第15話 不吉な荷車
倉庫の辺りはいつもに増して賑やかだ。村人たちは、満面の笑みで戦利品を中にしまおうとするので、僕は慌てて止めた。
「ストップ! これ以上無闇に増やさないで!」
すかさず望海も賛同して「ちゃんと整頓してからだよ!」と言った。すると、見るからに肩を落とした村人たちが、手荷物を持ったまま倉庫の外へ出ていった。大惨事を未然に防いだ格好だ。
「まったくもう、みんなして浮かれちゃって」
「気のいい人たちだよね。裏表がないと言うか」
「それは認めるけどね〜〜」
望海はそこで口をつむぐと、手当たり次第に物品を漁った。僕は少し離れて、手分けする形で調べる事にした。
「どれもこれも古いなぁ。中の配電も死んでそう」
「パイソン達は、廃墟から持って帰ってるみたい。だからでしょ」
「少なく見積もって30年前は昔の代物か。特に雨ざらしになってたのはダメだろうな」
サビにまみれたトースターの脇を叩きながら、僕は言った。蓋のガラスには酷いシミがこびり付いており、内側も真っ黒だ。とてもじゃないが蓋を開ける勇気は持てなかった。
「リンタローくん。何か使えそうなものはあるかな?」
「厳しいね。電源コードは使えそうだけど、それくらいだと思う」
「そっか。困ったね……」
「もし仮に使える電化製品、特にエアコンがあったとしても、ヌカ喜びだよ。動かすだけの電力がないからね」
「そうだよね。そこも大きな課題だもんね」
「電力を増やす事についてだけども。実を言うと、何をしたら良いか分からないんだ」
「えっ? 素材があれば解決じゃなくて?」
「うん。解決じゃなくて」
「必要なものを揃えたら『ようし僕やっちゃうよ』とか言って、ズビャッとパパッと出来たりしないの?」
「出来たりしないの」
「そう……なんだ」
望海は笑みを強張らせた。僕を買いかぶりすぎだったようで、焦りを目元に滲ませている。
「そうと分かったら、もう根性見せよう! 手当たり次第に発電機をいじくり回そう! そしたらそのうち何とかなるよ!」
「いや、多少の目星はついてるからね? 結局は磁石による誘導電流だから」
「ユードー……?」
「回路に流れる電気を強くすれば良いんだよ。やり方は分からない。コイルをたくさん巻くのか、磁石を強くするか、板の回転速度を早めるのか。実験してみないことにはね」
「えっ、あ、うん。なるほどね! 選択肢が多いのは良いことだよね!」
望海は大きく頷いた。本当に伝わってるかは謎だ。
「まぁ実験しても良いんだけど。本があったら助かるなぁ」
「なんの本?」
「電気にまつわるヤツだよ。それで勉強できたら無駄足を踏むこともないし、もっと効率的なデザインが書いてあるかもしれない」
「そうね……。倉庫の中には、本らしきものは、あんまり無いかなぁ」
「外にあるかも。見てくるよ」
僕は倉庫から出ると、井戸の方へ歩み寄った。そこでは数名の村人が手分けして、接収物の整頓をしているようだった。
それらは電化製品や金属が主体だが、紙製品も散見された。少しだけ期待してみる。
「すみません。何か使えそうな本はないかな?」
問いかけると、手前の2人が振り向いた。
「使えそうな本、ですかい? 例えば?」
「ええと、今必要なのは……」
僕が伝えようとしたところ、眼の前に1冊の冊子が差し出された。
日焼けやら、水濡れやらで状態は劣悪だ。もともとはカラーだったと思うが、全体的に青みがかって、しかも滲んでいる。
「えっと、なにこれ?」
「なかなか使えそうなやつですぜ、眼福ってもんです。気に入ったら差し上げますよ」
「気に入る……?」
僕は冊子を手に取り、ページを開こうとした。ページ同士が貼り付いているのを、無理矢理にはがした。全体的にボヤケた紙面には、若い女性が写っていた。おそらくは薄着。小麦色の肌と、大きな胸を見せつけるようにポージングしていた。
僕はひとまず本を閉じた。
「これの何が」
「お気に召しませんか? 腿肉とか乳肉が柔らかそうで、食欲をそそりますよね。あぁ〜〜むしゃぶりつきてぇ!」
「眼福ってそっち? 美味しそうに見えるってこと!?」
村人は溜息を撒き散らしては、腹をグゥと鳴らした。グルメ雑誌感覚で、グラビア写真を眺めていたのだろうか。確かに、さきほどの女性を思い出すと、僕もつられて空腹感が込み上げてきた。でもそれだけだった。
他にめぼしい書籍は無いという。何か見つけたら知らせてと言い残し、倉庫の方へ戻っていった。
「おかえり。何かあった?」
「いや別に。要望だけ出しておいたよ」
「いい本が見つかるといいね」
写真集の件は伏せておいて、もう一度倉庫の中を探った。物の分別も同時進行する。家電、家具、収納、小物、インテリアと、ジャンル別に仕分けていく。
一見してガラクタだけど、ゴミとは言い切れなかった。壊れた電化製品も、分解すれば金属やネジが手に入る。それは別のものと組み合わせれば、まだまだ使えるかもしれない。
「ねぇ望海ちゃん」僕と同時に相手も口を開いた。「リンタローくんさぁ」
思わずお互いに顔を見合わせてしまった。重なる白濁した視線が、どこかおもはゆい。
「先どうぞ望海ちゃん」
「ううん。こっちが後で良いよ。なぁに?」
「いやぁ、改めて言われると、ちょっと恥ずかしくなるなぁ」
