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第11話 文明のかほり

 望海が走る。僕も巻き込まれて走る。背後には「待て」と叫びながら追いすがってきた。10人くらいの集団が、両手を前に突き出しながら追ってくる。


 それはゾンビと変わり果てた僕でさえ恐怖を覚えるという、地獄にも似た光景だった。



「村長さん! いるよね!?」



 ドアを押し開けながら望海が叫んだ。その向こうには、囲炉裏のそばで日差しを浴びる村長の姿があった。両手で湯呑みを抱えていた。



「何だね騒々しい。朝くらいゆっくりなさい」



 そんな返答が返された頃、後続が追いついた。特にタネさんはすごい剣幕で、望海を「ジッとしとれ、大事になんべ!」と怒鳴り散らしていた。


 他の大人たちも口々に望海を案じていた。その騒ぎを治めたのは、やはり村長だった。



「落ち着けと言うとるだろう。いったい何があったのか、話しなさい」



 すると、皆は黙って居住まいを正した。僕も合わせて、背筋を伸ばしては押し黙る。



「騒ぎの出どころは望海のようだな? はてさて、どうしたというのかね?」


「そうなの! ビッグニュースだよ、ホント! ビックリしすぎてひっくり返らないようにね?」


「待て待て。そのなりはどうしたことか。口の周りが真っ赤じゃあないか。顔を洗ってきなさい」


「今はそんなことより!」


「望海。何を焦っているかは知らんが落ち着きなさい。礼儀というのは、時として最も重視されるぞ? お前も大人になるのだから、もう少しその辺りの事も――」


「電気が作れるって!」



 村長は動かない。眉間のシワを深くしたまま固まる姿は、さながら置物のようだ。


 耳が痛むほどの静寂。遠くでニワトリが鳴いたところで、ようやく村長が声を発した。



「今、なんと?」


「だから、電気が作れるの! リンタローくんならやれるって!」


「ま、ま、まことかーー!???」



 村長はその場で卒倒した。木彫りの人形が倒れたときのように、受け身もとらずにバタリと。


 たまらず駆け寄った望海が村長を抱き起こした。彼の口はあえぐようで、なかなか言葉にならない。



「あ、あぁ、まさか再び、この目で文明の光を見ることができようとは……!」


「うんうん、大丈夫だよ! リンタローくんならもう、お茶の子さいさい!」


「根須殿。どうか、何卒よろしくお願いいたします……!」



 村長は起き上がっては床に膝をついて、両手で拝みだした。すると、外に集まってきた村人まで同じ動きをみせた。


 むずがゆいやら、怖いやらで、僕の心は揺さぶられた。



「あの、まぁ、やりますけど。でも僕は家造りが」


「それでしたら、別のものにやらせます。なので根須殿は何卒、何卒ッ……!」



 村長の言葉にあわせて、村人たちも「何卒」と繰り返し呟いた。合唱と言うよりは呪怨に近い響きで、ゾンビの見た目も相まって、本当の地獄を垣間見た気にさせられた。


 望海も望海で、ひざまずく事はないが、両手を合わせて懇願はしていた。可愛い。ハエの1羽も添えたくなる可憐さだった。



「じゃあやりますけども。何か道具とか工具、それと素材が必要ですよ」


「倉庫に、外からかき集めたものがあります。いかようにもお使いください」



 村長が望海に声をかけては、小さな鍵を手渡した。それから僕は望海とともに、村外れの倉庫までやって来た。


 案内された倉庫は真新しい。しかし草の屋根と、絶妙に傾いて隙間の空いたドアに不安を覚えた。



「倉庫も手作りなんだね……」


「そうだよ。どうかした?」


「雨風が入ってそうで。中身が劣化してないか気がかりだよ」


「そこはまぁ、ものを見てからで」



 倉庫の錠前は玩具みたいに簡素だった。鍵を差し込んで開いてみれば、中はもう、言葉もなかった。



「うわぁ……なんかスゴイね……」


「私も久々に覗いたけど、うわぁ……」



 雑然という他にない。様々な物品は分類すらされる事なく、滅茶苦茶に詰め込まれていた。


 室外機をもぎ取られたエアコンに、斬首刑に処されて落ち込む扇風機。赤サビの激しいロッカーは今にも呪詛を放ちそうだ。


 足が2本しかないソファの上に、乱暴にも小物が分別なく乗せられている。もちろんバランスを保てず尻の方に傾いている。


 倉庫の端にはいくつかの竹カゴも置かれている。整頓するつもりはあったんだろうが、もはやカゴすらも雑然を彩る一品だった。これは倉庫というよりゴミ捨て場だ。人ひとり通れる道があるだけマシだが、粗大ごみ置き場も同然に思えた。



「こりゃもう、どこに何があるんだか分かんないね」僕の呟きに望海も呆れ顔だ。


「みんな掃除サボッてるのかなぁ。これじゃ、もしもの時が大変じゃないの」


「でも想像以上に物があるね。こんな大きなもの、運び込むだけで大変だったろうに」



 僕がさびたロッカーを小突くと、望海は事も無げに言った。



「それなら外回りの皆が持ってくるから」


「そのゾンビたちは巨人か何かなの?」


「まぁ大きいよね。背は高くて筋肉ダルマ。そんなイメージ」


「だったら不可能じゃないね」



 デカくてゾンビとか、どんな化物だろう。僕は想像もそこそこに物色を始めた。倉庫の外では、たまに誰かが通りがかって、中の様子を覗き込んでいる。それは監視というより興味本位じゃないかと思えた。



