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「はい、承知いたしました。それでは失礼いたします!」

 打ち合わせが終わり、商人ギルド会長アルダが弾むように応接室から飛び出ていった。

 応接室の扉近くでその後姿を見送りながら、アミーリアはまた思い出してしまっていた。

(あの白くてぽよついた、やわやわして美味しそうなほっぺ……)

 毎回、見るたび大福を連想してごくりと喉が鳴る。

(特に豆大福がさ、キラちゃん……前世の娘のキラちゃんの大好物だったのよね)

 あぁ、和菓子が恋しい。

 よく二人であんみつやおしるこを食べ歩いた。お土産には、もちろん豆大福をテイクアウト。もしくは近所の和菓子屋の名物、あんこが皮からはみ出した切腹饅頭を買って帰るのが定番だった。

 もう食べられないと思うと、余計に恋しくなる。

(アルダ会長、なんて罪作りなの……)

 本人は知らんがな、と言うだろうが。

 はぁ、と思わずため息を漏らした時——ソファの上でひとり御機嫌に笑っていたキアラがアミーリアと同時にため息をつき、ナニゴトかを呟いた。

「……まめだいふく……たべたい……せっぷくまんじゅ……ぷふ……」

 衝撃で、アミーリアの脳みそは破裂するかと思った。

(聞き間違い⁉ ううん。そんなわけない! でも、まさか)

「キラちゃん! もう一度言ってみなさい‼」

 アミーリアは聞き逃すまいと、ぎゅっと顔がリキみ、集中のあまり目が爛々と光る。

「へぁッ? ……ママ? どうちたの、おかおがにおうさまみたい……」

 仁王様、だと? やっぱり!

「き、キラちゃ……、あなた……」

 もしかして、日本のこと知ってる? 私と同じ? いや、それよりも————

 アミーリアの頭の中で目まぐるしく最近のキアラが渦巻いた。

 こちらの言うことをずっと理解できているように見えたキアラ。最近急にお喋りが出来るようになったと思ったら、やけに意味ありげに話しはじめたキアラ。舌足らずでよく分からなかったけれど————

 そして、数日前のキアラがフラッシュバックした。

『ママ! あたちあちらよ! はなちたーことがいーぱ、ありゅのっ!』

「ママ! 私、明煌よ! 話したいことがいっぱいあるのっ!」

 突然、キアラと前世の娘明煌が重なった。

 前世の娘——明煌かもしれないと思った途端、アミーリアの頭の中で舌足らずの言葉が全て補完された。

(あ……、本当に? こんな奇跡を信じていいの……?)

 一歩二歩とふらつきながらキアラに近付き、じっと顔を覗き込む。不思議そうな顔をしたキアラが小首を傾げた。それが『なぁに? ママ』と問い返す時の、明煌の仕草と同じだった。

「あ、あきらちゃん、なの……?」

 震える手を伸ばし、両手でキアラの頬を包み込んだ。キアラは一瞬目を見開くと、嬉しそうに破顔した。

「うん! そうやよ。あたち、あちらよ。ママ、あたち、ありまあちらよ!」

「有馬明煌……、キラちゃん。やっぱり、あきらなのね……」

 こくこくと何度も頷くキアラを、アミーリアはぎゅっと抱しめた。嬉しくて胸がいっぱいで、涙が止まらない。

「アミーリア様、キアラ様がどうかなさいましたか?」

 側で様子をずっと見ていたアナベルが心配そうに声を掛けてくる。ここで、前世の話はできないとアミーリアは瞬時に判断した。

 涙を急いで拭ってキアラを抱き上げ「中庭へ散歩にいってきます」と応接室を足早に出た。

 アナベルがメイドに何かを言い付けた後、焦ったように「お待ちください」と言いながら追いかけてくる。

 アミーリアの側には監視の為か、常に乳母かメイドの誰かしらが付いているのだが、どういう訳か中庭の四阿にいる時だけはひとりにしてくれる。アミーリアは天気が悪く無ければ、そこへ行ってしばらく羽を伸ばすのを日課としていた。

