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第35話 薬に躊躇もなく

 野獣を思わせる猛々しい咆哮。ありとあらゆるガラスが揺さぶられて不穏な音を響かせる。その様子を、上階の早瀬が手を打ち鳴らして褒め称えた。



――さぁやれプロトタイプМー187よ! 煮えたぎる憤怒の力を存分にぶつけたまえ!



 早瀬の言葉がトリガーか。変異種は前傾姿勢になって、猛然と突進した。僕以外に何も見ていない。そんな動きだった。



「うわ! やめてくれ!」



 僕はとっさに横へ逃れようとするも、彼が伸ばした手に捕まった。そして腕を首に回されて、力付くで投げ飛ばされてしまう。


 その拍子で辺りのガラス管が弾けて割れた。飛び散る液体は、凍りつくかと思うほど冷たかった。



「ううぅ……。許せない……」



 変異種は小さく唸った。かろうじて聞き取れた言葉は怨嗟に満ちている。


 追撃に振り上げられた拳は、首を曲げて避けて、すかさず立ち上がった。僕が構えると、相手も前かがみになって威嚇した。


 静寂、張り詰める緊張の糸。そこでようやく相手の姿を観察できた。


 相手はどうやら少年らしい。僕より一回りは小さく、体の線も細かった。しかし性質は獰猛で、憎悪に満ち溢れる牙からは、明確な殺意が感じられた。



「クソッ……。やるしかないか……!」



 変異種はまたもや突進してきた。部屋が震えるほどの奇声を撒き散らしながら。


 今度は避けない。真っ向から肩でぶつけあっては、力での押し合いになった。一進一退の互角だ。



「許せない、許せないぃぃ!」



 変異種は変わらず唸る。



「待て、僕の言葉が分かるよね? 話を聞いてくれないか」


「うっ……うぅぅ」


「やっぱり。ゾンビ同士なら会話ができるんだ。争うのはやめよう。僕達が潰し合っても喜ぶのは――」


「うわぁぁ! 渇く渇く渇くーー!!」



 変異種が右手を振り払った。まともに食らった事で、僕は真横に転ばされた。


 割れたガラス管から溢れた液体で濡れた床は、氷のように冷たかった。そこから逃れようとしたが、すかさず変異種が飛んだ。僕の腹に馬乗りになって首をしめようとする。



「クッ……やめろよ……!」



 締めつける力は強烈だった。首筋はパキ、パキと硬い音を響かせては、少しずつ歪んでいく。相手を振りほどこうにも、まったく歯が立たなかった。


 背中からは凄まじい勢いで体温が奪われていく。



「許せないって、何がだ。どうしてそこまで……!」



 僕が呟くと、首を締める手がビクンとはねた。それから、さらに力が強められた。



「この世の全てだ! エデンも、アームズも、何もかもが許せない!」


「だったら僕を殺しても無意味だ……。むしろ、早瀬が喜ぶだけ……!」


「許せないんだ! アイツは、早瀬だけは絶対に!!」


「だったら君は戦う相手を間違えてる!」



 僕は、片手を真横に伸ばし、転がる標本を掴んだ。



「これを……。僕の言う通りにするんだ、きっと上手くいく!」


「あぁぁあ! よくもオレを! 生きたまま焼き殺したぁぁ!」


「僕らゾンビの言葉は、人間には聞き取れないんだ。分かるだろう? 裏をかけるってことだ」


「あいつら、オレを焼いたんだ! 笑いながら、指をさして!」


  

 変異種は叫ぶとともに、力任せに頭を引きちぎった。



「やめ、やめろ! 僕の話を――ギャアアアア!」



 僕はもはや抵抗する事はなかった。両手を放り投げて倒れる。


 変異種の右手には、苦悶の表情に満ちた顔がぶら下がっていた。その様子は上階からも見て取れた事だろう。



――ワッハッハ! どうかねレアボイル殿。うちのプロトタイプがやってみせましたとも!


――本当に倒したんだよな? ずいぶんと呆気ないような。


――始終、圧倒しておりましたよ。エデンの科学力がゾンビウィルスを凌駕し、打ちのめしたという、歴史的瞬間でしたな。



 早瀬が、横にいた白衣の男に何かを告げた。すると3名ほどの研究員が、この部屋に踏み込んできた。


 彼らは銃を構えていたが、独特な形をしていた。



――制圧開始!



