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第10話 望海には敵わない

 日が暮れて村中は黒く染まる。するとあちこちの家屋に、ポッと温かな光が浮かびだす。カマドや松明に火が灯されたからだ。



「うちも明るくするから。ちょっと待ってね」


「手伝おうか?」


「ううん平気。すぐ終わるし」



 望海は慣れた手つきで、2つの石を叩いた。火花が飛ぶとともに、重たい火種が地面に散った。あらかじめ用意していた枯れ葉に小さな火が灯り、それを丁寧に育てて、やがて大きくした。


 それを松明に灯すと、辺りは目に見えて明るくなった。燃やした松明は傘立てのようなものに差した。


 初めての女の子のお宅訪問。造りは村長宅と変わらない。草の束を並べた屋根の下、まじまじと眺めていた。入口すぐに炊事用の土間がある。隣に板張りの囲炉裏、奥は藁を敷き詰めたスペースだ。たぶん寝室だろう。


 自然由来のものばかりなのに、錆びついたキャビネットがひとつある。それだけが酷く場違いに思えた。



「どうしてあんなものがあるの? 随分古いけど」


「外回りの人がね、廃墟からいろいろ持ち帰ってくれるの。使えるものは使おうってことで」


「ふぅん。なるほどね」

 

「それよりお腹すいたでしょ。すぐに用意するからね」



 望海はテキパキと動いた。僕も手伝いたかったのだが、何をどうするかも分からず、右往左往するばかりだ。


 結局は邪魔にしかならないので、囲炉裏で火の番をすることにした。特に仕事はない。火が消えないよう気を配る作業だが、焚き木さえ絶やさなければ燃えるのだ。



「ごめんね、僕ばっかり楽しちゃって」


「ううん。いいの。それより康太こうたたちと遊んでくれてありがとうね。2人ともすっごく喜んでたよ」


「あれくらい別に、なんてことないよ」


「お礼に豪華な晩御飯を――と言いたいところだけど、いつもと同じなんだ」



 そう言いつつも、土間からは良い匂いがただよってくる。ワクワクしながら待っていると、望海がトレイに皿を乗せてやって来た。



「冷めないうちにどうぞ〜〜」



 差し出されたのは、意外や意外。こんがり焼けたパンがあった。瑞々しいリンゴはうさぎ型で、木椀には真っ赤なスープがよそってあった。


 いただきますと感謝の意を示して、椀からすする。食欲をそそる匂い、舌先から鼻にかけて突き抜ける鉄臭さ。たまらず震えた。



「いやぁ効くなぁ! 疲れた時にしみるようだよ」


「ふふっ。そんなに喜んでもらえると嬉しいな」



 汁は冷ます時間が惜しいほどに美味い。次の一口を早く飲み込みたくてたまらない。


 望海が、パンを浸けても合うよというので試してみた。これもまた美味い。白い生地が真っ赤に染まったのを眺めては、大口を開けてほおばった。



「いいなぁ。エデンのときよりずっと良いもの食べてるよ」


「リンタローくんは、人間の時どうだったの?」


「そうだね。仕事はあったけどギリギリで、身体に悪そうな合成食とか食べてたっけ。新鮮なリンゴなんて何年ぶりか分からない」


「大変だったね。お友だちも、そんな暮らしだったの?」


「友達なんて、そんな。話し相手はラジオくらいだし、知り合いも……」



 その時、ふと浦城の顔が過った。膝を少しだけ折って、髪を耳にかける仕草。優しい微笑み。なぜ、そんな姿を思い出すのだろう。


 僕は会話を続ける気になれず、言葉を濁した。



「うん、まぁ、色々とあったよ」



 何かを察したのか、望海も詳しく聞かなかった。それからは食材の話になった。村で家畜を育てていて、生肉はそれなりにある。今年は麦も米も豊作の見込みだし、森に入れば果物も採れる。


 そんな会話を、話半分に聞いていた。食事が終われば眠るだけ。藁の山を2つ作って並べる。それが寝床だった。



「それじゃあリンタローくん、おやすみなさい」



 傍で望海が横になっている。彼女の頬から垂れた髪が豊かで、どこか艶っぽい。その姿を例えるなら、海藻のからみついた水死体のごとく。


 眺め続けるのは良くない。目の毒だと思いつつ、瞳を閉じた。胸の中はいくらか荒れている。浦城の記憶が全てを台無しにしていた。



(今は楽しくやれてるけど、またいつか、奪われる時が来るんだろうか)



