ハチⅣ
「ほんまに何なん?ゾンビ映画かなんかの撮影か?そうやないと意味わからんて」
「熊野君はこうなること、わかってたの?」
「うん、学校へ来る途中で見た」
「やったらもっと早く言えや!」
「もうとっくに知ってると思ってた」
「知ってたらあんな普通に登校してへんわ」
聖奈は言い合っている二人を宥めた。雅哉が怒る気持ちもわかるが、おそらく蒼汰も聖奈と同じで無暗に話すのは危険と思ったのだろう。蒼汰の肩を揺らしながら雅哉は何かを思い出した。
「せや!美羽に電話しやんと。大丈夫なんかな」
雅哉はポケットからスマホを取り出した。聖奈は美羽と呼ばれる人が誰なのか理解していなかったが、蒼汰が恋人だと教えた。雅哉が通話をしに距離を取ったので、聖奈は蒼汰がどこまで知っているのか聞いてみることにした。
「あの、熊野君はこの世界のことをどこまで把握しているの?」
「いや、俺もよく分かってない。人間があいつらに襲われるのとあいつらに女王様がいることぐらい」
「その『あいつら』って何なの?」
聖奈は蒼汰に一番気になっていることを聞いた。一呼吸おいて蒼汰は答える。
「…蜂だよ」
聖奈は混乱した。蜂とはあの虫の蜂のことだろうか。もしかして自分の知らない『はち』というものが存在するのではないだろうか、と。すると蒼汰は聖奈の考えを読み取るようにして言った。
「今思い浮かんでいるのであってると思うよ。昆虫の蜂だよ」
「やっぱり、そうだよね…」
昨日から頭の中がぐちゃぐちゃだ。しばらくして雅哉が私たちの方へ戻ってきた。雅哉も同様に蒼汰から『あいつら』の正体を聴き、聖奈と似たような反応を示した。蒼汰は二度も続けて同じ反応を見たので説明するのを心底面倒くさそうにした。
「で、雅哉。彼女は大丈夫だったの?」
「うん、あいつ今日三限目からやから、もうすぐ学校に来るらしいわ。心配やから門前まで行ってくる」
「わかった。それと今の見てたらわかるとは思うけど、人間ってバレたらあーなるよ」
「気ぃ付けようがないけど気ぃ付けるわ」
雅哉は早々に行ってしまった。その場に残った聖奈は少々気まずさを覚えた。さほど仲良くもない異性と何を話せばよいのかわからなくなる。しかもこんな状況では尚更、普通の会話はできない。それでも得体のしれない者と一緒にいるより、誰かと行動したかった。だから簡単に自己紹介をしておこうと思った。
「改めて、私は桃谷聖奈です。まともな人がいてくれて本当に良かった。これからよろしくね、熊野君」
「凄く今更だね。名前ぐらい覚えてるよ」
少し拗ねたように言った。蒼汰は意外にも聖奈の名前を記憶していた。聖奈はそれが意外だったため、驚きの表情を浮かべた。それを見た蒼汰は失礼な人だな、と少々不満に思った。