 四阿なら誰にも邪魔されずにキアラと前世の話が出来る。

 とにかくすぐに話がしたかった。


 四阿に到着すると、アミーリアは人払いを頼んだ。だがいつになくアナベルは少し周囲を見回す様子を見せてためらっていたが、しばらくすると頭を下げて立ち去ってくれた。

「さ、キラちゃん。誰もいなくなったわ。この前言っていた『言いたいこと』をママに話してちょうだい?」

「ママ、あたちのいってゆこと、ちゃんとわかうの?」

 こくり、とアミーリアは大きく頷いた。

「大丈夫。明煌ちゃんだと認識したら、全部わかるようになった」

「ママ、すごぅい!」

「だって、二回もキラちゃんのママしてるんだもの! 当り前よ!」

 二人はお互いを確かめ合うように見つめ合った。

「へへ……。なんあか、てぇたうね……」

「そうね。でも照れるのは後でいいから、早く話そう!」

「ママのせっかちは、あいかあらじゅね……」

 ——ここから諸事情により、キアラの言葉はアミーリアの脳内補完されたものに切り替わります——

「ね、キラちゃんは、いつ前世の記憶を思い出したの? やっぱり最近?」

「ううん。私はたぶん最初から。目が覚めたらこの世界にいたってカンジだったから。ママは?」

「ママはねぇ、全部思い出したのはわりと最近。そう、それこそキラちゃんが生まれて顔を見た瞬間、完全にアミーリア=有馬咲になったって感じたわ。それまでは、何か足りないモノ——たぶんキラちゃん——をずっと探していたというか、それで自分がナニモノなのかはっきりしなかった……のかなぁ? だからキラちゃんと出会えた時に自分を取り戻したカンジがしたのかもね!」

「へぇ~! じゃあ、それまではアミーリアとママの人格はなんとなく別だったってこと?」

「そうねぇ、はっきり別れていたってわけじゃないけど……」

 幼い頃からアミーリアには、この世界とは思えない奇妙な景色が常に頭の中にあった。

 夢にみたのだろうか、何かの本で読んだのだろうか、と不思議には思っていたが、アミーリアにはそんなことを考えるよりも、もっと大事で頭に詰め込むべきことが山ほどあった。

 ファーニヴァル大公である父は、アーカート王国王太子シルヴェスターがお妃候補を募集するよりずっと以前から、アミーリアを王太子妃にするべく厳しい教育を課しており、睡眠以外に息つく暇もない生活を送っていた。

 大公は、ゲートスケル皇国の台頭によりいつかファーニヴァル公国の平和が脅かされ、いずれ皇国に飲み込まれてしまうかもしれないと云う危機感を抱いていた。それを回避する為に、アーカート王国という強大な後ろ盾がどうしても欲しかった。

 その手立てとして、アミーリアを出来ればアーカート王国の王太子妃として送り込みたい、難しい場合は側室(恐らくこちらの可能性の方が高いと思っていた)、最悪でも愛妾として差し出す——そう目論んでいた。

「え……。ひっど。おじいちゃん、自分の娘に酷すぎない? 鬼畜の所業だよ」

「そういう人だったのよ。あなたの伯父、大公子もね。ファーニヴァルの為というよりも、自分たちの安全と保身のために私をアーカート王国への生贄にしようとしていたの」

「サイアク……。ねぇ、なんだかおじいちゃんたちってさ、前世のおじさん親子みたいだね」

 前世の祖父が亡くなった時に、自分達の利益だけを考えて汚く立ち回り、ママを騙して祖父の会社を乗っ取ったと云う叔父親子をキアラは思い出した。結局は早々に会社を傾けて、ママに会社の経営権を奪い返され、借金まで抱えたらしいけど。

