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うちの子がお世話になりまして。

姉様ちょっと怒ります。国王視点です。

白檀の香りが充満する会場。ヒマリの爪を噛みブツブツ呟く声以外何も聞こえない。硝子の擦れる音も靴が床に着く音も何もしない。ただ風が窓を通り過ぎる音しかしない。自分たちの鼓動が耳元で聞こえそうな静寂を重厚で高圧的な声が会場に響き渡る。


「なんの騒ぎか。」


たった一言。それだけで止まっていた時が動き出した。

一気に騒ぎだす貴族たち。青ざめ声が出ない国の重鎮。怒り奮闘の神殿関係者。

王の御膳であるにもかかわらず爆発的なざわめきは広がるばかりで収まるところを知らないらしい。

王家の影の者にリベルが問題を起こしたと報告され急いできたが何だか状況が変わったらしい。王妃と顔を合わせ首を傾げる。これじゃ埒が明かない。影に聞こうとも呆然と佇むばかりで反応がない。

何かが起こったことは明らかだった。最初に呼ばれた原因の息子はヘタり込んでおり隣の見知らぬ令嬢は鬼の形相で何事かをブツブツと呟くばかりで此方の声に反応をみせない。

思わず口から声が漏れ出でしまった。


「本当に何が起こったのだ…。リベル!リベル!此方へ来て説明を!」

「ち…ちちう…国王陛下っ!」

「簡潔に説明を。」

「は…はい。只今より婚約者リリー・ムーン・アゼライン公爵令嬢に婚約破棄を言い渡しまして、少し言い合いになりこの様な事態に至りました。国王陛下。私はいつも笑顔の仮面を貼り付けたなんの愛想も無い魔力量だけの女より、異界から来た神子。ヒマリとの結婚を望みます。認めて下さいますよね。陛下。」


目を限界までかっぴらいた。何を言っているんだ此奴。王家の婚姻において大事なのは感情ではなく国益だ。アゼライン家公爵令嬢はたった1人で国中に張っている結界の維持と強化。魔力溜まりによる土地汚染の改善。公には出来ないが王家への内通者の判別など様々な事が出来る。なんならもう半分以上彼女に頼っているところがある。それもこの息子は知っているはずなのだ。なのに何故。何故なのだ。

もう怒りで何も見えなくなってしまう。だがここはパーティ会場である。怒鳴り声など万が一にも上げられない。だが怒りで全身が震えてしまう。口を開こうとしたその時半歩後ろにいた王妃がそっと袖を掴み、くいっと後ろに引っ張った。


「シャーロ。」

「貴方。今は我慢なさって。このパーティを中止にしてそこから話し合いを。」


王妃のお陰で踏みとどまれた。一つ深呼吸をし会場にいる皆に告げる。


「皆の者。うちの者が何やら混乱し世迷いごとを言ったようだな。昨日階段で打った頭がまだおかしいらしい。少し話し合いが必要なようだ。皆には申し訳ないがこのパーティは延期にさせてもらおう。馬車は外に待機させる。気をつけて帰って欲しい。」


全員口を噤み一斉にお辞儀をした。少しざわつきはあるが先程よりは些か落ち着いている。あちらも状況を整理したいのであろう。

1組目の公爵家が挨拶をしに此方へ歩いてくる。1歩踏み出したその瞬間である。

周囲の温度がグンと下がった感覚に全員に冷や汗が流れる。先程アゼライン公爵令嬢が出ていった扉から物凄い魔力と神力を感じた。皆目を見開き扉の方を凝視する。重圧に耐えきれなかった者達も床にへたりこんで扉を見つめている。

誰も動けなかった。瞬きも固唾を飲み込むことも出来ず只々芸術品のような美しい扉を怯えきった表情で見つめることしか出来ないのである。

するとドアの向こう側から聞こえるはずのない靴音が聞こえる。

それもコツコツという音ではなく招待客は全員聞いたことのある下駄の音である。

カロン。カロン。と先程よりは軽いけれどそれでも特徴的な足音であった。

扉の目の前で足音が止まる。背筋が氷になったようにピクリとも動けなかった。もう息すら出来なくなっているかもしれない。心臓が動いている事が奇跡である。思考も止まり逃げたいという感情さえ湧いてこなかった。只々怖い。恐ろしい。扉を開けるな。

考えとは裏腹に扉は軽々開いてしまった。

ゴーストのような女性だった。顔は恐ろしい程に美しい。遠くからでも分かるほど鼻は高く目は気品のある紫色。けぶる程長い睫毛は目をパチリと見せている。口は小さくきっと美しい詩しか紡がないのであろうと思わせた。髪は黒くとても長い。床に引きずりそうなほどの長い黒髪はシャンデリアの光を反射しオニキスのように煌めいている。