僕は逃げるようにして手元に視線を向けた。指先でガラクタを弄びつつ、心を落ち着ける。聞きたいことは確かにある。それでも、少し勇気の要る話題だ。気軽な口調では話せない。
望海は今も無言のままだ。今ならいけるか。意を決して尋ねてみる。
「ええと、1つ聞きたいんだけど」
「話さないなら私が言って良い?」
またもや同時だった。それが何かおかしくて、どちらからでもなく吹き出した。
「ちょっとリンタローくん。わざとやってない?」
「違うよ、それは望海ちゃんの方だろ」
「うんうん、分かったよ。じゃあリンタローくんが話すまで、口を閉じてるってば」
それはそれで嫌だ、空気が重たくなる。僕は障壁がもろい今を逃すまいと、すかさず問いかけた。
「望海ちゃんは、あのパイソンって男が苦手なのかな?」
「苦手、というか嫌い」
返答は早かった。その感情も顔面にありありと浮かんでおり、剥き出しにした歯と、高さが不ぞろいな歯茎があらわになった。
「お互い、それなりに知った間柄なんだよね? 何か苦手になるキッカケでもあったの?」
「確かにパイソンは頼りになるし、みんなもそれなりに信頼してるよ。でも態度が最悪じゃない。怒鳴るし脅すし、世界で一番偉そうにしてる」
「まぁ、そんな印象を受けるよね」
「嫌なんだ。村のみんなに暴言を吐いたりされると。優しくて気さくな人ばかりなのに、あんな態度取られたら、好きになんてなれないよ」
「なるほど。そういう理屈なんだね」
「そこへいくリンタローくんは、誠実だよね。村のために電気を作ってくれたし、神様だなんて言われてもふんぞり返ったりしないし」
「いやぁ、どうなんだろ。殊勝だとか思ってないけど」
僕は、神様呼ばわりを真に受けてはいなかった。揶揄の一種だと思ってるし、その歓迎ムードもいつまで保つか分からない。だったら一定の距離をとった方が、落差が小さくて済む。つまりは防御反応であり、打算的だとも言えた。
そんな態度を褒められるとは思わず、僕は曖昧な笑みを浮かべた。すると、望海は静かに口を開いた。
「じゃあ、私も聞いて良い?」
「もちろん」
「リンタローくんは、誰かを好きになった事がある?」
「それは……」
チクリと胸の奥が傷んだ。浦城の顔が脳裏を過ぎる間に込み上げる不快感は、顔をしかめて堪えた。
「その顔、何か心当たりがあるんだね?」
「消したい過去だよ。記憶から抹消したくて堪らない」
「そこまで言い切るなんて、よっぽどなんだね……」
望海がこちらをジロジロ見るのだが、僕は返事をしなかった。口に出すのも嫌だというのが、正直な気分だ。
まもなく望海は視線をそらした。
「私ね、人を好きになる感覚って、まだよく分からないの」
「そうなんだ」
「どうなんだろうね。生き血みたいに、欲しくて欲しくて堪らなくなるのか。それとも、そこらに漂う空気みたいに、当たり前のように馴染むものなのか」
「僕にもよく分からないな」
「私が想像するのはね、とても自然な感情な気がしてて。好きな料理とか果物とか、意識して『好きだ』って考えないでしょ。勝手に胸の奥から込み上げてくるものかなって」
僕は手を止めていた。何を探すでも、調べるでもなく、ただ虚空を見つめるばかりだ。
「僕にはよく分からないな。だって、なんの長所もない弱者だから。恋愛をする資格なんてない。そんな星のもとに生まれたんじゃないかな」
「何よそれ、全然そんなことないよ。リンタローくんは良いところがたくさん――」
僕はお情けの言葉を最後まで聞けなかった。たまらずドアに手をかけて「外の様子を見てくるよ」と、その場から逃げ出してしまった。
外の空気を吸い込んでみる。太陽は高い。風さえ吹かなければ、心地よい陽気だと思った。
「あれ? 整頓を途中で放り出してるな……」
僕は気分転換の相手を求めたが、それらは皆、不在だった。使えそうな書籍、無ければ何かしらの素材が無いか、という事も確かめたかった。
仕分け作業を担当した村人たちは、村外れの方にいるようだった。彼らの様子は目立つ。数人が、巨人なるミュータントを囲んでいたからだ。
「おうい、みんな! 外回りが新鮮な死体を持ってきてくれたぞ! 死んだばかりの人間だってよ!」
村人が叫んでは、リヤカーを引っぱってきた。そこでミュータントはというと村に戻らず、そのまま東の森へと消えていった。
僕の目に映るのは、真っ赤に染まるリヤカーを数人がかりで運ぶ姿だった。
「新鮮な人間ってマジかよ、久々だなぁ!」
「これで身体が若返るってもんよ。最近、血の巡りが悪くってよう」
村人が田畑や家屋から現れては、リヤカーに和やかな視線を向けていた。その荷台からは血まみれの手首が飛び出し、ぴくりとも動かない。『荷物』のステータスについては、脈を確かめるまでもなかった。
(不運な人間だなぁ。怖かったろうに)
僕は哀れみをもってリヤカーを見送った。だがその時、視界の端に映ったものに、僕は凍りついたような気にさせられた。
「あの腕輪は、もしかして……!」
真っ赤に染まる手首にはめられた金属の腕輪。見間違いでなければ、アームズから支給されたブレスレットだ。それは逃走防止の発信機を内蔵したもので、かつて僕も全く同じ物をつけていた。
僕は嫌な予感に包まれては、その場で立ち尽くした。リヤカーはのんびりと、村長宅に向かって遠ざかっていった。




