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第4話 不幸比べの軍配

 いきなり廃墟群に放り出された僕たちは、何から手を付けるべきか分からなかった。誰が先導するでもなく、ぼんやりと街なかをうろついた。


 当然だがすべてが朽ち果てていた。窓の割れたビルや屋根の落ちた家屋などマシな方で、建物によっては完全に倒壊していた。道路のひび割れも激しく、かさぶたにも似た形状をしており、隙間からは雑草がシャンと伸びていた。



「うぅ、なんだか気味が悪いよなぁ」細身の小男が言うと、それを鷲鼻の男が嘲笑った。


「なんだお前、ビビってんのか? ションベン漏らすんじゃねぇぞ」


「だってよぅ、誰かに見られてる気がしねぇか?」



 小男の言いたいことは分かる。湿った風が吹くたびに、どこかで物音が響くのだ。缶が道を転がる音、ひしゃげた鉄板が壁を叩いたり、伸び放題の雑草もしなって耳にうるさい。 


 周回するだけで小一時間はかかりそうなこの廃墟群に、僕たち5人しか存在しないだなんて、にわかに信じられなかった。



「さてと、ウロウロしてても始まらねぇ。お仕事すっか」



 街の中央にある銅像の前で、鷲鼻の男が言った。酸蝕の激しい少女像の肩を抱きながら、次々と命令をくだしていく。



「お前とお前は食料だ。食えるもん探してこい」彼は囚人たちを順々に見ては「水場を探せ」とか「草刈りしろ」と言った。


 そして最後に僕と目があった。



「そこのガキは何か良さげなモンを集めて、使えるようにしろ。電気屋なんだろ?」


「何かって何?」僕の問いかけには怒号で応じられた。


「んなもん自分で考えやがれ! いちいち人に聞くんじゃねぇよ!」

 


 ひどく雑な指示だな。僕が顔をしかめていると、さっきの小男が言い返した。



「何だよ偉そうに。アンタは何をやるんだよ?」


「オレは司令塔だ。テメェらがちゃんと働けるように、デェンと構えながら見張っててやるよ」



 鷲鼻の男は悪びれもせず言い放つと、少女像の傍で寝転んだ。像を真下から覗き込む間も、面倒そうに手を振った。早く行け、とでも伝えるように。



「後でアームズにちくろうぜ」誰かが呟いては、街中へ消えていった。誰もが納得をしていないものの、一応は働く気があるようだった。


 

「まぁいいや。僕もやるか」



 僕も身体を動かしている方が気楽だった。暇を持て余していると余計な事を考えてしまう。いっそのこと疲れ果てた方が楽かもしれない、気分的には。


 任されたのは収集と修理だった。鷲鼻の命令に従う義理はないけど、生活の基盤となる道具や家電は必要だった。



「電源なんてないから、電池を探す感じになるか。まともに使えたらの話だけど」

 


 僕はひとまず来た道を引き返した。そして街の中心から最も離れた建物から入ろうとした。手当たり次第に探索しては非効率的だ。脳内マップにチェックを入れるつもりで、足を踏み入れた。



「ここは、マンションかな」



 エントランスに足を踏み入れると、ガラスの砕ける音が響いた。割れた窓から外気が吹き込むので、物が散乱しているし、半ば風化していた。チラシや枯れ葉を踏んでゆくと、意図せず連絡掲示板のそばに立っていた。



「これはすごいな。もしかして当時のまま残ってるのかな?」


 

 そこにはいくつかの張り紙が残されており、打ち付けた画鋲は今にも抜け落ちそうだった。その文面は、色付き文字は消えかけていて読めない。黒文字の箇所だけがどうにか読み解けた。



――不審者の目撃情報多数! 不要不急の外出は控えて、特に1人での外出は絶対におやめください。単身者の方には防犯ブザーも貸し出しています。


――通り魔事件の頻発を受けて、当マンションもセキュリティに重点を置いた外装工事を行います。下記にあるエントランスでの実施日につきましては、大型家電等の大荷物の搬入が困難になると予想されますので、配送日の調整をお願いします。


――不審者を見かけても決して近づかないでください。また、体調に少しでも不審な点があれば、必ず新型感染症コールダイヤルにご相談いただき、オンライン診察の内容を当管理会社にもお知らせください。

  

――避難所情報。第一から第四避難所は定員超過のため新規受入を一時中断しています。詳細は県の公式ホームページをご確認ください。



 混乱ぶりの窺える文面だった。通り魔や不審者とは何を指すのかは、特に触れていなかった。



「もしかして、ゾンビの事だったのかな。どうだろ」


 

 それ以上に読むべきものは何もなかった。先を行くとエントランスを過ぎたところに長い通路があり、鉄扉がいくつも並んでいた。おそらくは玄関。まずは101号室から覗いてみる。表札の文字は消えていた。



「……お邪魔します」

 


 僕は忍び足になって、101号室に足を踏み入れた。玄関は施錠どころか、開けっ放しだった。


 中の様子はと言うと、想像したより荒れていない。外征部隊アームズが突入したのか、リビングの窓ガラスは激しく割れている。だがそれだけだった。



「かつてはここに、誰かが暮らしてたんだね……」



 広々としたシンク。僕の背丈より大きな冷蔵庫があり、リビングにはエアコンとモニターも置いてある。


 これが当時の平均的な暮らしだったのかと思うと、昔の人類はとてつもなく豊かだったように感じられた。エデンでは、北嶺区暮らしでもなければ、高級品の数々をここまで買い揃えることは不可能だろう。


