第24話 攻防戦、ふたたび
村長が村の辻までやって来た。そのあとを康太と縁里がついてくるのだが、3人とも髪の毛に木の枝を刺していた。それもおびただしい数の枝を。
意味のある装いとは思えず、周囲の視線が徐々に鋭くなっていった。
「ほっ、ほっ、すまんな皆の衆。遅れてしまったが、何かあったのかね?」
「村長、何を遊んでたんだ! 今はとんでもない事になってんだぞ!」村人の1人が声を荒げた。
「いやすまぬ。子供たちに遊ぼうとせがまれてな」
すると縁里が「極秘ミッションなの!」と笑い、康太も「ゴクヒだぞ、すごいんだぞ」と、枝だらけの頭でふんぞり返った。
しかし事情を説明すると、3人とも青ざめては枝を払い落とした。
「それは、真かね? 人間の軍隊が大挙して攻め寄せていると?」
「そうみたいだよ。見て、あっちの空を」
僕が東の方を指さそうとした時、1つの咆哮が響き渡った。それもやはり東方面から。続いて、発砲する音も重なっていく。
「始まったようだね……」
無数とも思える射撃音。どれだけ激しい戦闘なのか、想像もつかなかった。
「村長、さっさと逃げようぜ。パイソン達が戦ってるうちにさ!」村人が僕を押しのけて言った。それに2人3人と同調した。
「彼らを見捨てるというのかね? それは出来ぬ相談だ」
「アイツらは無闇に人間を刺激したんだ。それを悪いとも思っていないし、オレたちを見捨てるような事も言ったぞ。そんな奴に義理立てする必要があるかよ?」
「落ち着け。今ここで村を離れる事も危険なのだ。冬が来る。すでに夜は冷える。村を捨ててしまえば、その先に待つのも滅亡なのだ」
「そりゃ分かるけどよぉ」
「もうしばし、様子をみよう。いよいよ危ういとなれば、その時は逃げたら良い」
村人たちは納得したようではないが、ひとまず黙り込んだ。
僕は、やはり肌にざわめきを感じてしまう。村長の決定は、一見して冷静で理知的だと思う。だが何か見落としているようにも思えて、つい見渡してしまう。
タネばあさんに抱きしめられた康太と縁里。不安げに視線を落とす村人たち。望海は、僕を支えながら、道端の方に視線を落としている。
その中で唯一、ロッソだけが別の方を見ていた。南の空を仰ぎながらため息をつく。
「あ〜〜ぁ、まぁそれが定石ってやつかな」
「いったい何のこと?」僕の問いに、彼はかぶりを振った。
「タイムアップってやつかな。あれを見てみろ」
ロッソの指差す方を見ると、そこにも土煙が見えた。いつの間にか、大きな煙は東と南に二分されていた。
「これは一体……」
「二手に分かれたってことさ。エデンのやつらは正確に把握してんだろうよ。ミュータントやら、この村の存在を」
「じゃあ南に見える土煙は」
「別働隊だろ。片っぽがミュータントと交戦しながら、暇な奴らで村も襲う。敵軍の半分くらいがコッチに来るんだ、こりゃもう投了かな」
ロッソの言葉に村人はパニックに陥った。意味もなく右往左往して、あるいは誰かの肩を掴んで、喚き散らした。もちろん村長にも詰め寄った。
「おいい、どうすりゃ良いんだよ! 敵が攻めてくるってよ!」
「いや、落ち着け。南の森は整備されていない。川だの岩場が多いのだ。車で走れるような道などない」
村長が懸命にまくしたてるが、ロッソは鼻で嘲笑った。
「おあいにくさま。アームズの第2軍以上なら、地形なんて関係なく行軍できるぜ。車なんて適当な所で乗り捨てて、徒歩でくりゃ良い」
火に油とはこの事だ。村人たちは、蜘蛛の子を散らすように走り出してしまう。
「いやだぁ! まだ死にたくねぇ!」
東と南は敵が待ち受ける。西は深い渓谷。残るは北へ行くしかなかった。
しかし僕は、駆け去る背中を怒鳴りつけた。
「ダメだ皆! うかつに逃げたら、それこそ危ないぞ!」
「えっ……。でもよぉ神様。今度は絶対ヤバいって! 前んときより大勢が攻めてきてんだろ?」
