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第31話 内壁を越えて

 体中を凍てつかせる強烈な寒気。抗いようなどなく、四肢の自由が奪われてゆく。やがて痺れを伴なっては、全身の隅々にまで伝播していった。



「くっ……これくらいで……!」



 起き上がろうとして、アームズに胸を蹴り飛ばされた。反抗するだけの余力は無い。



――なんだコイツ。変異体らしいが、すばしっこいだけじゃね?

――おい! そんなザコは放っておけ! 向こうのやつはなかなかの手練だぞ!



 アームズたちは僕に背を向けて、門前の方に銃を構えた。手を伸ばせば奴らの背中に届く。それでも、起き上がるどころか、身動ぎすらできなかった。


 弾は効かないハズなのに、なぜ。痛烈なまでの困惑と、そして無策に突貫した後悔。僕の思考は真っ白だった。



「こんなハズじゃ……どうして……!」



 ロッソは懸命に反撃を試みた。壁のでっぱりに身を潜めて、そして撃ち返す。1人、ロッソの銃撃が片腕を負傷させた。


 しかし多勢に無勢だった。旗色はみるみるうちに悪くなり、ロッソも壁に引っ込んでしまう。



「チィッ。ここじゃダメだ! もうちっとマシなとこへ!」



 ロッソは叫ぶと、身を屈めながら疾走した。そして、群衆を盾にしながら位置を変えようとする。


 内壁に押しかけた避難民達は、頭を抱えて伏せているものの、いまだに数は多い。


 上手いと思った。これでは誤射の懸念から、アームズ達も迂闊に撃てないだろう。ロッソもそれを狙ったはずだった。



――構うな! 下層民など何人死なせても良いから、とにかくあの男を撃ち殺せ!



 僕は耳を疑った。すると、アームズ達は再び銃を構えて撃ち始めた。


 その雨のような弾丸はロッソの身体をかすめる。同時に響く無数の悲鳴。男が、女が、老人が、少年少女が、瞬く間に全身を真っ赤に染めた。


 むごたらしいまでの惨劇は、ゾンビと化した僕でさえ息を飲むほどだった。



「なんて奴らだ……!」



 身体よ動け。動いてくれ。念じても関節ひとつ曲がらない。それどころか視界が明滅して、耳も遠くなっていった。


 まさか、こんな所で終わるのか。望海は、村は、滅びるしかないのか。


 心で後悔の念を燃やしても、指先に伝わるものはない。ただ、死にゆく者のように投げ出されるばかりだ。



「どうか、もう一度奇跡を、何だっていいから……」


 

 霞む視界にアームズの誰かの足が見えた。その両足の隙間に、僅かながら門前の光景が見えた。


 死体。新たな死が量産されている。その地獄の中で見つけたのは、子供を抱える女性の姿だった。



――誰か助けて! せめてこの子だけでも……!



 叫んだ彼女の喉に、鮮血が舞い散った。幼い子供の背中も赤くなる。折り重なるようにして倒れる2人。スローモーションのように、ゆっくりに見えた。



――ハッ、クズどもが。邪魔クセェんだよ!



 アームズがそう言った。口元も歪ませた。笑っている。嘲笑っている。耳障りな奇声すら漏らしていた。



「どうしてお前らは……!」

 


 僕の腹に重たい物が落ちた気がする。ふつふつとしたマグマのようなもの。それが何かを呼び覚まし、突如、全身が熱く焦がされていく。



「いつもそうだ、今だけじゃない。ずっと、ずっとそうだった……!」 



 何がお前たちをそうさせる。何の権利があって人を傷つける。その想いは言葉にならず、代わりに爆発的な怒りが吹き出してきた。



「どうしてお前らは笑っていられるんだ!」



 身体を「く」の字に折り曲げてから、飛び起きた。周囲のアームズ達は動揺を隠そうともしなかった。


  

――お、おい! 後ろ!

――こいつ! まだ動けるのか!?



