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第29話 エデンふたたび

 僕たちの進軍は風のようだった。渓谷を飛び越え、断崖絶壁をフリークライミング。わざわざ悪路を行くのはメリットがあるからだ。


 道路にどれだけの敵が待ち受けているか分からない。仮に検問や関所があれば、掃討な足止めを食うだろう。


 今はとにかく先へ。速度重視だった。



「村からだいぶ離れるな。もう少し守りも考えるべきだったろうか」


「ずいぶんと気がかりらしいな、心友」


「可能性は低いけど、アームズの一隊が襲うかもしれない。それと、心友呼ばわりはやめて」


「後ろ髪引かれる気分ってやつか? そのために他のミュータントを村に残してきた。アイツらだけでもそこそこ戦える。杞憂だろうよ」



 パイソンの言うように、戦闘可能なミュータントを2名ほど村の防衛を任せた。彼らも戦力になるが、巨体はやたら目立つ。大勢連れる事は諦めて、案内役のパイソンだけ同行させたのだ。



「とにかく先を急ごうぜ。気になるってんなら、悩んでる時間ももったいねぇ」



 パイソンが論理的に諭すと、大岩を一息で飛び越した。するとその背中からは、本日何度目かの悲鳴が響き渡る。


  

「ひぇぇぇ! もうちっと安全に運べよなぁぁ!」



 こんな移動ができるのは変異種だけだった。そのため、ロッソはパイソンの背中に張り付いているのだが、飛んでも登っても振り落とされそうだった。



「うっせぇぞ新入り。敵に見つかるだろうが」


「あぁぁぁ敵に見つかる前に死神のターゲットだぞ、こちとらぁ!」


「敵が近かったら、気絶させてでも黙らせるからな」



 無慈悲な言葉を吐いたパイソンは、僕に寄り添いつつ並走していた。森の中をましらのように駆けながら。



「ところで心友」


「その呼び方はやめてくれって」


「もうじき敵の新拠点に差し掛かる。襲うのか?」



 パイソンが仄めかしたのは、位置からしてエターナルだ。かつて僕が命を落として、ゾンビと化した因縁の地だ。



「戦ってるだけの暇が無い。でも、敵の動きが気になるな」


「だったら偵察だけでもどうよ。ちょうど監視できそうな場所を知ってんだ」


「案内してくれ」



 僕はパイソンの裏についた。やがて足並みを落として、気配を殺すと、大きな穴に潜り込んだ。


 ここは崖の上だ。穴に潜みながら、崖下の様子が見て取れた。確かにエターナルに違いない。


 僕が見た当時よりも、いくらか発展していた。



「輸送車が多く停まってるね。物資を持ち出してるんだろうか」


「オレたち外回り組が何回も襲ったからな。警備は厳重だ」



 パイソンが誇らしげに言う。ワゴン車から持ち出された荷物は、バケツリレーの要領で街なかへと運ばれていく。小型の包みばかりで、その中身は分からない。



「どうすんだよリンタロー。アームズはいねぇが、保安官部隊が2隊ほどいるな。こいつらが村に襲いかかったら危ないかもしれねぇ」ロッソが舌打ち混じりに言った。


「保安官は外征もやる?」


「いや、滅多にない。捜索やら偵察は命じられるが」


「それなら今は大丈夫かな。でも、エターナルが完成したら、そうも言ってられない。村に近すぎる」


「新たな拠点と思いきや、実はゾンビ村に対する出城でしたと。おっかないねぇ」


 ロッソの物言いはどこか他人事だ。実際にそう感じてるというより、もともとそういう性質なのだろうか。


 一方でパイソンは血気盛んだ。



「やっちまおうぜ。街が完成したら厄介だ。この程度の数なら、オレ1人でもやれるぜ」


「だ、そうだが。どうするよ、新村長殿?」


「その言い方もやめてくれ……。パイソンの意見も一理あるけど」



 崖下に広がる街には、数十人の労働者に加え、保安官が数名ずつに分かれて均等に配置されていた。


 ここで襲うか、先を急ぐか。もしかすると、ゾンビ薬の情報が手に入るかもしれない。


 心が揺さぶられていると、ふと、労働者の動きが気になった。



「ロッソ。崖の近くで、労働者が何か埋めてるよ。何だと思う?」


「ありゃ地雷だな」


「地雷……!?」


「敵には思ったより備えがあるぞ。まさか街の外じゃなくて、内に仕掛けるとは……エグすぎんだろ」


「労働者がうっかり踏んだら爆発するよね?」


「だから不用意に歩き回るな、くらいは言われてるだろう。安全よりゾンビ対策の方が上か。お偉いさんってのは、労働者を何だと思ってんだろうな」



 僕は穴に隠れながら、エターナルから遠ざかった。



「敵には備えがある。ここの動きも気になるけど、今はやっぱりエデンに直行しよう」


「この街をブッ潰すときはよ、オレに先陣を任せてくれよ。良いだろ心友?」


「この呼び方は……。まぁ、いいや。先を急ごう」 