「敵は強い。撃てば正確無比、崖を秒で登り切るような連中だよ。逃げ切れるとは思えない」
「そんな事言われてもよう……だったらどうすりゃ良いんだ!」
「僕たちの利点を最大限に活かそう。そして時間を稼ぐんだ」
「時間を稼いで、どうするんです?」
「僕らの生存ルートは2つだ。1つは、勝利を収めたパイソンたちが戻ってきて、こっちで応戦してもらうこと。でもこれはあまり頼りにならない。下手したら見捨てられる可能性もある」
村人たちは反論しなかった。僕は手堅い方を第二案として出した。
「夜までしのぐ。そして、辺りが真っ暗になったら北へ逃げよう。こんな昼間に逃げ出すより、ずっと生存率が高いよ」
「夜が来るまで、敵が待っててくれますかね」
「そのためには僕たちも応戦する必要がある。でも基本的には守りだ。時間が稼ぐのが目的だからね」
村長に目を向けると、祈る仕草が返された。任せるという意図だろう。
そして僕は伝えた。前回と同じく、村中に潜む戦法だ。違いがあるとすれば新戦力だろう。
「ロッソも協力してくれる?」
「構わねぇぜ、やってやる。赤腕章のやつらは、青腕章を見下してたからな。一度くらいは一泡吹かせてやりてぇ」
「頼もしいよ」
「だが条件がある。村で銃とか押収したろ。銃弾を全部よこせ。どうせお前らは使えねぇんだし」
「わかった。その代わり、ナイフや警棒は分配するからね」
「いいだろう。ナイフは自前のを使う」
僕たちは慌ただしく動いた。先日の保安官から奪った武器を手に持ち、家屋や倉庫、そして丘の下に身を隠した。
空を見上げる。陽はいくらか傾いているが、暮れには遠い。何度交戦する事になるだろう。無事である事を祈るばかりだ。
「どうよリンタロー。敵さんの姿は見えてっか?」
納屋に身を潜めながらロッソが言う。傍らで望海も僕を見た。
双眼鏡で南の森を見る。静かだ。しかし、虫の音すら消えた静寂に、脅威の気配が感じられた。
「来たよ」
僕が告げると、望海が指笛を吹いた。ピューーヒョロロと2回。この辺りにトンビがいないことは、村人なら理解している。
「6人、迷彩服、自動小銃。2列に並んで倉庫脇に辿り着いた」
「そうかい。もっと近くに寄ったらブチ殺してやる」
ロッソが銃を片手に言った。カチリと小さな音。安全装置とやらを外したのだろう。緊張感に腹が締め付けられるようだった。
「辻で3隊に分かれた。東西と北。それぞれ2人ずつだ」
「どうするの、リンタローくん」
「予定通り。下手にタイミングを考えなくて良い。皆には、眼の前の敵に集中するよう伝えて」
望海が指笛を響かせた。それで意図は伝わったと思う。あとは上手くいくことを祈るばかり。
西に向かった2人が、納屋を通り過ぎた。するとそこへ、3人の村人が襲いかかった。立て続けに2人を噛んで無力化した。
――ギャアアア! 出た、出たぁーー!
その悲鳴が残りの敵をおびき寄せた。北に向かった者は稲架を蹴倒しては、田んぼを横切っていく。東側の敵はまっすぐ道沿いに倉庫まで駆けつけた。
最初に仕掛けた3人のゾンビは格好の的だった。飛び交う弾丸に脅かされながらも、隣の家屋に逃げ込んだ。
すかさず追撃しようとするアームズたち。そこを襲ったのはロッソだ。
「オラオラぁ! いつぞやは出来損ないだの非モテ弱男だの、散々笑いやがったな! 死にやがれ!」
突然の銃撃に、4人の敵は明らかに動揺した。
――うわっ、撃ってきたぞ!
――とにかく撃ち返せ!
ロッソは瞬く間に、田んぼに立つ2人を撃ち倒した。残りは東側から来た2人。奴らはその場で膝をつき、自動小銃を構えだす。
しかし、その背後から予想しなかった存在に襲われてしまう。
「アァぁぁぁあ! 渇く渇く渇く!」
僕らの最大の武器。それは感染だ。噛みつけばこのようにして、味方に引きこむ事ができる。実際、西側を探索した2人も、今や立派なゾンビだ。
――うわぁ! やめろ、助け、アァァーー!!
