もちもちが現れた
いちゃいちゃします。
かんっと障子が甲高い音を立てて開いた。
頬を赤く染めみるみるうちに目に涙の膜が張る。ピンヒールを雑に脱ぎ捨て裸足のまま此方へ歩いてくる。
段々ふうふうと息が上がっていき徐々に走り出す。姉様を見つけると更に走る速度をあげ堪らず飛び付いた。
鳩尾辺りにゴリゴリ頬を擦り付けながらぎゅうぎゅうと抱きついてとうとう涙腺が決壊した。
「ひっ…ひっく…うえぇぇぇん!姉様ぁ!!!!!」
「あらあら。そんなに泣いちゃったら可愛いお目目が溶けちゃうわ。んふふ。可愛い。わたくしの輝夜姫。」
「頑張ったぁ!こ…こわかっ…ごわがっだ!うえええええ!」
「おおお……おろしたての振袖が…」
リリーは号泣した。それはもうべっちょべちょに泣いてしまった。白磁の肌を真っ赤にして赤子の様にぴるぴる震えながらギャン泣きしている。目も少し赤く腫れてしまい鼻も肩も真っ赤っか。
子供であれ貴族の端くれである。威圧感の塊の様な者たちに囲われさぞ怖かったであろうと思う。フランネル生地の毛布で自分とリリーを包み込む。
こんな時のために前々から用意していたでんでん太鼓と屋台に売ってるアヒルの笛、ガラガラなどカウンターの下に忍ばせており、天井照明用提灯を全てふあふあもちもちベッドメリーに変え、モニターには暴力的解決を史上とするあんぱんの顔したヒーローのアニメを映し、傍らでリリーが来るまでひよこクラブを熟読をしていた。
結果はご覧の通り慰めようとしたら振袖をぐちゃぐちゃにされた訳だが。
子育てとはカクも難しいものである。
べしょべしょえぐえぐ泣きながらもちもちふうふう暴れるので両の腕でぎゅっと閉じ込めた。
姉様の身長は高く抱きしめられても顔が頭4つ分以上遠いところにある。黒檀の髪の毛から鉄格子のように肩から背中までさらりさらりと降ってくる。今日貸してもらった煙管の匂い。白檀の匂いと姉様の甘やかな香りがリリーをすっぽり包み込む。逆光でお姉様の顔は見られない。だが笑っている。きっと砂糖を煮詰めたような顔をしているはずだ。
甘美で艶やかな声が私の耳に届く。
「そんなに泣かないで下さいな。わたくしの式をつけておいたでしょう?」
「蜻蛉玉の子?あの子私以外には見えなかったんだもん。何だか一人芝居してるみたいだったし。姉様が来てくれたら良かったのに…」
「仕様がない子。わたくしだってここで待っていただけじゃなくってよ。 」
「…んぇ?」
「んふふ。蜻蛉玉の子よ。わたくしの目をしていたの。同じ古代紫だったでしょう?」
「もしかして最初っから見てたってこと?」
「ええ。無事向こうからの婚約破棄おめでとう。ずっとここにいてね私の輝夜。」
「!もっもう!!!!」
「愛らしい子。可愛い。今日の最後はわたくしの真似かしら?」
「あ…だって!姉様来てくれなかったし!姉様の真似っ子したら強くなれるかと思って……」
「格好良かったわよ。今日はもうお店閉めてわたくしとお茶でもどうかしら?」
「姉様がお茶入れてくれるなら…私マカロンが食べたい。」
「んふふ。可愛い子。全部食べさせたげる♡」
美しい女二人、きゃっきゃうふふと戯れている。
姉様に比べるとちまこい私をを膝の上にのせて揺り篭の如くぐらりぐらりと揺れる姉様は大層機嫌がいい。
無邪気で甘ったるく手を握り、指をすりりと擦る。髪、瞼、鼻とちゅっと音を立てキスを落としていく。
コチコチと無機質な柱時計とリップ音だけが音を立てており、リリーをドキドキと鼓動を高鳴らせるには十分な静けさだった。
大分時間が経ち毛布が畳にパサリと落ちた。その音を境にリリーが顔を真っ赤にさせくったりと姉様に寄りかかった。
「どおしたの?」
「も…姉様のばか……」
「あら。んふふふ。かまい過ぎちゃったかしら。」
「ん。」
「ふふふ、夜も深いわ。貴女の箱庭で宜しいかしら?わたくしの輝夜姫。」
「うん。」
「輝夜の好きな蛍がいるわよ。この前助けたげたら懐いちゃって。」
「海月も見たい。お花の子がいい…」
「お花…水海月ね。分かった。他には?」