「ええと、コイルには扇風機のコードを使おうか。それから磁石は……」



 ソファの上の小物を調べてみた。乱雑に積み上がる小箱の中身は、だいたいがプラスチック製品だ。謎のオモチャやら置物ばかりで、何かに転用できるとも思えず、正直いってガラクタだ。


 しかしその中には、お目当ての物も埋もれている事に気付いた。



「あっ、これいいね。使わせてもらおう」


「人形で電気を……?」


「違うよ。こっちが本命」



 僕は手にした置物を望海に見せた。それは塗装がすっかり剥げたノーム人形で、うかべる笑みは眩しいけども、目や口の端から青い塗料が溢れていた。泣き笑いかな。


 それはともかく、人形の背中を見せつけた。


 

「これって、磁石で良いんだよね?」


「そうそう。これと銅線で、電気が作れるよ」


「えっ、そんな簡単に!?」


「あとはそうだなぁ。工具があると捗るよ。ペンチとか無いかな」


「あっ、あそこにありそう!」



 望海が高い方を指さした。そこではタンスや本棚がいくつも積み上がっており、その上に無骨な金属ケースが置いてあった。


 雑すぎるなぁ。思わず僕は絶句してしまった。

  


「ちょっと待ってね、今取るから」


「えっ、望海ちゃん。無理しない方が……」


「これくらい平気……キャア!?」 



 望海が一番下の本棚に足をかけた途端、世界のバランスは崩れた。上に乗せられたタンスや小物が、雨あられのごとく落下。望海の身体は膨大なホコリと資材によって埋もれてしまった。



「ねぇ、大丈夫!? 怪我はない?」


「うん、平気だけど、ちょっと怪我しちゃったかも」そういう望海は、立ち上がっては頭をおさえた。額はベッコリと四角いへこみが出来ていた。


「うわぁ、痛そう……」


「痛くはないよ、全然。でも今日はずっと治らないかな。また皆に何か言われそう」


「だったらこれを被ったら? 上手く隠れると思うよ」



 僕が手渡した麦わら帽子を、望海は喜んで受け取った。被せてみると予想以上に似合う。もし真夏の夜に海岸で出会ったとしたら、誰もが震えてしまうに違いない。



「それはともかく……工具も手に入ったし。さっそく始めてみるかな」


「ねぇねぇ、どうするの?」



 麦わら帽子のツバが、僕のこめかみに当たる距離感だ。手元が狂いそうになるのを必死で堪えた。みんなが期待しているし、望海も興味津々だ。この作業は失敗してはならない。



「まずね、扇風機の電気コードを切って、中の銅線を取り出すでしょ。そんで、それを丸く巻きます」


「うんうん」


「コイルの端をそれぞれ電球にでも……。このフロアライトは使えるかな、どうだろう、試してみるか。通電するよう配線を繋げます」


「うんうん、それで?」


「あとはさっきのコイルに、磁石を近づけたら」



 頼む。わずかでも良いから光ってくれ。祈りをこめつつ、ノーム人形を寄せてみた。すると点いた。流れ星よりも儚く短命の光が、ほんの一瞬だけ倉庫の中を照らしてくれた。



「ほぅら、簡単だったでしょう?」



 僕の声はひっくり返っていた。それでも望海は白濁した瞳を見開いて、飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。


 それを見てひと安心、肩の緊張がほぐれていくようだ――と思った矢先のこと。突然辺りに大声が響き渡った。



「出来たって本当かーー!?」


「えっ、どっから……うわぁ!?」



 空からおじさんが降ってきた。僕は悲鳴をあげて驚いていると、頭上の方が妙に明るい事に気づく。彼は屋根の草をこじあけて、そこから落ちてきたようだ。



「本当に発電できたのーー!?」別の声が右方向から聞こえた。


「うわぁ!? 今度は誰!」



 窓の方から、野良着のおばさんがズルリと侵入してきた。驚くばかりの僕をよそに、2人は強く詰め寄ってきた。



「出来たのか本当に? 見せてくれよ文明の光を!」


「そうよそうよ。ちょうだい、文明をちょうだいよ!」


「うん、分かったから落ち着いて!」



 圧倒されながらも、僕はコイルを手にして、同じように磁石を動かした。すると電球は僅かに光り輝いた。


 2人の乱入者も「おぉ〜〜」と感嘆の息を吐いた。先程の態度とは打って変わって、妙に行儀が良い。



「すごいぞコレ! 早くみんなに知らせてやろう!」おじさんが転がるように駆け去っていった。そこにおばさんも続く。「文明よ! とうとう文明の光が手に入ったわよぉぉ!」



 あとに残された僕たちは唖然とするしかなかった。



「何だったんだよ、今のは……」


「あの2人? 早見鳥はやみどりさん夫婦だよ。いっつもあんな感じでね、仲いいよね」


「仲良しなのは認めるけどさ」



 今だ動けずにいる僕の耳に、外の喧騒が聞こえてくる。発電の成功を知らせるもので、その成果を村中に触れ回っているようだ。



(はぁ……。これでどうにか、みんなに認めて貰えたかな)



 胸のしこりが1つ、消えた思いだ。口元がそっも綻ぶのが分かった。するとしばらくして、別の感情が込み上げてきた。


 入ってくるなら普通にやってよ。その言葉は微笑みの内に隠された。


 倉庫の外はしばらくの間、発電の話で持ち切りになっていた。



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