またな
[君のせいだ]
僕にとっての青春はこの場所だ。
僕にとっての青春はこの音楽だ。
夏の入道雲は恐ろしいほど大きく美しいと思ってしまう。
退屈な終了式を終え、明日から念願の夏休み。
僕は終了式と共に引っ越すことが決まっている。
この景色も、コイツらと話すのも今日が最後だ。
だけど、引っ越すと誰にも言っていない。
言ったら悲しいだろ?
何ににも最後をつけると特別になる気がする。
君と桜が綺麗な河川敷に座って夕日が落ちるギリギリまで喋ることも、一緒に童歌の替え歌を作るのももうできない。
今日は向日葵が鬱陶しい程綺麗な日だった。
綺麗に澄んだステンドガラスのような空に咲く黄色の向日葵は風で揺れても太陽の方しか見なかった。
君が好きだった音楽は僕もよく聴いていた。君の家に行くとよく流れてくるからだ。
いつでも風鈴が鳴る君の家にはトランプしかおもちゃがなかった。
なので粗方全てのトランプゲームを網羅した。
確か君が一番好きだったのは七五三だったか。
誕生日にボードゲームをあげた時君は本当に目をキラキラとさせていたな。
「本当にいいのか?」
「あぁ、いいぞ」
なんてやりとりをしたのを覚えている。
癖で耳に挿すイヤホンからは、いつも君が聞いていた音楽が流れていくる。
洋楽だからなんて歌詞は全然分からない。君が熱心に解説してくれたけどもう覚えていないなぁ。
今日は部活で遅くなる君は、無駄に感がよかった。
僕が何も言ってないのに、『何隠してる?』と聞いてくる。
おかしいだろ、なんで分かるんだ? と思った記憶が頭の片隅に片づけられている。
そんな最後の帰り道、川に流れる水と同じ方向に歩いていく。吹いた風が美しい新緑と僕の髪をグチャグチャに混ぜた。
今頃君の家の風鈴は大きな音を立てているだろう。
「ただいま」
誰も居ない、何もない家。
そんな家の玄関に僕の声が虚しく響いた。
親はもう家の手続に行ったらしい。
電車で行ける距離だが地味に遠い距離を一人で行くのか…と思ったが、別に悪いことではない。僕は電車が昔から好きだったからな。
もう二度と手を通さないであろう制服を脱ぐ。沢山の思い出が詰まった制服。
始めの頃はブカブカだった裾もピッタリになり、少しはさまになったと思う。
まとめておいたカバンに制服を詰め、忘れ物がない事を確認して家の鍵を閉めた。
二度と帰ることのない家から出る時、ゆっくりと閉まるドアをながめている。
鍵もいつもよりゆっくり閉めて、ガチャっと言う音をしっかりと聞く。
あぁ、こんな事しなければよかった。
最後だって実感が湧くではないか……。
「よぉ、シマ」
後ろから手を振ったのは君だった。
少し意地悪な声の君は部活の帰りなのか、少し息が上がっている。
「ど、どうした?」
「忘れ物、なんか今日届けなきゃと思ってね」
「あぁ、ありがとな」
「ほら」
出された手には家の住所が書いてある紙だった。それも君の家の住所。
隣にはお世辞にもうまいと言えない列車の絵。
「なんだよ、これ」
「ん?忘れ物だ」
「はぁ、」
「今までありがとな」
「な、なんでだよ。明日も明後日も一緒だ」
「そうか」
「なぁ、シマ」
「……」
「転校するんだろ?誰にも言わないまま、どっかに行くなんて寂しいからよ」
「…………」
「だから、最後に俺くらいにはさよならっても….、いいんじゃねぇか?なぁシマ」
真っ直ぐ僕を見る君は本当に太陽のような目をしていた。
「…めた」
「なんだよ」
「ダメだッ」
「……なんでだ?」
「お前はなんなんだよ。
“今までありがとう”なんて軽々しく言うんじゃねぇ。そんな悲しそうな顔するな。
僕が死ぬわけじゃないし、君と一生会えないわけじゃない。」
「おっ、おい」
「お前にッ、さよならなんて言ったら、最後みたいだろ、それに」
「それに?」
「泣いちまうだろ……」
「ハハッ、そうかそうか、じゃあ」
「“またな”っだな」
「ッあぁ、またな」
「それにシマもそんな顔するな。いつもは笑顔だろ?」
「いつもは笑わないよ。」
「そうか、そうか」
それを言った僕の顔はどんなだっただろうか? 情けないか、それとも笑っていたか?
それは君のみぞ知る真実だ。
「あぁ、全部全部君のせいだ」
「ん?」
「君がいなきゃ、泣かなかった」
「そうだな」
「君がいなきゃ、また此処には帰ってこなかった」
「マジ?」
「君がいなきゃ、此処から離れたくないと思わなかった」
「……そうか」
「胸を張って行ってこい。なにせ俺の友達だからな。」
「だから、なんだよ」
「気分だよ、き、ぶ、ん!」
「ハハッ、そうか」
君が笑ったその顔は向日葵のように美しい。
君の住所を握りしめて、歩く道は
いつもより幾分か美しかった。
そんな道を君が好きな音楽を聴きながら歩いている。
「またな、か」
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青春にハマり気味ですね……。