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第12話 ゾンビに神は居ない

 祭りだ祭り。そんな言葉が天高く響き渡る。僕はリヤカーの後ろに乗せられた上で、村中をゆっくりと連れ回される事になった。



「神様だ! オレたちに電気を授けてくださった神様のお通りだーー!」


「文明よ〜〜文明の匂いがするでしょう、ホラホラ〜〜」


 リヤカーの前で囃し立てるのは風見鳥かざみどり夫妻だ。正直言ってやめてほしい。


 それだけでも恥ずかしいのに僕の出で立ちもアレだ。クマの毛皮を羽織り、さらに木彫りの帽子まで被る。帽子の前面には『あっぱれ』と書かれており、とにかく恥ずかしい。



「根須様、でぇんと構えてくだせぇ! しみったれた神様なんてみっともねぇ!」


「そうよそうよ! 文明の薫りが台無しよぉ?」



 夫妻が無遠慮にいうので、さすがの僕も前のめりになって抗弁した。



「あのね、僕は全然普通のゾンビですから! ただ生前に電気関係の仕事してただけですってば!」


「またまたぁ〜〜あんなに簡単にやってくださったじゃないですか」旦那の方がニヤけると、奥さんもならう。「お前さん、謙遜するのが文明的なのよ」「おっ、そうかい。奥ゆかしいねぇ!」



 ダメだこの2人は。ちなみに他の村人も一様に浮かれっぱなしで、その中には村長の姿もあった。



「やったな村長! ついにこの村にも電気の恩恵が!」


「うむ、うむ。長生きしてみるもんだのぅ……いやもう死んでるが、とにかく良かった」



 シワだらけの頬が濡れている。あぁ、この人なりに浮かれているのだと思った。村のリーダーがこれだから、狂乱の騒ぎは治まるどころか盛り上がる一方だった。



「ありがてぇなぁ。神様が来てくださったよ」



 皆は拝んだり笑ったり、各々が喜びを表現していた。そんな最中でひとつ怒号が響く。錆びた鎌を手にしたタネばあさんだ。



「おめぇら、いつまで馬鹿騒ぎしてんだべ! やることあんだろうが!」


「タネさん……」僕はようやく騒ぎの終焉をみた。しかしそれは幻だった。



「神様には供物が必要だんべ。豚さばくぞ豚。新鮮な血肉を捧げんだべよ」



 ダメだ、火に油だ。実際村人たちは、肉が食えるとなって更にヒートアップした。感極まったのか、何人か卒倒して倒れるレベルで、とにかく収拾がつかない。


 もう限界だ。僕は彼らに冷水を浴びせる気になっていた。



「あのね、みんな! やたら浮かれてるけど、課題は山積みなんだよ!?」


「課題? いったい何です根須様!」


「電気があっても、ちゃんとした家電がなきゃ意味ないでしょ? ここに生産施設があるとでも?」


「それなら平気ですわ。外を回ってる出稼ぎ組が、そこらの廃墟から持ってきますんで。ハズレもあるでしょうが、数撃ちゃ当たる。使えるもんも手に入るでしょうよ」



 そういう仕組なのか。むしろ言いくるめられてしまったが、僕の冷水はもう一発ある。



「それとね、発電したと言っても、断続的でしょ?」


「断続的ってぇと、どういう事です?」


「電気を発生させる仕組みは、コイルのそばで磁石を動かし続ける必要があるんですよ。近づけて、離す。動きを止めたら即座に電気も止まる。そういうものなんです!」


「えっ。つまりは、どういう事です……?」


「誰かが延々と磁石を振ってくれないとダメって事です。しかも生み出せる電力なんて微々たるもの。それなのに本当に喜べるんですか?」



 僕がそこまで言うと、水を打ったように静まり返った。だがそれも一瞬の事だった。



「うわぁ! オレたちの文明が! 電気の力が!!」


「お願いします神様、どうかお助け〜〜お助けを〜〜」



 みんなが苦悶の表情を浮かべながらリヤカーに詰め寄ってきた。素直に、食われると思った。しかし彼らは僕に危害を加えるどころか、その場で拝み倒した。


 咽び泣いては、「どうにか電気を」と念仏のように繰り返した。



「1つ気になったんですけど、どうしてそこまで電気を求めるんです?」



 素朴な疑問だった。ここには多くの実りがある。作物は良く育ち、水源も近い。そして郊外の森では大地の恵みにもありつける。


 電気なんて要らないだろう。そう感じていたのだが、彼らの意見は真逆だった。



「オレたちゾンビは、いつまでも動けるとは限らねぇんです」


「そうそう。冬がおっかねぇ。あの寒さを乗り切るのは大変で、毎年何人も動けなくなって、土に還っちまうんです」2人の村人が矢継ぎ早に喋っては、互いに肯定するように頷いた。