 キッチンやリビングを見て回ると、窓には無骨な板が打ち付けられている事を知った。高級な家具が揃う中で、その板だけが酷く場違いに思えた。もっとも、ダラリと垂れ下がった壁紙のお陰で、違和感もかなり中和されているが。



「たぶん、ゾンビ対策なんだろうな。こうやって補強して、侵入を防いでいたのか」


 

 リビングから短い通路に出て、他の部屋も探索してみる。カビ臭いユニットバスには何も無い。隣の物置き、何かあるかと探ってみた。


 大半はガラクタだったけど、その影に隠れてリュックサックを見つけた。中身は懐中電灯が1つ、それと複数本のロウソクがあるだけだ。



「灯りは……つかないか。電池もあるといいのにな」



 ひとまずリュックごとアイテムを頂戴した。


 それから、最後に訪れたのは通路突き当りの部屋だ。「お邪魔します」と小さく告げた。返事があったら、それはそれで怖いのだが、無言で入り込む事もはばかられた。



「えっ、なんだここは……!」



 そこは大きなベッドが2つ並ぶ、寝室のようだった。ドアの正面に大きなベニヤ板が見えた。窓を塞いだのだろう、板の付近にはタンスや本棚といった家具が乱雑に置かれていた。


 そして部屋の中央に長机があるのだが、そこは特に酷い有り様だ。無数のコップや缶詰が山積しているのだ。大半の缶詰は開封済みで、中身はどれも黒い固まりに変質していた。



「そうか。最終的には、ここに籠城してたんだ……」



 からっぽのジェリ缶が床に転がっている。中に飲水でも入れてたんだろうか。カセットコンロも蓋が開きっぱなしで、使用済みのボンベが何本もベッド脇に転がっていた。


 部屋の奥に足を踏み入れたところで、やっと気づいたのだが、壁には幾本もの傷が刻まれていた。切り口は鋭く、ナイフで造ったものだろう。それは文字の形を為していた。乱雑な筆跡だ。これは記録を残すためではなく、赤裸々な言葉をつづっただけだろう。



「ええと……なになに。オレが何をしたっていうんだ……か」



 どんな心境で書き殴ったのか。それは想像にかたくない。



「理不尽に人生を奪われてしまったんだね。その気持ちは理解できるよ、なんとなく」



 目を伏せると、床に散らばる写真を見つけた。そこそこ若い男女が、高原とか、大きな建物をバックに映り込んている。いずれも幸せの絶頂にいるかのようだった。この2人が夫婦か恋人同士かは判断できない。しかし彼らの行く末は、壁の文字が教えてくれた。



「悲惨な最期だったんだね、でも……」



 あなたには愛があった。手を取り合う相手がいた。その満たされた人生の最中で、予期せぬ脅威に襲われて、唐突な終焉を迎えた。その時を迎えるまでは幸福感に包まれていたのだろう。


 僕の境遇とは真逆だ。心を潤す愛情も、信頼しあえるパートナーもないまま、胸に吹き付ける渇いた風を抱いて生きねばならない。



「僕とあなた、いったいどちらの人生が悲惨なんでしょうね」



 その寝室は、なんとなく居心地が悪くて、まもなく退散した。


 続けて隣の102号へ向かった。間取りは同じ。生活水準も大差ない。物置きで未開封の電池を見つけた。それは外装が多少サビついているが液漏れはしておらず、懐中電灯も点灯した。



「さて、そろそろ日が暮れるか。いったん皆のところへ戻ろうかな」



 半日ちかく探し回って、さらに隣の103号室まで来たのだが、結果は振るわなかった。手に入れたのが灯り1つと電池やロウソクというのは、決して褒められたものではない。鷲鼻の男はきっと怒鳴るだろうと思うと、辟易とさせられた。



「もう少し探したいけど仕方ないか。そろそろ日が落ちるし、お腹も空いてきたよ」



 空が赤く染まる。山の稜線に日が落ちて、間もなく夜が来るだろう。


 そんな時だ、外から大声が聞こえてきた。野犬の遠吠えかと思い、窓から確かめようとした。103号室の寝室の窓もベニヤ板で補強されていて、様子を窺うには隙間から覗くしかなかった。



「うわ……。なんだ、あれ……」



 僕は呆然とさせられた。森の中の暗闇で光る赤い点々が見えた。果たしていくつあるのか数えきる前に、それらは木立の間から続々と姿を現した。


 夕焼けが照らす腐敗した肉体。関節が硬直しているのか、歩く姿がぎこちない。執着から伸ばしたような手のひらや、後ろに引きずる片足は、ところどころで肉が落ちて骨が見える。



「あれはゾンビだ! どうして! 全部倒したんじゃなかったの!?」



 赤い夕日に照らされたケモノたちは、真っ直ぐこちらへと歩み寄っていた。僕は目に映る光景が信じられず、それどころか、101号室で見つけた写真を思い返していた。



「結論がでたよね。ここでゾンビに襲われたら、僕の方がだんぜん不幸だよ……!」



 不名誉で不吉な勲章を心に飾り、早く逃げなくてはと思いながらも、足は一歩たりとも動かなかった。

 

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