明らかに人ではない何かであることは確かだった。それしか分からなかったのである。

コロンコロンと手摺まで歩いてくる。コンッと会場全体に下駄を鳴らす音が聞こえた。

周りを見渡し小さい唇を震わせ一言。


「わたくしの子がお世話になりまして。」


全員が絶句した。たった一言に膨大な魔力と神力が乗せられていた。もう目の前が真っ暗になり数人は気絶したと思う。ガタンやらバタンやら大きな音が聞こえた。

その状況が面白かったのか彼女は目を丸くし「んふふふ」と特徴的な笑い声を上げた。


「皆様方。もう帰られるので?わたくし皆様方とそこのリバルガッシュカワベルト?とか言う人にお話がありますの。もう少し待っては頂けなくて?」

「皆様方固まってしまってどうなすったの?あぁ…魔力中毒かしら。か弱いのね。少々お待ちくださいまし。」


絢爛たる美しい女は自身の腰布から何やら紙を数枚取り出しビリリと破き始めた。細かくちぎれて満足なのがにこりと笑ってちぎれた紙を掌に乗せ、ふうぅと息を吹いた。すると倒れた数人に紙が染み込み目を覚ます。倒れたものは皆目を見開き周囲をぶんぶんと見渡し、美しい女を見てまたも絶句していた。固まっていたもの達も動き出し倒れていた者に集まり介抱を始めた。先程の恐ろしさは少し薄れていた様に思う。


「んふふ。無事目が覚めたようで大変よろしい事ですね。さぁ皆様座って下さいまし。お話致しましょうね。」


どこから出てきたか分からないが椅子が全員分メイドや執事、使用人の分まで全て用意されていた。本当に座って良いのか考えているとまた美しい鐘の声が鼓膜を打つ。


「このわたくしが座りなさいと言っているのです。」


底冷えする恐ろしい声であった。先程までとは比にならない明らかな侮蔑であった。そうだ。この美しい何かは怒っていたのだ。少し優しくされたからか気が緩んでいたがこの美しい人はこの場にいる百戦錬磨の騎士や、王族直属の影の者さえ身動きが取れない程の圧をかけてこの場に来ているのである。従わないとこの場にいる全員殺されても文句は言えない。次々と着席していき指示に従った。従わざるを得なかった。手は汗でびっちょりであり足は震えて踵が大理石の床にカタカタカツカツと当たる音が無数に響いている。


「嗚呼、わたくし自己紹介をしておりませんでしたね。大変申し訳ありません。わたくし名を八咫烏。異界の日本にて導きの神の一柱を担っております。この人間の国の代表は何方にいらしてるのかしら?」


もう絶句が止まるところを知らない。この美しい女は神だと言うのか。納得する心と頼むから目の前に現れないでくれと言う願望がぐちゃぐちゃになって訳が分からなくなってしまった。話をするにはそうなった方が良かったのかもしれないが。


「御初にお目にかかり光栄の至りで御座います。私はこの国の王を務めております、ロマノフ・ライ・アルベルトと申します。して何用で遥々異界から此方へ参られたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「もしや貴方先程の騒動を知らないわけじゃありませんでしょう。長居する気はこれっぽちもなくってよ。早くリバルガッシュカワベルトを此処に。」

「その…リベルアッシュアルベルトの事でしょうか。」

「そう。その人間よ。今すぐ此処に連れてきて下さいまし。そこの中央で構いませんことよ。」

「今すぐに」


一斉にリベルのいる方に視線が集中した。リベルは一瞬ビクッと肩を跳ね上げガクガクと震える手足を叱咤し少しづつ会場中央へやってきた。手足は恐怖と緊張で痙攣し腰はかなり引けている。美しい神の怒りが伝わってくる。自分はこの神に失礼な事をしたのか何も分からず縮こまって震えていることしか出来ない。


「お前。わたくしの輝夜に、リリーに何をしたか分かっているのか。」


恐ろしく冷たい声だ。リベルはもう恐怖で喉が引き攣り声を出ないようである。


「愚かなお前に教えてやろうな。わたくし八咫烏と云うのは今は人型になっていますが実際大きな鴉で脚が三本ありますの。この脚は天と地、人を表すもの、繋ぐものですの。言いたい事は伝わりまして?」

「………」

「んふふ。無言で俯かれても困りますわ。時間もありませんしわたくしからお答えしましょう。今からお前を一度冥府に送りますわ。この国に縛られ働かされていたのにも関わらずあの仕打ち、やはりわたくし此方の人間は好きになれません事よ。そこの人間の王よ。この人間は三日。三日でしてよ。三日経ったら生き返らせます。その間正常に生き返らせたくば目玉は保管しておくように。」


美しい女神がそう言った瞬間リベルは空中にふわりと浮かび体の末端から中央に向かい少しづつ捻りながら圧縮していった。絶叫しジタバタと暴れながら金切り声を上げていた。なんと言ったか分からなかったが其の悲痛な声は三十秒と持たなかった様に感じた。直径15cm位の球になったところで圧縮が止まり、会場中に血を撒き散らすようにして爆ぜた。

リベルが立っていたところには、ボールと同じ様にてーん、てーん。と跳ねる目玉と目が合った。


「近いうち、わたくしの式に手紙を寄越します。必ず御覧になって下さいまし。」


美しい鐘のような声が会場中に響き渡った所で視界が暗転した。

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