家族Ⅲ
「それじゃ、また明日な。桃谷、蒼汰」
学校の校門前で雅哉と美羽を見送った後、聖奈と蒼汰は駅へ向かった。聖奈は歩きながら、周りを気にして蒼汰に対してずっとあった疑問について聞いてみることにした。
「ねえ、熊野君。変なこと言うんだけどさ、まだ話してないことあるよね?どうして話そうとしないの?」
そう聞くと蒼汰は一瞬足を止めた。それにつられ聖奈も足を止め、二人は向かいあう。
「持っている情報は全部話したつもりだけど?」
「ううん、そんなはずないよ。だって、あの嚙んでた人が人間じゃなくて蜂だって普通わからないよ。それにさっきもみんなが知らないようなことを知ってた。こんな短い期間で」
聖奈からしてみればおかしな話だったのだ。この短期間で蒼汰は女王様の存在を認知しており、人が人ではないことを知っていたのだ。ほんの少ししか共に過ごしていないが、蒼汰は口数が多いわけではない。周りの者に情報収集する時間もなかったはずだ。それなのに誰よりも情報を持っていた。聖奈は心底母が心配であるのに全てを話そうとはせず、隠そうとする蒼汰に対してどこか腹立たしく感じていた。いつもなら何でも流すのだが今回ばかりはそうはいかなかった。それほど聖奈の中で母の存在が大きかったのだ。
「そうだね。でも俺も何でも知ってるわけじゃない。この世界の直し方も知らない。それに、知らない方が良いこともある」
(それは私の欲しかった答えじゃない)
聖奈は自然と拳に力が入った。掌に爪が食い込んでいる。怒りを面に出さないように息を吐いた。
「わかった。熊野君がどうして隠そうとするのかわからないけど、きっと何か事情があるんだね。でも一つ約束してほしいことがある」
「…なに?」
「もし私が熊野君の言う『知らない方が良いこと』を知ったとしてもそれがお母さんを取り戻すヒントになるなら絶対に邪魔しないで」
聖奈は低い声で真っすぐ蒼汰の目を見た。蒼汰はそんな聖奈を初めて見て、頷くことしかできなかった。しかしそんな約束したくない、というのが本音だ。
「って、ごめんね。私、上からだったよね。お母さんが心配でつい」
「仲いいんだね、ちゃんと帰ってくると良いね」
「うん、ありがとう」
それから二人は何も話さず、黙って歩いた。駅についてじゃあね、と一言口にしてから別々のホームへ向かう。
「…羨ましいな、その親子愛」
蒼汰が誰にも聞こえないくらいの声で言った。嫉妬をするなんて自分らしくもないと頭を振って電車に乗り込んだ。この世界でも電車はしっかり動くんだな、と呑気に思った。