 近くのアームズたちが振り向き、射撃を浴びせてきた。それらは全て赤黒い肌が弾いた。さっきと打って変わってダメージは皆無。今度は腕も平気だった。


 それを脇目にしつつ、アームズたちを睨みすえた。見えるのは絶望、驚愕、絶望。


 ゆるりと睥睨した僕は、門前の方を怒鳴りつけた。



「聞こえるかロッソ! 撃たれた人たちを噛むんだ! 1人残らずだぞ!」


「いっ……イエス、ボス! 任せてくれ!」



 返答を聞き流すと、僕はふたたびアームズたちを見た。今も恐怖と驚愕に歪んだ顔ばかり。汚らしい笑みを浮かべる奴は見当たらなかった。



――撃て! とにかく撃ちまくれ!



 射撃は鬱陶しいくらい続いた。しかしそれも、やがて撃ち尽くしてしまう。弾倉をまさぐってリロードするタイミングで、僕は地を蹴った。



「もうお終いだ、覚悟しろ!!」



 一気に距離を詰め、1人の腹を拳で貫く。そのまま腕を払って腹を割いた。隣の兵士の顔面に爪打を当てて怯ませ、腹を蹴った。頭から地面に激突して動かなくなる。



――撃て! 撃て! なんでも良いから変異種を止めろ!



 殴って首を飛ばす、あるいはへし折る。射撃の第二波が浴びせられるも、数は半数にまで落ち込んでいた。


 それら全てを討ち果たすのに、大して時間はかからなかった。



「ロッソ、壁のやつらを片付けたよ!」


「こっちもどうにか終わったぜ」



 ロッソが、門を開けてくれとハンドサインを示した。僕は壁の内側に入り、鉄扉を開こうとした。閂を外して、外に向かって押し開く。


 だがその時だ。中央区の方が唐突に騒がしくなった。複数台の装甲車が、北嶺区に向かって移動しているようだった。



「クソッ。奴らが来ると面倒だな……」



 装甲車の付近には、今も避難民の群れがまとわりついている。軍人も非戦闘員も、一緒くたになった形だ。あれとどう戦うか。無闇に民間人を巻き込む事は避けたい。


 すると、門前で光景が変わった。倒れ伏した人たちが、関節を不自然に曲げながら立ち上がったのだ。


 そして白濁した瞳を見開いて、叫ぶ。



「アァぁぁ! 渇く! 渇くーーッ!」



 ゾンビ化した住民は機敏だった。彼らは迷うことなく、中央区から来る一団に襲いかかった。


 これは想定しなかったのか、アームズも避難民も一斉に混乱し始めた。


  

「なるほど。いい戦術だなリンタロー。あんたの策はもの見事にハマったようだぞ」


「いや、僕はただ、皆を死なせたくなかっただけ」



 門を通り抜けたロッソが傍らで微笑んだ。皮肉ではなく、本当に感心したようだった。

 

 ゾンビたちはそれぞれが「渇きの萌芽」を芽生えさせた。高らかに叫び、理知もなく暴れ狂い、片っ端から避難民に食らいつく。そして肉を食われた人間たちも同じ末路を辿っていった。


 

「こうしてみると、エグいくらい増えてくな。ねずみ算ってやつだ」


「うわぁ……。ちょっと考えたら分かる事だけど、うわぁ……」



 暴れまくるゾンビたちの先頭に、さきほどの母子がいた。2人とも仲良く咆哮を響かせては、獲物を狙い定めて食らいつく。親子で分かち合うように、同じ人間の身体を。



「まぁ、あれだよリンタロー。気にしなくて良いべ。オレたちはエデンと敵同士なんだからよ」


「う、うん。そうだけど。ここまで荒らすつもりはなくて……」


「ともかく今はゾンビ薬だよ。さっさと行こうぜ」


「そうだね……」



 僕たちはとうとう内壁を突破した。きらびやかなる北嶺区の街を、ロッソと肩を並べて駆けていった。


 時々遠くから幼い声が聞こえた。「人間のお肉おいしいーー!」と叫んでいる。


 僕は聞こえないフリを決め込んだ。

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