表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/37

第21話 極秘ミッション 望海に見つかるな

 ゾンビの身体は便利だ。なにせ重体だったのに、わずか1日で起き上がれるようになったのだから。


 もっとも万全とはいかない。肌の突っ張る感覚が激しく、手足の動きはぎこちなかった。



「生死の境をさまよったほどなのに。一晩寝てここまで回復したよ」


「無茶しないでね。本当に危ないとこまでいってたんだから」


「でもさ、見たところ怪我も塞がってると思うんだけど。腕も腹も、おかしなところはないし」



 僕は身体を眺めながら、服を着替えている事に気付いた。ベージュのセーターは温かだし、デニムのズボンもほつれのない品質の良いものだった。布を巻き付けただけの散々な格好より、遥かに温かだ。


 セーターのそでやらすそをめくっても、怪我らしい怪我はなかった。ツルンとした青白い肌がある。腕に炭化した部分を残していたが、それは元からだった。



「そこじゃなくて。背中よ背中、ほら」



 望海は僕の服をたくしあげてから、2つのくすんだ手鏡を使ってあわせ鏡をしてくれた。そうして目にしたものは、なかなか酷い有り様だった。



「うわぁ……。焼けただれてるし、細かい穴が数え切れないくらい空いてるよ……」


「ゾンビでよかったね。人間だったらショック死してておかしくない怪我だったもの。縁里ゆかりなんかは『爆風外傷と刺創が大変だよ、アタシ詳しいの!』って、わめいてた」


「あの子は妙に博識だね」


「暇つぶしに本を読んでるみたい。私は字が読めないけど、あの子は覚えたらしいわ。頭が良いのかもね」


「読むのは良いけど、物はちゃんと選んでやらないと」ふとグラビア誌が書籍類に紛れてることを思い出した。


「それよりも、しばらくは気をつけてよ。だいぶ出血しちゃってるから」


「僕たちゾンビは、頭を壊されるか、血を大量に失うと死ぬんだよね」


「そういうこと」



 そこで望海はお椀を差し出してきた。中は真っ赤な液体で満たされている。朝にしめたニワトリの生き血だという。



「さぁ飲んで。そして健康を取り戻しちゃおう」 


「うん、ありがと……。自分で飲めるよ、大丈夫」 



 望海が僕を抱きしめながら飲ませようとする。脇の下から、残飯入れの片隅に転がるリンゴの香りがただよう。


 赤ちゃん扱いのようで恥ずかしい。それとなく抗議したけど、彼女は頑としてやめてくれない。



「はい、良く飲めました。えらいえらい」


「自分でやれるって言ったのに」


「じゃあ、あとはゆっくり寝ましょうね」


「唐突な子供扱いはなんなのさ。それより、気になる事があるんだけど」


「気になることって?」


「この前、人間を捕まえたでしょ。迷彩服の。名前はたしか、労祖ロッソと言ったかな」


「あの人間なら納屋に閉じ込めたよ。ほら、畑の近くにある」


「生け捕りなんだね、助かる。じゃあ早速彼のもとに」


「だめです、絶対安静。傷口が開いたら大変じゃない」


「でも彼には聞きたいことが――」


「いいから」



 僕を藁の上に寝かせた望海は、静かに歌い出した。子守唄だろうか。歌詞はなく鼻歌だけだが、ドブネズミを締め上げたような響きが、耳に心地よい。


 しかし羞恥。何よりも恥ずかしさが上回っていて、それに堪えるには気力を必要とした。


 しばらくして、屋外から声がかかった。



「おうい望海、悪いが手伝ってくれ」


「はぁい! ごめんねリンタローくん。ちょっとだけ外すけど、ゆっくり寝ててね」



 望海は小走りになって出ていった。こうなると室内には物音が消え失せ、静寂に包まれた。望海はどこか、離れた場所へ連れて行かれたらしい。



「寝てろって言われてもなぁ」



 僕は不自由な身体で寝返りを打った。


 脳裏に浮かぶのはエデン側の動きだ。聞いた話によると、新拠点のエターナルとこの村はさほど離れていないようだ。何かをキッカケにして、人間たちと衝突する可能性があった。



「すでに外回り組が戦ってるらしいけど、勝てるのかな……」



 戦況はどうか。敵の兵力は、物資は、そもそも人間は僕たちとどこまで戦うつもりなのか。停戦や和平は可能か。それとも死力を尽くして殺し合うしかないのか。


 乏しい知識を総動員して考え込む。それでもやはり、分からない事が多すぎた。そもそも僕は軍属じゃない、単なる一般人だった。



「ここはやっぱり、専門家に聞くべきだよね」

 

 