 バン、という音とともに、変異種の身体に電撃が駆け抜けた。青白い光が走ったかと思うと、彼はその場に倒れた。


 あとは研究員たちが変異種を部屋の片隅まで持ち運んでいく。彼らの手には金属製の腕輪があった。拘束具か何かだろう。


 そちらの作業が終わる前に、また誰かがやってきた。したり顔の早瀬と、ピストルに手にしたアイザックだ。



――約束は守っていただきますよレアボイル殿。天然の変異種を調べる事の出来る、またとない機会ですから。


――しつこいんだよ。好きにしろといったろ。その代わり、ちゃんと殺したか確認してからだ。


――えぇもちろん。目に穴が空くほど、ご覧遊ばせ。



 早瀬たちが歩み寄ってくる。僕は今も両手足を投げ出したままだが、全身を見られてはいない。巨大な標本が、僕の身体の大半を隠すからだ。


 足音が近い。迫る。僕は飛び出すべきタイミングを、今か今かと待ちわびた。



――おい早瀬! こいつ、頭がくっついたままだぞ!


――なんですと!? 確かにこの眼で見たのに……。


――これが手品のタネだ! 標本のゾンビの頭を使ったに違いない、小賢しい真似しやがって!



 床に転がる他人のゾンビの頭を、アイザックは蹴り飛ばした。


 その瞬間には、僕は飛んでいた。狙うはアイザックの首。



「村ではよくもやってくれたな!」



 振り抜こうとした拳。それは頬に届かず、皮一枚で避けられた。代わりに腹と胸に蹴りを浴びせられ、数歩だけよろめいてしまう。



――くたばれ化物!



 アイザックが大口径の銃を抜いた。射撃音、僕の身体は壁まで吹っ飛ばされた。



――初めからこうすりゃ良かった、何がプロトタイプだフザけんな!



 追撃の射撃がくる……かと思われたが、他所から悲鳴があがった。研究員たちが「動いたぞ」と叫んでは、もう一度電子銃を構えようとする。


 その3人は1人残らず、変異種の彼によってなぎ倒された。

 


――マジかよ! こっちも動けんのか!?



 アイザックが構え直すも、変異種の方が速かった。いまだに煙がくすぶったままで、大きく飛んだ。鋭い牙と両手の爪をきらめかせた。


 その攻撃は早瀬に向けられていた。



――あっ、助け……!



 言葉は最後まで続かない。生身で攻撃を受けた早瀬は、頭が胸につくほど首を曲げられた。ついで踏みつけられた腹も花火のように弾けて、辺りを真っ赤に染めた。


 絶叫するだけの時間もない、即死だった。



――このクソッタレが! 敵を増やしてんじゃねぇよ!!



 アイザックは標的を変異種に変えた。立て続けに強烈な射撃を浴びせていく。


 至近距離の弾丸は、強固な変異種にとっても痛烈だった。赤黒い肌が弾けるとともに、四肢は砕かれ、無敵の身体はズタボロになってしまう。


 アイザックが撃ち尽くしたころ、変異種は脳天に風穴まで空けられて、静かに倒れた。



――何が「ここが最後の砦になりますよ」だ、早瀬! むしろ悪化してんじゃねぇかよ!



 そう吐き捨てたアイザックは、さらに奥へ向かって駆けていった。


 僕は変異種の彼を抱き起こした。



「おい、しっかりしろ!」


「やったよ。オレは恨みを晴らしてやった。もう少し苦しめてやりたかったけど、恨みを――」



 そこまで言うと、彼の身体から力が抜けていった。そして急速に灰化しては、形も残さず崩れた。



「……アイザックを追いかけよう」



 物言わぬ身体となった彼に、静かな黙祷を捧げてから、先を急いだ。


 通路は一本道。遮る扉もなく、アイザックに追いつくのは簡単だった。


 彼は突き当りの部屋にいた。そこは薬品棚とおぼしきものが張り巡らされた場所で、保管庫のように思えた。室内はひんやりとしていて、棚もガラス扉がついている事から、冷蔵室という方が正しいかもしれない。



――チッ、もう来やがったか!



 アイザックは部屋の中央の机に立ち尽くしていた。その手には小箱があり、蓋は空いていた。中には薬瓶が詰め込まれている。



――テメェに殺されるくらいなら、オレはやるぞ。世界最強のゾンビになって、テメェをぶっ殺してやる!



 そう叫んでは、アイザックは注射器を手に取った。それを頭上に掲げて、たいした躊躇もなく、自身の腹に突き立てた。


 

  

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