 最後に浦城を見た時、あいつは嘲笑っていた。取るに足らないゴミでも見るような視線は、胸の痛みとともに心に刻まれたままだ。


 いつの日か、望海からもそんな扱いを受けてしまうのか。今は良い。歓迎されている。しかし何かのタイミングで本性を現すんじゃないだろうか。


 そう思うと、やはり深入りするのは恐ろしかった。



「リンタローくん、もう寝ちゃった?」



 暗闇の向こうから囁く声がする。僕は答えず、鼻呼吸に徹した。



「私の傷ね、頭に空いたやつだけど……」



 僕は続きを待った。しかし、望海は言い淀んだあと、寝返りを打った。その晩はそれっきり。どれだけ時間が過ぎても、彼女が口を開くことはなかった。


 あくる朝。歪んだ玄関のドアから光が輝いている。望海はもう何かの支度を始めていた。



「おはようリンタローくん。よく眠れた?」



 僕は胸に小さな痛みを覚えつつ、意味もなくアクビをもらした。



「寝たような、寝れなかったような。藁のベッドなんて初めてだったから、眠りが浅かったかな?」


「そうなんだね。でも、そのうち慣れると思うよ」



 間もなく望海が朝食を用意してくれた。昨日のスープの残りに、千切りのジャガイモを入れたものだ。


 温まるし、美味い。ジャガイモにも赤い汁が染み込んでいて、それがまた美味い。だけど、何か気まずかった。昨夜のやり取りが消化不良を起こして、2人の間に得も言えぬ壁を作っていた。



「そういえば、この村は電気を使わないんだね」



 僕は何かの圧に負けて、当たり障りのないセリフを吐いた。



「ここには電気が無いからね」


「発電ができないってこと?」


「そうなの。あまり詳しい人がいないから、自然の恵みだけで暮らしてるんだ」


「ふぅん。僕なら造れるかもね」


「えっ、発電機を?」


「そうだね。物さえあれば、やれると思う」


「そういう事ならご飯なんか早く食べて――ゲホッ! ゲホゴホッ!」


「どしたの!? しっかり!」


「平気……スープがむせただけだから……」


「大量に吐血したように見えたよ」望海の唇からアゴまで、スープで真っ赤に染まっていた。



「ふぅ、ふぅ……。私は平気。オッケーオッケー。まずは落ち着こうよリンタローくん」


「うん、君がね」


「とにかくご飯を食べちゃおう。そしたらすぐに村長さんとこに行くよ」


「いや、でも僕は家を建てなきゃ」


「そんなのどうでも良いの! 私の家に住めば良いじゃない!」


「ええーーッ!?」


「ほらほら早く食べよ、さぁググッと飲んじゃって――ゲホゲホッ!」


「わかったから。もう少しゆっくり飲もうよ、ねぇ?」



 僕のアドバイスも虚しく、とにかく急かされてしまった。そして身支度もなしに外へ。北の丘まで一直線だ。



「早く教えてあげなきゃ、きっと大喜びしてくれるよ!」



 望海が僕の手を引っ張りながら微笑んだ。その姿を見て、僕は敵わないなと思った。



(なんだか変な子だな。でも、ありがとう……)



 望海が僕の手を引くと、決まって何かが壊れた。古く凝り固まったものが、みるみるうちに崩れてゆくのだ。実際、心の壁はもう感じられない。さっきまでの気まずさが嘘のようだった。


 眩しい朝日が燦然と輝く。村の人たちは活動を始めていて、通りには何人もの人影が見えた。



「あ、タネおばあちゃん。おはよ〜〜!」


「うひゃあ! アンタどうしたんだべ? 血ィ吐いたんけ?」


「あぁこれ? 朝ごはんの――」


「とにかく座っとれ! 下手に動くんでねぇど!」


「違ッ! 待ってこれ、怪我じゃないってば!」



 顔半分を赤く染めた姿は、ゾンビ界隈でもNGらしい。騒ぎを聞きつけたおじさんおばさんと、大勢が集まり、ちょっとした人だかりが出来てしまった。



「だから違うんだってば! 村長さんのところへ行かせてよ〜〜!」



 やっぱり焦るとロクな事がない。僕の予感は正しかったのだと思うが、口には出さなかった。そのかわりに、降って湧いたようなこの騒ぎを、温かい眼差しで眺めた。


 そこから頭上に目を向けたら、空は青く、そして広い。今日もいい天気だと思った。 

 



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