「言われてみれば! あー、だからあの二人のこと大っ嫌いだったのか!」

 アミーリアは長年の引っ掛かりが取れたわ、と大笑いした。


 ※※※


 アミーリアを生贄として差し出す前に、大々的に王太子妃を公募する旨がファーニヴァルにも届いた。

 これ幸いと、ファーニヴァル大公はすぐさまアミーリアと大公子を連れ立って、アーカート王国へ向かった。

 アーカート王国は、遠くなったとはいえ縁続きの大公家を国賓として扱い、滞在先にとアラーナ離宮を提供された。この離宮には数代前の王妃が特別気に入って住んでいたとか、他にも世継ぎを生んだ側室が賜ったという話があり、大公は「縁起が良い」と大変御機嫌であった。

 アミーリアは「王妃が離宮に住むって蔑ろにされていたのではないかしら」「側室が賜った離宮って本当に縁起がいいの」と逆に思ったものだが。実際、王国の貴族の間では王妃に準じる“側妃が賜る離宮”として認識されているのだと後からアミーリアは知った。

 そして離宮に到着するなり人気のない庭に連れ出され、アミーリアは大公と大公子に昏々と言い含められた。

「いいか、アミーリア。これまで沢山の金をかけてお前の容姿を磨き、高額な家庭教師たちをたっぷりと付けて教育を施してきたのは、ここにお前を連れてくるためだったのだ。私に無駄金を使ったと思わせるなよ。せいぜいその愛らしいと言われる容姿を使って、シルヴェスター王子をしっかりと篭絡するのだ。お前の相手はシルヴェスター王子一択しかない。たとえ失敗しても帰る場所はないと思え」

「その通りだ、アミーリア。馬鹿なお前にはその容姿しか取り柄がないのだから、せいぜい媚を売り、可愛がってもらえるよう最大限の努力をしろ。父上と私のためにな」

 わずか十三歳の初恋の経験すらない子供に言うことだろうか。アミーリアはその王子に会ったこともないし、どんな女性を好むのかも、どんな為人なのかも全く知らない。父が用心して年の近い子供を一切近付けなかったせいで、篭絡どころか友人の作り方さえ知らないのに。

「…………」

「返事はどうした! アミーリア!」

 高圧的に兄の大公子が怒鳴り、肩を揺すぶられる。

 常に頭ごなしに命令され、従うことを強要されていたアミーリアに逆らうという選択肢はなかった。

 生命力を吸い取られたような脱力感に襲われながらも無理矢理笑顔をつくり、小さく「はい」と答えた。その影のある笑顔は逆にアミーリアの儚げな庇護欲をそそる美貌を際立たせた。これならばいけると、やっと二人は納得したようにフンと鼻を鳴らした。

 大公子は掴んでいたアミーリアの肩を乱暴に突き放し、大公と二人、御機嫌で離宮へと戻っていった。

 アラーナ離宮の庭には美しく剪定された薔薇がむせ返るほどに咲き誇っているのに、ひとり残されて佇むアミーリアの目には何の感動もなく映る。ただただ、その鏡のような瞳から雫が途切れることなく零れ落ちていた。

 さっきからずっと、頭の中で「お前たちが努力するのが先だろうが」とか「人に頼るしかない無能どもめ」などと云う、自分の考えとは思えない言葉が鳴り響いていた。

「この状況に屈してなるものですか……」

 頭の中に浮かんだ言葉のなかで、唯一これには共感できた。口にすると、なにかぴたりと腑に落ちて、体に力が戻ってくる気がする。まるで本来の自分を取り戻したような……

(やだわ。本来の自分って、なんなの……馬鹿みたい)

 ふっと自嘲気味に笑うと、アミーリアは踵を返し、足取り重く離宮へ戻った。

 ————誰もいないと思っていたその庭に、もうひとつ人影があったことを三人共気付くことはなかった。


 ※※※


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