「…」
「真白い鯨も呼ぼうかしら。ん。もういいの?」
「ハニーブッシュティー飲みたい。」
「えぇ一緒に飲みましょうね。」
姉様はリリーを腕に座らせ静々と光舞う箱庭に向かう。
足音一つせず歩くのは何度観ても感嘆モノである。揺れているのは長く豪奢な刺繍が入った袖としゃらりと鳴る黒檀の髪だけで、傾国の美貌も相成りまるで幽鬼の様である。
姉様の旋毛に頬をもちりと置きお人形のようにうんしょと箱庭まで運ばれるのであった。
輝夜の間と木札が下がった部屋の前まで来た。
姉様は「罷り越しましたよ。スグ開けますからね。」と言って帯に入れていた扇子を取り出し木札に突き付けた。
鶯がひと鳴きし、ぶわりと風が起こった瞬間、青々とした竹林の香りが鼻腔を通り抜ける。
蓬莱の玉を木札に嵌め込み玉ごとカコンと割った。
するとぱかりと割れた木札からしゃらり、と今にも手折れそうな儚くも美しい人が現れた。この人は夕霧と云う姉様の式神でよく私と遊んでくれるいい人だ。姉様がお出かけする時や忙しい時に私にかまってくれる。
でも姉様の式神は基本喋らないのでいつも一方的に私が話しかけるのに対してニコニコするばかりである。今もにこりと微笑んで部屋の中に入る私たちを見送ってくれた。
敷居を通り越した瞬間目の前に広がるは竹林の道だった。まるで別世界の入口のような光景で静かに、神秘的に佇んでいた。
細く伸びる小道は空を覆い尽くすほど高く聳え立つ竹林の中に、まるで墨で描いた線のように続いていた。夜の竹林は外界の喧騒などを忘れさせてくれる静寂に包まれ、時折、竹の葉を揺らす風の音だけが耳に届いていた。
カロン。カロン。と飛石を進む。次第に小道が広がってゆき丸く広がった空間にでた。
丸い空間の地面一面に毛足の長い藍色のラグがみっちりと敷いてありその真ん中に大きく丸っこいゆらゆら揺れてるハンギングチェアのようなものだけがぽつねんと置いてあった。
「さ。お茶に致しましょう。」
姉様に抱っこされたまんま椅子に揺られる。
カチャリとカップとソーサーが擦れる音がした。
蜂蜜と華やかな香りがふわりと舞う。ほんのり甘くまろやかな味が口腔を支配し飲み下す諄くなくスッキリとしている。
姉様の膝の上でマカロンを口に入れてもらいサクリと味わう。
今のリリーの周りには姉様の指を触手と絡ませ戯れている食器を乗せた淡く光る水海月。全体的にふわふわ浮いてる蛍。頭上にはシフォンの天蓋を纏って私たちを包んでいる白鯨。
傍から見ればきっと神殿に飾られる1枚の絵画になるに違いない。
「姉様。私頑張ったよ。王妃教育も朝から晩まで頑張ったし王子大好きなメイドたちからの嫌がらせも耐えた。何がダメだったのかな。3歳から今まで…がっ…がんば…うううう頑張ってだのに……ぐずっ……うええええん。」
「良い子ね。私の輝夜姫。貴女はよく頑張っていたわ。誰より私が1番知っているもの。」
「うえええええん。」
「3歳の頃神殿で会った時のこと覚えているかしら?」
「ぐずっ…うん。忘れるはずないもん……記憶が戻ってパニックになった私を助けてくれた事忘れるはずない。」
「そうね。私も上司からまた一人誘拐者が来ていたと知って吃驚したものよ。」
「そーなの?」
「あらわたくしが慌てていたことに気づいてなかったのかしら?」
「うん…わかんなかった。てか誘拐者って私の事?」
「仕様がないわ。貴女パニックになってましたもの。口上忘れても怒らないわよ。あら、誘拐の事説明してなかったかしら?」
「聞いてない…ずび」
「あらあら。泣かないで?これについてはまたゆっくりお話しましょう?」
「わかった……」
「もう拗ねないの。泣き疲れてもう眠いでしょう?このまま寝ても宜しくてよ。」
「いや。まだ寝な…い……あねさまと…おは…な…しぃ………ぐぅ」
「寝ちゃった……早いわね…」
姉様は私の頭にちゅっとキスを落とし寝室に転移した。
キングサイズのベッドに輝夜を転がし厚手の布団を掛けもう一度ちゅっとキスを落とし出かけて行った。
いざ、王城へ。