 そう思い立つと、時間をかけてゆっくりと半身を起こした。そして周囲の物音に集中する。足音が迫っては遠ざかる。たまに笑い声。望海とおぼしき気配は感じられなかった。



「行こう。たしかロッソは納屋にいるんだよね」



 納屋は村の中央付近、かぼちゃ畑の脇にある。主に農具の管理に利用するものだった。分かっている事はそれくらいだ。



「ともかく行ってみよう……」



 僕は立ち上がる事さえ難儀した。何か無いかと探して、物干し竿が壁に立てかけてあるのを見た。這いずって近寄り、棒を支えに立ち上がる。いくらか不安定ではあるが、歩くことは問題なさそうに思う。



「これでなんとか。あとは見つからないよう、慎重に行けば」



 そっとドアを開けて外に出た。ここは望海の家だった。つまり、村の南西部という事だ。


 納屋に行くにはまっすぐ北へゆけばいいが、この身体であぜ道を乗り越えられるとは思えなかった。整備された道を進むしかない。



「みんな仕事に集中してるね。助かる……」



 気配を殺しながら、ゆっくりと村の通りを歩いた。人影はちらほらと、畑なり家屋なりに見られた。しかしみんな、こちらに背を向けていたり、あるいは手元に集中していた。


 畑は収穫で忙しい。家屋の中の人たちも、炉端で縫い物に精を出しているようだ。


 今なら突破できる。杖をつきながら辻を曲がろうとした。しかし、そこへ甲高い声が響いて、僕は肝を冷やした。



「あれ? もう歩いて平気なの?」


「ひっ!? ごめんなさい……って、康太か。それに縁里まで」


「寝てなきゃダメなんじゃないの? それとも元気になった?」康太が期待の眼差しを向けてくる。


「う、うん。本調子じゃないけど、起き上がっていいみたい……?」


「それなら遊ぼうよ!」



 まぁそうなるよね、覚悟はしていた。



「アタシも遊ぶ、おままごとしよう!」



 縁里もやる気だ。さすがに子守なんてしてられない。すぐに望海に見つかって、大目玉を食らう事は確実だ。


 どうにかしてやり過ごさないと。僕は思案して、それから縁里に着目した。このアイディアならいけるかもしれないと、閃きをすぐに実行した。



「あの、縁里。ちょっと……」手招きすると、彼女は駆け寄ってきた。瞳には好奇心の光がきらめいている。


「なぁに? アタシだけ?」


「そうそう。君にだけこっそり教えてあげる。僕は今ね、秘密の作戦を決行してるんだ」


「ひみつの、作戦……!」縁里の声がうわずった。つかみは良いらしい。


「誰にも知られちゃいけない。この作戦はゾンビ村の未来を左右しちゃう、とても大切なものなんだ」


「うん、うん。アタシは何をしたらいい?」


「とりあえず僕の邪魔をしないで。それと、誰にもバレないように、いつも通り過ごしてて。康太に聞かれてもとぼけるんだよ。いいね?」


「わかった。秘密の作戦って、うんとね、えっとね、極秘ミッションっていうんでしょ。アタシ詳しいんだから」


「賢くて助かるよ。協力してくれるね?」



 縁里は「ラジャー」と叫ぶと、康太を無理やり遠くへ連れて行った。


 康太は抗議する。「なにすんだよ、兄ちゃんと遊ぼうよ」と。すかさず縁里が「だめだって。極秘の作戦なんだから」と、早くも種明かし寸前まで喋っていた。


 まぁ、それで良いと思う。急場さえ凌げれば十分だった。



「さてと。僕は納屋に急がないと」


 

 歩を進めると水田に差し掛かった。稲刈りを終えたので、今は干す工程だ。稲架に刈り取った束をいくつも引っ掛けている。それは僕にとって好都合で、遮蔽物となって視界を遮り、僕の侵入をうまく隠してくれた。


 続くかぼちゃ畑。目的地は目の前だ。辺りは無人のようで助かるな、と油断していた。すると納屋から2人の村人が現れた。



(やばい、見つかる!)


 

 僕がとっさに隠れたのはかぼちゃの山だ。豊作なのか、収穫されたかぼちゃは高く積まれており、辛うじて身を隠す事ができた。


 納屋から現れた2人は、早見鳥はやみどり夫妻だった。


 

