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第14話 賭けは突然に

 村の様子は遠くから見ても分かる程に活気づいていた。外回り組と呼ばれる村人が帰還したからだ。リヤカーから降ろされた物資で山ができると、皆は拍手喝采した。



「おお、今回もスゴイな! こりゃあ倉庫をもう1個建てねぇとな!」



 賛辞の声は大きく、望海の家からでも聞き取れるほどだった。


 そんな称賛を浴びたゾンビたちは、二度見を誘うほどに異形な姿をしていた。白濁した瞳や血の気のない肌は同じなのだが、筋肉が尋常でないほどに膨らんでいる。腕も足も腹も分厚い。無加工の丸太で人形をこしらえたら、あのような見た目になりそうだ。そして身の丈は2メートルに迫る規格外。自然な仕草で村人たちを上から見下ろしていた。


 そんな巨人が10人近く集まっているのだ。とにかく目を引いた。



「なんだい、あのバカデカいゾンビたちは……」



 僕が呟くと、望海が耳打ちした。



「彼らはみんな変異体ミュータントなんだよ。見た目通りにすごく強いみたいで、人間の兵隊を倒せるんだってさ」


「人間の兵士って、銃を持った相手だよね……。どこまで化物なんだよ」


「それよりもあっちの方に行こう?」望海が脈絡もなしに僕の手を引っ張った。


「あっちって、どこ行くの?」


「どこでも良いけど、ここじゃない場所に」



 望海の言葉は、鳴り響く怒号によって遮られた。発信源は人だかりの付近。肌がひりつくほどの声に、僕たちは思わずよろめいた。



「おう望海! そこに居たのか!」



 大きな人影が飛んだ。高い。家を飛び越すほどの跳躍を見せたのは、ミュータントの1人だった。


 その化物は着地するなり、大事そうに自分の頭を撫でてから言った。やはり異質な風貌だ。黒い髪を油か何かを塗りたくって後ろになでつけており、てっかてか。巨大な革ジャンと、膝の破けたジーンズを履いている。


