第五小節:自像葬
走りながら考えた
逆におじさんがあそこでドッペルゲンガーを殺したとは考えられないだろうか
でも相手がおじさんの言うとおりの霊的な思念なら
ドッペルゲンガーが殺されて死体が残るだろうか
ひとつひとつ順を追う様に考えを巡らすうち
浮かんできた情景
あの死体を見たときに感じた違和感
あれは…おじさんだった…よね
顔ははっきり見た
なのに、その死体は
おじさんと同じ顔をつけているのに
話したこともない、なぜか知らない人だと
そう思えて仕方がなかった。
人間を殺したドッペルゲンガーは
その後どうなるのだろう
ドッペルゲンガーに同情するような
おじさんの顔が忘れられなかった
(思念かなんだか知らないが…迷惑な話だ)
(いつも不思議とここへは来てしまう…)
他愛もない小さな違和感は
考えれば考えるほど
答えをある事実へ向けていった
「もしかしておじさんは…」
ふと気がつくとあの空き地の前に立っていた。
ドッペルゲンガーに襲われた場所。
私の体はあの日の恐怖を無視して何かに誘われるように足を進めた。
私もおじさんと同じように ここに思い入れがある。
だからあのときドッペルゲンガーも…
今ここにいるという確信はなかった
ただ、そんな気がしたから
進むにつれて徐々に歩幅は小さくなり
角へと差し掛かった
そして
まるで分かっていたかのように両目が捉えた人陰
あそこにいるのは間違いなく…私だ
入り組んだパイプの隙間から見える
こちらに背中を向けて一点を見つめている
落ちていたパイプを手に取り
少しずつ なるべく音を立てないように近づいた
幸い雨音で少しくらい音を立てても気付かれなさそうだった
ただでさえ重いパイプを持った手が震える
「あれは生きものじゃない…生きものじゃないんだ」
分かっていても自分にそう言い聞かせるしかなかった
さらに雨は強くなり 空が唸りだした
もうその気になれば飛びかかれる
手に持ったパイプが熔けるほど握りしめた
(殺さなきゃ 殺されるんだ 今しかない)
そして、ついに一歩を踏み出した。
心臓の音がどんどん大きくなるのが分かった。
この音が雨音の隙間を縫って
向こうに伝わってしまうんじゃないかと心配になる。
しかし雨音の隙間から聞こえたのは別の
聞こえるはずのない誰かの声だった。
―勝手な話だと思わないか?
突然理由もなく自分に殺されるなんて―
「えっ?」
思わず声が漏れた。
同時に落ちていた何かに躓き
その衝撃でパイプが手からすり抜けた。
―カララン……ッ―
「!」
まずい
気付かれた と感じたその瞬間
曇り空を引き裂くような雷鳴とともに
背後で空が光り 辺りが一瞬にして明るくなった
予想外の大きな音に驚いた体は
何も考えなくても
反射的に 次にするべきことを理解していた
*****
雨音が響く―
雨は嫌い。濡れるから。
"音"は聞こえていない 感触だけ
私の両手は 近くに落ちていた
コンクリートの破片を何度も
目の前のそれに叩きつけていた
無心で、何度も
途中聞こえた声の意味は考えず
何度も、何度も 何度も、何度も―
そうしているうちに
雨音は遠く 霞んでいく視界の中で
私は 私の死体を見つめながら
自分だけが濡れていないことに気がついた