「はぁぁ、なんかビッグニュースねぇかな。皆がアッと驚くような、ウワッと騒ぐようなさ」


「文明よ。文明の香りがする話なら、皆食いつくと思うわ」


「そんな簡単に文明なんて落ちてねぇよ。かぼちゃの隙間なんかに転がってねぇかな」



 まずい。夫の方がこっちに注目した。僕は念じる。そんな所に文明的なものなんて無い。早くどこかへ行ってくれ。


 すると念が通じたのか、夫が喉の辺りの皮膚をボリボリとかきむしるようになった。



「うえぇ……渇くな。血を持ってねぇか?」


「無いわよアナタ。お家に帰らなきゃダメでしょ」


「んじゃ戻ろうか。ネタ探しはその後だ」


「そうね。そうね」



 そこで夫妻は立ち去っていった。僕は大きく息を吐いてから、時間をかけて立ち上がった。せっかくのセーターやデニムパンツはもう泥だらけだ。



「望海ちゃんには後で謝ろう。2つの意味で」



 謝罪すべきは逃走、それと洗濯の件だ。


 それらの重たいごうを背負いつつ、ついに納屋へと到着した。ものの10分程度の距離が、長い旅路のように感じられた。



「さてと。ロッソは中にいるよね……?」



 納屋は家1軒分の大きさで、木造の、割と頑丈なつくりをしていた。ドアを押し開く。その中は窓が無いので薄暗く、ホコリの臭いが強かった。板張りの壁の隙間から差し込む日差しが、繊維質なホコリを照らしていた。


 物は整頓されている。ひとまとめにされた農具、積み上がる藁、精米に使うだろう様々な器具。他には古びたテーブルなどが端に寄せられていた。



「倉庫の惨状とは大違いだ。この半分でもいいから、あっちにも気を配ってもらいたいね」



 そうして中の様子を窺っていると、大黒柱の陰で何か動いた。息を殺すように佇むもの。大きく回り込むと迷彩服の端が見えた。ロッソに違いない。



「ひぃ! こっち来たぁ!」



 ロッソは両腕をロープで縛られており、その端は柱にくくりつけられている。逃走防止の措置だ。太ももは治療の跡があり、包帯は赤く染まっている。まともに動ける足ではないけど、念の為に拘束したのだろう。



「やぁ、僕は根須麟太郎っていうんだ。よろしくね」


「やめてくれ、オレを食わないでくれ……お願いだぁ!」


「いや、うん、もちろん。食べるつもりはないよ。ただちょっと話をしたくて」


「もう嫌だぁぁ! 誰か助けてくれぇ!」



 だめだ、会話にならない。錯乱状態かもしれない。


 しかしこの短いやり取りの最中に、1つ違和感を覚えた。



「ねぇ、僕の言葉が分かる?」


「お願いだ。逃がしてくれ、化物にはなりたくねぇよ」


「えっと、じゃあ、僕の質問に答えてくれたら村を出ていいよ。これならどう?」


「オレがいったい何したってんだよ。こんな罰を受けるような人生じゃなかったのに。あぁ神様!」


「ええと、僕の声、聞こえてますか?」


「ちくしょう! オレの武器はどこだ、この野郎! 銃さえあればお前なんか! お前なんかなぁ!」



 予想は正しかった。ロッソには、そして恐らく人間には、僕たちの言葉が届いていない。


 不思議なこともあるもんだ。相手の言葉はしっかり理解できるのに、こちらからは通じないらしい。



「どうしようか。これじゃあ情報を聞き出す事もできないな」


「勘弁、してくれ……。ウッ。オレはまだ死にたくない……ウゥッ」



 ロッソはうめきながら、縛られた両手を左胸に当てた。不整脈か何か起きているようで、顔はみるみるうちに青ざめていった。


 ここらが潮時か。彼はしばらく休ませるべきだろう。



「僕はもう行くよ。またね」



 そう言って立ち去ろうとした、その瞬間だ。突然納屋のドアが音を立てて開いた。



「こんな所にいたのリンタローくん!? どうして動き回ってるの!」


「ひえっ、ごめんなさい!」


「絶対安静だって言ったのにダメじゃない!」



 望海が駆け寄るなり、僕の手を強く握りしめた。


  

「いや、ごめんごめん。どうしても気がかりな事があって。それに、身体の方も割と平気だし」


「ダメなものはダメ! お願いだから、安静にしててよ……。リンタローくんにもしもの事があったら……」


「あぁ、うん。ごめんね……?」



 僕はどうしてよいか分からず、望海の頭を撫でた。乾燥した髪が、洗ってない犬の毛を彷彿とさせる。



「でもね、望海ちゃん。僕は遊んでた訳じゃないんだ。有益な情報を引き出そうと思って……」



 そこで顔をロッソに戻すと、ギョッとさせられた。彼は白目を剥き、泡を吐きながら、頭を左右に揺さぶっていた。心労の限界を突破したのかもしれない。



「ヒギッ……シア……オゴェ……」


「あっ」


「あっ」



 僕たちが見守る中、ロッソは頭から勢い良く倒れた。



「ちょっとヤバいよこれ! どうしようリンタローくん!」


「タネおばあさん! タネさん呼んできて!」



 結論から言うと、応援を呼ぶ必要はなかった。ロッソは間もなく息を引き取ったのだ。そしてゾンビ化して蘇った。激しい渇きを訴えたので間違いない。


 意図せず死なせてしまった事には、罪悪感を禁じ得ない。それでも、遅かれ早かれこうなる運命だったと、自分を納得させる事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