人が往来し始めた。ゲートスケル商人は協定をたてに強奪まがいにファーニヴァルから食料や商品を買い漁っていく。酷い時には人すら攫うようにゲートスケルへ連れ去っていった。

 ファーニヴァルの領民はすっかり疲弊していた。このことを訴えようにも、レティス城にはアミーリアしかおらずろくに対応してくれない。かといって、この地を現在治めているクルサード侯爵は自領にいるためすぐに訴える術もなく、対応してくれるあてもない。苦しさが募るばかりの生活は領民の心をどんどん荒廃させた。

 贅沢ばかりしているアミーリアのみならず、何の手助けも救済もしてくれないクルサード侯爵も、ファーニヴァルの領民にとって恨みの対象となった。

 領民たちの間で、どこにもぶつけることのできない不満と鬱憤が静かに堆積していた。そして同時に、領民の中で不穏な動きがみられるようになっていった。

 その頃から、商人・職人の会合、婦人同士の集会、仲間同士の飲み会、そういったちょっとした集まりに「ここだけの話だが……」と必ず“誰か”が打ち明ける。話とは、先の大公が放逐した公子のことだ。

『公子は外国で聡明にお育ちになった』『ファーニヴァルの苦境を嘆いていらっしゃる』『アーカート王国はファーニヴァルの富を食い潰すつもりだ』『公子はある後ろ盾を得られた』『ファーニヴァルを救うのはあの方しかいない』…………

 “ここだけの話”は苦しいばかりの生活を送る領民たちの、たったひとつの希望となった。ひたひたと領民の間でその話は広がりをみせ、次第に放逐された公子を待ち望む声が水面下で大きくなっていく。その動きは、いつしか組織立ち、武力を備えたレジスタンス活動へと発展していった。

 そして領民の不満がいつ暴発してもおかしくない程の高まりをみせていた時に、その事件はおきた。

 アミーリアが、駆け落ちをしたのだ。

 娘キアラも夫もファーニヴァルも何もかもを捨て、宝石商レヤードと共に城を抜け出した。

 知らせを受けて、ギディオンはファーニヴァル中を躍起になって捜したものの、捜索虚しくアミーリアは惨殺された遺体で発見された。しかし、一緒に逃げたはずのレヤードの行方は杳として知れなかった。

 レヤードが犯人という推測、もしくは犯人ではなくとも事情を知っているはずと、レヤードを捕える為に商人ギルドやレティス城下の街を、まるで匿っているだろうと言わんばかりの態度で執拗に捜査するギディオンに、領民は憎しみを募らせた。

 戦が終わった後、領民があれほど困窮し大変な思いをしていた時には一度もファーニヴァルを訪れたことはなかったくせに、アミーリア殺害の犯人探しにはこんなにも足を運ぶのか、と。

 このタイミングで『放逐された公子がファーニヴァルを救うために戻ってくる』と云う噂が領民たちの耳に突風のように舞い込んだ。

 地下組織(レジスタンス)では、公子をお迎えする為にファーニヴァルに巣食うアーカートの犬を追い出すのだ! と殺気立って煽動する者が現れた。最初は「本当に公子はくるのか?」と慎重に意見する者もいたが、強引な捜査が続けられる中、過激な意見が大きくなっていく。いつしか慎重な意見はのみ込まれ、そんなことを言うものはいなくなっていた。

 レヤード捜索の最中、ファーニヴァル領民がいきなり起こした暴動によって、戦の英雄ギディオンはふいをつかれてあっけなく殺害される。

 この後、“放逐された公子”はファーニヴァルに訪れることは無く、領主を失ったファーニヴァルはさらに荒廃し、その隙をついて再びゲートスケル皇国の侵攻が始まった。

 アーカート王国もすぐさま騎士団を派遣し対抗したものの、ギディオンという英傑を欠いた王国騎士団にかつての勢いはなく、ファーニヴァルの領土の半分を失った。

 斯くして、二つの国によって割譲されたファーニヴァルは、オラシア大陸からその名を消したのだ————



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