「だからオレたちには必要なんです。電気があれば暖房ってのが使えるんでしょう? それで過酷な冬を凌ぎてぇんです」



 切実な理由だった。まさか低温が弱点とは予想だにしなかった。思えば僕自身も、野宿して関節が硬直した覚えがあるので、それだけで信憑性は十分だった。


 だから身体を冷やすな、温めろと言うのか。そう思い返しては空を見上げた。微かに肌寒い風が吹き、色づいた木々の葉を揺らした。冬までそう遠くはない。



「お気持ちは分かりました。成功を約束できませんが、やれるだけやってみましょう」


「ありがとうございます! 何卒……ッ!」



 何十人ものゾンビが平伏する異様な場所から、僕はようやく離脱した。そして倉庫の前まで戻ると、望海が後から追いかけてきた。



「リンタローくん。ごめんね、変な事になっちゃって」


「君のせいじゃないよ。それに、僕も力になりたいと思うし」


「ありがとう。私たちにとって冬の寒さは本当に危険なの。村長さんも、今年は無理じゃないかって言われてる。年配のゾンビは、血の巡りが悪いからね」


「そうなんだ……」



 見知った顔が死ぬ。いや、もう死んでるのか。生涯に幕を閉じる事になる。まだ付き合いなんて無いも同然だが、僕に良くしてくれた人たちだ。


 担ぎ上げられるのは嫌だ。でも手をこまねいているうちに永遠の別れを迎えるのは、それ以上に嫌だった。



「ともかく発電しないと始まらないね。どうしようかな」


「磁石を動かすだけなんだよね。誰か当番を決めて、ずっと振ってもらったら?」


「現実的じゃないよ。それに朝から晩どころか、真夜中もやってなきゃならない。手を止めたらダメなんだから」


「うっ……それは確かに、過酷かも」


「結局は人力だとダメなんだよね。何か永続的なエネルギーって無いもんかな」



 僕はふと、近くで笑い声を聞いて、目を向けた。そこには康太こうたが風車を片手に走り回っていた。


 紙のオモチャは、風の力を集めてはクルクルと回り続けた。



「あっ、もしかして、そういう事!?」


「何が何が? 教えてよリンタローくん!」


「風の力を使って発電できないかな? ほら、あの風車みたいに、風が吹いたら仕掛けが動くようにしたら」


「それって、風の吹いてない時も動くの?」


「あっ……そうだよね」



 確かに風が止まれば電気も止まる。電気の一番厄介なところは、貯めることが難しい点だ。一番簡単なのは作り続けることで、蓄電池を開発するより遥かにハードルが低い。


 エデンではどうだったか思い出してみる。火力発電という、ひたすら物を燃やして、その熱を用いてタービンを回すという仕組みだ。分別なく燃やすので、僕の住んでた南地区は酷い臭いで満ちていた。



「あれと同じ結末にはしたくないなぁ」



 僕はそもそもタービンが何かを知らない。噂話に聞いただけなので、作り方どころか構造すらよく分かってない。だが、たとえ知っていたとしても、ここで火力発電所を造るつもりは更々なかった。

 

 この村は水も空気も澄み渡っている。息を胸いっぱいに吸い込めば、大地の香りに満たされる。この豊かさを失いたくない。エデンのような窮屈さなんてゴメンだ。



「だってね、こんなにキレイなんだもん。稲だって、こっちの方が育ちやすいはずさ」


 

 水田に歩み寄って金色の稲穂に触れてみる。枝が緩やかなカーブを作っては頭を下げている。実りが確かな証拠だった。



「ところで望海ちゃん。ひとつ聞いて良い?」


「うん、なぁに?」


「ここには水田があるけど、水はどうしてるの? 井戸から汲み上げてるとか?」


「まさか。米作りはね、時期にもよるけど水を張りっぱなしにしたりするの。いちいち汲んでたんじゃ追いつかないよ」


「じゃあ湧き水を引いてる?」


「そうだよ。近くに川があるから、そこから引っ張ってて――」


「それだ!」



 脳に電撃。ひらめき。僕は望海に駆け寄っては肩を強く掴んだ。



「えっ、なに、どうしたの?」


「川まで案内して、今すぐ!」


「うん、別に良いけど……」



 僕たちは用水路沿いに北の方へ歩いていった。 道すがら、何人もの村人とすれ違い、たくさんのお辞儀を頂戴した。責任が重たい。しかし今回は応える事ができそうだと予感していた。


 それから間もなく川に着いた。さほど遠くはない。村を掠めるような位置にそれはあった。



「結構水量があるね」



 僕は水面に触れながらいった。流れはそこそこ早いのは、傾斜があるからか。途中に段差があり、小さな滝が出来ているのは有り難いと思った。



「ここは冬に凍ったりするのかな?」


「ううん。そんな話は聞いたこと無いよ。どうして?」


「いけるよコレ。延々と発電する仕組みが作れる」


「えぇっ! ホントに!?」


「だけど手伝いが要るな。できれば手先が器用なゾンビの」


「じゃあさ、村の皆に声をかけでようよ! きっと手を貸してくれるよ!」



 善は急げ。僕たちは村に駆け戻るなり、声をあげた。



「すいません! 手の空いてる人いませんか?」


「おっ、神様。どしたんだべ?」野良着を着たおじさんが振り向いた。


「安定して発電する方法を思いつきました。できれば手伝ってほしくて――」


「ええっ!? ホントですかい!」



 おじさんは声を大きくした。「みんな集まれ! 電気は解決するってよ!」


 するとどうか。あちこちの物陰からゾンビが顔を覗かせて、間もなく僕の周りに集結した。そして浮かれモードを再開させた。



「神様! スピード解決したって聞きましたが?」


「そらそうよオメェ。根須様にかかりゃ朝飯前に決まってんだろ!」


「うおおぉ! 野郎ども担げ! 改めて崇拝すんぞーー!」



 すかさずリヤカーが引かれてくる。さぁどうぞと、こちらに乗車を促してきた。


 だが僕の声は低く、そして冷えていた。



「それは良いんで、僕の話を聞いて下さい。時間がもったいないでしょ」


「あっはい……」


「神頼みよりも手を動かした方が良いですよ。その方が進捗も進みますから」


「ハイスミマセン……」



 冷水は3度刺す。ちょっと言い過ぎたかもしれないが、上手くコントロールできた事に安堵する。


 僕はそこらに落ちていた棒切れを手にした。それで土に図面を描いていく。村人たちは真剣に聞いてくれた。お祭り気質なだけで、根は真面目なのかもしれない、と思った。彼らの真摯な態度が、今度こそ成功の兆しを見せてくれるようだった。


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