 彼のスタイルには何かこだわりがありそうだ。僕がなんとなく観察していると、男は口を開いた。



「望海ぃ。オレが居ない間さびしかっただろ? アァ?」



 男は首を伸ばして前かがみになった。ヘビにも似た躍動感だ。言われてみれば、ギョロリと大きな瞳もヘビのそれと似ていた。



「別に何とも。それより私にからまないでよ、皆とおしゃべりしてきたら良いじゃない」



 望海は後退り、僕の陰に隠れる位置に立った。咄嗟に僕は腕を伸ばしてかばう態勢になる。


 しかし、伸ばした腕の頼りなさは、我ながら哀しくなる。炭化した部分が未だに残る肌に、握りこぶしより直径が小さい二の腕。丸太を前にしたなら小枝も同然だった。



「ハッ。可愛げのねぇ女。つうかそこの男は誰だよ」



 ギラリと男の眼が光った。それだけで僕は、指先まで震えるのが分かる。相手にバレないでくれ。その願いは虚しく、男は鼻で笑った。



「んだよ、そのガキは。ちょっと睨んだだけでブルッてやがる。こんな意気地無しを選ぶなんて、望海も見る目がねぇな!」


「そんなことない! リンタローくんはスゴイんだから!」


「どこが!? チビでヒョロくて気迫も無ぇ。こんな奴の何がスゲェってんだ!」


「リンタローくんは電気を作れるもん。昨日はお祝いもやったんだよ」


「なっ! 電気だと!?」



 男が怯んだ。大きな顔が驚愕に歪んだけど、すぐに正気を取り戻していた。



「いや、んなワケあるか! オレは信じねぇぞ」


「だったら見てみなよ。発電機が出来てるから」



 男が案内しろと言うので、望海が地面を踏みつけながら歩き出した。僕も遅れて2人を追った。


 向かう先はもちろん北の川付近だ。



「見てよこれ! こうやって水の力を利用して発電してるんだよ?」



 望海が指差す先では、板が休まず回転し続けていた。



「ふぅん。こんなもんで発電できるって? 冗談だろ」


「あそこの電球をみてみなよ。光ってるでしょ?」



 望海は走り出した。向かう先は、村長宅の傍にある広場だ。そこには金属製の袖机がひとつポツンと置いてあり、電球はその上に置いてあった。電線は今も接続されたままだ。



「ほら、ちゃんと光ってるじゃない」


「んんん……?」


「よく見なさいって! ほんのりチカチカしてるでしょ」


「ふ……グフフ……」



 男は含み笑いを浮かべるなり、間もなく高笑いを放った。豪快な声が村中に響き渡った。



「なんだこれ、クッソちゃちいな! こんなんで電気とか、発電とか! よくもまぁ偉そうに言えたもんだな!」


「何よその言い方! 電気を作れた事は間違いないでしょ!?」


「こんなもんで村が救えるか。申し訳程度の電力で、どうやって厳しい寒波を凌ぐつもりだ?」


「それは……ここから発展させていくの」


「待ってられっか。今に冬が来ちまう」



 見上げた空に太陽は見えなかった。晴れ間は多いものの、流れ行く雲が遮っているのだ。そこに強い風が吹く。骨まで冷えが響く気がした。



「そこまで言うなら……。望海、オレと勝負しろ」


「何よ勝負って」


「テメェはそのガキと組んで発電機を造る。オレは人間どもに襲いかかって、物資を奪ってくる。もちろん蓄電池やら、その辺りを重点的にな」


「あぁそう。そっちこそ上手くいくとは思えないわ。人間をナメたら痛い目にあうから」


「んな事はテメェが考える事じゃねぇ。それより賭けだ。オレが勝ったら、四の五の言わずにオレの女になれ」



 とんでもない条件に、僕だけでなく、近くにいた村人も動揺した。驚く中には村長の顔も並んでいた。



「あっそう。それで、私たちが勝ったら?」


「2度と望海にまとわりつかねぇ。金輪際だ」


「約束できる?」


「もちろんだ。二言はねぇよ」


「いいわ。受けましょう。絶対忘れないでよね」



 すると、村人もミュータントたちも一斉に歓声をあげた。たぶん興味本位で騒いでるだけだ。望海の行く末を案じる者は1人もいない。


 僕はあわてて村長にすがりついた。



「助けてくださいよ、こんなのマズイですって!」


「ふむ……。根須様のお言葉も一理ありますな。無闇に白熱するならば、勇み足になりかねんし」


「仲裁を頼めますか?」


「もちろんですとも」



 村長は、沸き立つ村人たちを叱りつけた。



「お前たち、いったん落ち着きなさい。村の行く末を向こう見ずに決めてはいかん」



 静かな声でも威厳はあった。浮かれ顔のゾンビたちは、一斉に視線を下げて、頭上の拳もしおれるように降ろした。


 そして村長は、対決姿勢を貫く2人へ元へ歩み寄った。男は待ち受ける間、自分の髪を後ろになでつけた。



「パイソンよ。そなたも一度冷静になれ。功を焦っては皆を危険に晒してしまう。外回り組を預かる長なのだから、もう少し分別を――」


「うるせぇなジジイ。オレに指図すんじゃねぇ」



 小さく落とした声は、静かな怒気をはらんでいた。その言葉だけで村人が、村長が、そして仲間であるミュータントたちまでもが怯えてしまった。皆が足元に視線を落とすのは、睨まれたくないからだろう。



「いいか聞け。この村が人間どもに襲われずに済むのは、誰のお陰だ? 持ち帰った物資で豊かに暮らせるのは? 肥料だの農具だの衣服だの、誰のお陰だと思ってやがる」



 反論はなかった。村長ですら、無言でうつむいては瞳を強く閉じた。


 そこで鼻を鳴らしたパイソンは、もう一度望海の方を向いた。



「忘れんなよ。賭けには必ず勝つからな」



 それから僕の方を見た。



「そこのガキ。なんて名前だ」


「僕は、根須麟太郎ねずりんたろうだよ」


「しけた名前だな。オレは越智敗村おちぱいそんってんだ。よく覚えとけ」



 そう言い残して、パイソンは仲間を連れて村の外へ消えていった。彼らが持ち去った空のリヤカーからは、軽快な音がしばらく聞こえて、やがて消えた。


 その一方で、村の中はというと、残された戦利品の回収で大忙しだ。「勝つのは電気の神様か、それとも稼ぎ頭か」「お前はどっちだと思う?」そこらで噂話が飛び交っている。別口で賭け事が発生しそうだった。


 そんな人達をよそ目に、僕は望海に話しかけた。


 

「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど」


「皆まで言わないで。私、信じてるから。リンタローくんならきっと、パイソンなんかに負けないって!」



 望海が真っ直ぐな瞳で僕を見た。そしてニコリと笑う。その顔を見ていると、僕は何も言えなくなった。



「グズグズしてたら時間がもったいないね。これからどうすべきか、話し合わない?」


「うん、それは良いけど……」


「じゃあ決まりね。倉庫で待ってるから!」



 望海は1人駆け出して行った。その背中をそっと見送りつつ思う。


――パイソンって本名なんだね、アダ名や肩書じゃなくて。


 あまりにも些細な気付きは、口に出すこともなく、胸のうちにしまった。それからは秋風に背中を押されるようにして、倉庫の方へと赴いた。

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