 何が嬉しいのか、隣で駆けるパイソンは小躍りを交えていた。僕は声をかけようとして、やめた。ここはもう敵地だった。


 僕たちが進むのは悪路だ。鬱蒼と茂る森を見つければ突入し、橋を見かければその下に潜んだ。


 とにかく敵の目を欺かねばならない。アームズだけでなく、輸送部隊にも警戒した。



「おっ。見えてきたぜ。あそこが人間サマの拠点だよ」



 森の木々に潜みながら、大平原に佇むエデンを見た。広大な都市を覆う高い壁、そこから頭を突き出すビル群。ゾンビ村と比べたら、規模も文明度も桁違いだった。



「確かにエデンだ。こうして見ると、やっぱデケェよな」



 ロッソが感心して言った。それには僕も同感だ。目に見えるビルだけでも数え切れないのに、壁に隠れた建物はそれ以上に多い。平屋だの工場だの掘っ立て小屋まで含めたら、無数と言ってよいくらいだ。



「ようし。ここまで順調に来れたな。さてどうするよ?」



 パイソンが木々の隙間からエデンを見た。指をごキリと鳴らす。やる気に満ち溢れているようだった。



「ロッソ。研究所があるのはどの辺り?」


「北嶺区だ。北の高台一等地。重要拠点やお偉方の豪邸だらけ。オレもだいたいの位置は把握してる」


「北嶺区ということは、警備も厳重だよね」


「内壁の中だからな。外壁を突破しても、そこで足止めをくらいそうだ」


「ということは、なるべく静かに、気づかれないように潜入すべきだけど……」



 そこでパイソンの巨体を見た。彼は今も期待の眼差しで僕を見ている。


 僕はパイソンの肩を、労うように叩いた。



「おつかれ。道案内ありがとう。後は僕らでやるから帰っていいよ」


「おいおい、そりゃねぇよ心友! オレは世界でトップクラスの豪傑だぞ!? 働きどころなんて腐る程あんだろ!」


「アンタは目立つんだよパイソン。大人しくしてくれたほうが助かるんだわ」ロッソが僕を真似て反対の肩を叩いた。


「やめろやめろ! オレにだって活躍したいっつの! 何かやらせてくれ、頼むよ!」


「そう言われてもなぁ」



 僕はエデンを遠目に呟いた。外壁は高く、壁を守る保安官の数も多い。もし騒ぎになれば、エデン中の兵士が集まることだろう。


(別に、律儀に壁や門を突破する事はないんだよな……)


 エデンの外壁は鉄壁ではない。抜け道があることを僕は知っている。電気技師時代に、壁内部の仕事を請け負った経験があった。



「じゃあパイソン。1番危険だけど、1番派手な仕事を任せようか?」


「いいね、そういうの! やらせてくれ。バッチリきめてやるよ」



 パイソンに委ねるのは陽動だ。なるべく驚異的で、目立つ存在が良い。まさにうってつけの役目だ。少なくとも、潜入よりも遥かに向いている。


 

「分かった。やってもらおうか。繰り返すけど、とても危険な役目だよ。危なくなったら逃げてくれ」


「オッケー。たっぷり敵の注意を引き付けてやるぜ」



 パイソンが森から抜け出した。そして、平地に出るなり、木々が震えるほどの咆哮を響かせた。



「やいやいやい! オレはミュータント界の新星爆発こと、パイソンだ! この姿を見た奴は残念だったな、なんもかんもお終いよ。今日がお前らの命日だーーッ!!」


 パイソンが口上を叫ぶと、エデンはにわかに騒がしくなった。



――おい、あれを見ろ! とんでもねぇ化物がでたぞ!

――すげぇ声で喚いてやがる! いったいどんな事を叫んだんだ!?

――とにかく守備隊長に報告だ! 警報も鳴らせ!



 サイレンがけたたましく鳴り響き、壁の上は大勢の保安官で満ちた。その中にはアームズの姿も混じっている。



「リンタロー。どうやらデカブツは成功したみたいだな」  


「よし、僕たちも行こう。決して目立たないように」



 僕たちは身を屈めながら、ヘドロの川沿いに歩いた。それは排水溝。地面から突き出た土管からは、汚水がとめどなく流れていた。それが汚い川となって、森の方へ続いていた。



「鼻が曲がりそうだぜ。ゾンビになってから、むしろ嗅覚が増したような……」


「この臭いはしばらく続くよ。我慢して」



 僕は、下水溝の土管の脇を通り過ぎ、壁の傍まで歩み寄った。そこは大きな鉄格子があり、僕たちの侵入を拒んだ。


 しかし構造は理解している。格子の隙間から手を差し入れて、金具をひねる。金属の軋む音。それだけで内鍵は開いた。



「行くよロッソ。ついてきて」


「あ〜〜ぁ。こんなとこ、ドブネズミかコソ泥しか使わねぇよ」



 僕たちは下水路へ踏み込んだ。ここはもうエデンの中だ。やはり感慨深いものは何も無かった。


 遠くからパイソンの怒声が聞こえる。無数の射撃音もだ。


 僕は今、故郷に仇をなそうとしている。少なからず血も流れるだろう。そこに悩みなどない。とにかく薬が欲しくて、胸には今も焦りが居座っていた。。

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