ゾンビ化したアームズたちは、次々と生者に襲いかかった。そして本能の赴くままに血肉をむさぼる。
あの様子では、食われた方はゾンビ化しないだろう。でも、ほとんど無傷で6人も倒せたことは朗報だった。
「よしよし! 銃を奪え、銃を! そんだけありゃもっと殺せるぜ!」
ロッソが駆け出そうとする。しかし彼は何かに気づき、その場で伏せては、這いずりながら納屋の裏まで戻ってきた。
次の瞬間、耳をつんざくほどの銃声が鳴り響いた。鳴り止まない射撃音。無数の弾丸で撃ち抜かれたのは、今しがたゾンビになったばかりの2人だ。
迷彩服を真っ赤に染めた身体が、力なく路肩に倒れ伏した。
「第二波が来た……かなり多い」
僕は双眼鏡を片手に戦慄した。次にやって来た敵兵は、24人。8人で3つに分かれている。もちろん銃で武装した連中だ。
「一度にあの数と戦うのか……」
空を見上げる。まだ陽は高い。
「これは僕も覚悟を決めないとな」納屋の裏手で地面に突っ伏したところ、望海が僕の肩に手をかけた。
「リンタローくんはもっと安全な場所に逃げて。その身体じゃ戦えないよ」
「大丈夫。行き倒れのフリをするから。うまくいけば、1人くらい噛めると思う」
するとその時、爆裂する音が響いた。アームズ達が何かを放り投げている。手榴弾だとロッソが呟いた。
標的は家屋で、まず倉庫が被害を受けた。何個も手榴弾が投げつけられると、建物は根本から倒壊した。
「まずいな。アレじゃあ、隠れててもやられちゃう……」
村に侵入したアームズたちは隊列を変えてきた。3つに分かれた部隊は、間隔を広くとりながら、同じ方へ進んだ。分散するつもりはないらしい。
「おいリンタロー。そろそろ腹くくれ。こっちも被害を覚悟しなきゃ倒せねぇぞ」
「分かってるけど……」
アームズたちはまず東側に向かった。そこには早見鳥夫妻を始めとした4人程が潜んでいる。
さすがに多勢に無勢だ。望海に撤退の笛を吹かせよう。皆はきっと物陰を経由しつつ、隠れながら下がってくれるだろう。
「望海。東側のチームに連絡を――」
僕が良いかけたときだ。突然、木々がざわめくほどの咆哮が鳴り響いた。
「このクソ野郎ども! オレの庭で好き勝手やるんじゃねぇーー!」
地響き。それと巨人の群れ。ミュータント達4人が村に戻ってきたのだ。
しかしアームズ達は素早い。整然とした動きで、パイソンたちに標的を切り替えた。
――撃て、ミュータントが来たぞ!
――先行部隊はもうやられたのか、これだから第三どもは!
――とにかく撃て! 撃ち殺せ!
一斉射撃の威力は凄まじかった。何十もの銃口が火を吹くさまは、この世の終わりすら想像させた。
しかし、パイソン達は怯まない。両腕で十字を作って頭を庇う守りの態勢に入った。彼らの外皮は弾丸に削られるものの、傷は極めて浅く、飛び散る血の量も少なかった。
――くっ、これに堪えるのか、化物め!
――リロードだ! もう一度一斉射撃!
慌ててマガジンを取り替えようとするが、その隙をパイソン達は見逃さない。両腕を振り上げながら猛然と駆け出した。
「死ぬ準備はできたか、テメェラ!」
敵軍の中にパイソンが切り込んでは、両腕を振り抜いた。何メートルも人が飛び、あるいは潰された。
旗色が変わる。アームズたちは引きながら、拳銃に持ち替えて射撃した。しかし、正面のパイソンだけでなく、背後に回り込んだミュータントも暴れ出した。そちらは3体。敵は総崩れだった。
「へっへっへ。たわいもねぇなぁ!」
勝利宣言を出したパイソンの足元には、死屍累々と死体が転がっていた。敵はまもなく全滅。敗走すら許さない、圧倒的な武力だった。
ここまでの強さとは想定もしなかった。それは村人も同感のようで、こぞってパイソンたちのもとへ駆けつけた。
「僕たちも行こうか」
そう告げて東の方へ向かった。彼らのそばにたどり着くと、人垣が割れた。その先にはパイソンのしたり顔が見えた。
「見たか、オレの実力を」不思議と嫌な響きはしなかった。
「見せつけられた想いだよ。まさかここまでとはね」
「フン。分かりゃ良いんだよ」
パイソンが鼻を鳴らす。それと同時に、ドンという重たい音がした。足を踏みしめたのかと思う。
しかし様子がおかしい。パイソンの顔が静かに横へ流れていく。そして、無抵抗に倒れ込んだ。
「パイソン……?」
僕は何が起きたか理解できず、彼の身体を眺めていた。その胸に大きな風穴が空き、中からは赤黒い血が溢れ出ていた。
天できらめく太陽はまだ高い。日暮れまで遠い頃合いの出来事だった。




