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最終話 僕の終着点

 ゾンビ村の村長宅の裏手には、小高い丘がある。以前は木々が生い茂っていたけど、つい最近に開拓した。みんながそれを望んだからだ。


 その丘は墓場にした。見晴らしがよく、近くに小川と、そして雄大な渓谷がある。ロケーションとしては悪くないだろう。


「どうか安らかに。村のことは心配しないで……」


 

 いつぞやの襲撃で失われた村民は、村長にタネ婆さんをはじめとして、6名にも及んだ。ゾンビ薬のおかげで大多数が救われたとも、かけがえのない人を6人も失ったとも言えた。どう捉えるべきかは、まだ結論を見いだせていない。


 6名を弔った墓地にただずむ僕に、誰かが声をかけた。そちらを見れば、工具箱を抱えた人間が2人いた。


 彼らは青ざめた顔で、ぎこちない笑みを浮かべている。



――あのう、発電機のほう、やっておきましたんで。これで電力は結構稼げるんじゃねぇかと。



 彼らはエターナルから派遣された技術者だった。多少くだけた口調とは異なり、僕とは5歩も距離が離れている。


 まだまだ警戒されているな。そんな想いを払拭できるように、僕はニコリと微笑んだ。



「お世話様です、助かりました。そちらに何かお困りの事はありませんか?」



 言葉は相変わらず通じない。僕から伝えるには、文字に起こす必要があった。枝で地面にガリガリと書いては、そこに手のひらを向けた。



――困りごとと言えば、そうですね。最近、エターナルに熊が出ましてね、野生のやつ。こいつがまた凶暴で、少し困っているところです。兵隊さんは任務があるとかで聞いちゃくれねぇし。


 僕は頷いて「今日の午後にでも伺いますね」と伝えた。技術者たちは、固い笑みを少し明るくさせたし、去り際も繰り返し頭を下げてくれた。少しだけ親密になれたかなと、僕は息をついた。



「リンタローくん。こんな所にいたんだね」



 入れ替わりになるようにして、丘に人影がやってきた。穏やかな笑みを浮かべる望海が、ゆっくりと坂道を登った。そこに柔らかな風が吹いては、彼女の前髪をやさしく弄んだ。



「もう起きて大丈夫なの?」



 望海は微笑みながら「最近はすごく調子が良いよ」と言った。胸を反った仕草も、少しだけおどけていた。


 それからは2人で肩を並べて、村の方を眺めた。口数は少ない。あちこちから聞こえる活気の良い声に、耳を傾けているせいだ。


 干した稲はすでに脱穀をまで進めていた。村の広場では、エターナルから来た人間が暖房器具のトレードを持ちかけていた。村からは生鮮食品を主に差し出すのだが、概ね好評らしい。レートは悪くないと、村人の誰かが教えてくれた。



「ずいぶん持ち直したよね。あの日の襲撃が嘘みたい」



 望海はそっと、東の森に目を向けた。そこで大木が音を立てて倒れるのが見えた。パイソンたち大型ミュータントが森を切り開いている最中だ。


 今後は交易が重要になる。それならばと、道を整備する事に決めたのだ。



「パイソンはよく働くね。パイソンは……」



 僕が苦笑すると、望海もクスクスと笑った。視線は村長宅の軒先に向けられている。


 そこでは、折りたたみ椅子でくつろぐロッソの姿がある。何か早見鳥夫妻と口論しているようだが、聞こえたのはロッソの返答だけだった。



「だから、何べんも言わせんな! オレはエデンで大活躍したんだぞ? 大金星よ? この先1年はグウタラするって決めてんだ!」



 ロッソはそう叫んでは、酒瓶をあおった。ゾンビが酔うことはあるんだろうか。少なくとも、二日酔いに苦しむ人は見たこと無かった。



「ロッソの言うことにも一理ある……かな?」



 僕が微笑みかけた時、足元で風が吹いた。小さな陰が並んで2つ。康太と縁里だ。どちらも我先にと丘を越えて降ってゆく。口々に「秘密のミッションよ」と叫びながら。


 彼らが駆け抜けた後には、草花が踏みつけにされていた。その中には、茎の折れたキキョウの花もあった。



「あぁ。このままじゃ可哀想だな。それならいっそ……」



 僕はキキョウの花を抜き取ると、それを望海の髪にかけてみた。



「ありがとう。似合うかな?」望海が頬を緩ませた。


「うん。とても綺麗だよ」


「どうせだったら、ここに挿してみようかな」 



 そこは側頭部にポッカリ空いた穴。かつて望海の命を奪った怪我の名残だった。



「良いの? 痛くない?」


「全然。痛覚なんてないもの」


「それはそうだけど……。まぁ君が良いというなら」



 あつらえたように茎はフィットした。紫のささやかな花弁が、耳元から顔をのぞかせた。



「花は好きかい?」



 僕は尋ねた。



「好きだよ、もちろん」



 君は花のように微笑んだ。重なり合う視線。頬を撫でる風。冬の足音が聞こえそうな季節だが、今日は少し温かだった。


 僕が望海に手を伸ばしかけた、その時だ。村長宅から悲鳴が聞こえた。



「おぉいリンタロー! 助けてくれ、チビどもがぁーー!!」



 ロッソが喚くのは、康太たちが原因だ。各々がロッソの左右の肩にぶら下がり、シーソーの要領で絡んでいる。



「あぁ大変だ。しばらくは離れないぞ」


「放っておいてもいいんじゃない?」

 

「まぁ、助けてあげようか。1年は長すぎるけど、ロッソものんびり休む権利があると思う」



 僕は苦笑して、丘をくだろうとした。望海も後に続いたのだが、段差を踏み外したらしく、左右によろめいた。



「あぁ、ごめんよ。病み上がりなのに」



 僕は望海に右手を差し伸べた。少しだけ間があいて、お互いの手が結ばれる。


 その感触は、あの日から全く変わっていない。干し柿そのものだ。



「あっ! リンタロー兄ちゃんとお手々つないでる! 仲良しだぁ!」



 康太がはやしたてるが、繋いだ手を離さなかった。



「行こうか」



 望海と足並みを揃えながら、丘をおりた。


 僕の村、僕の居場所。そして――。僕はほんの少しだけ、右手に力をこめた。



ー完ー


 

 

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