第三小節:雨宿り
舗装されていない道路を歩く
周囲の木は枝が伸びたい放題で
車など到底通れそうにない
「この先は…確か」
そこは廃館になった町はずれの図書館だった。
迷うことなくおじさんは館内へ進み
入口から一番近い部屋に入っていった。
遅れないように少し小走りになると
床に落ちたガラスの破片がジャリジャリ音を立てた。
部屋の中は全く使われている感じはせず
部屋中にある本棚には何冊か
本がまばらに並べられているだけだった。
おじさんは着くなり部屋を物色しはじめた。
しばらく無言が続いたせいか
少し和らいでいた不安が徐々に甦ってきた
(私、考えたら全然知らない人について来てるんだ…)
そのとき
「君の見たものは…
ドッペルゲンガーだろう。」
「…!」
部屋の奥にある小さな机に腰をかけたおじさんが切り出した。
おじさんは いつの間にどこから持ってきたのか
手に持っていた蝋燭に火をつけて机に置いた
「ドッペルゲンガー?…ってあの…」
「…まぁ大方君の思っているものと大した違いはないだろう。
自分とは違う、もうひとりの自分を目撃する現象のことだ。」
信じがたいことを口にするこの大人に少し驚いたが
実際、事が起こったあとでは疑う理由もなかった
「そのドッペルゲンガーがなんで…」
「ふむ…一般的には死期が近いだとか、
死の予兆と言われてるが…」
「そんな…!私もうすぐ死ぬってことですか!?」
「俗説的にはそうだろう。
ドッペルゲンガーを目撃すれば
そのドッペルゲンガーに殺されると聞く。」
それを聞いた瞬間 全身に鳥肌が立った
「そんな…」
あの時の私は、私を殺そうとしてたんだ
おじさんはショックを受けている私を無視するように また部屋を物色しはじめた
「しかし勝手な話だと思わないか?
突然理由もなく自分に殺されるなんて。」
おじさんは少し困ったような笑いを浮かべ
その後で私の不安を煽るかのように
「しかも一度現れたドッペルゲンガーが
放っておいて消えたと言う例は聞いたことがない。」
「…それじゃあ―!私はどうしたらいいんですか!
このまま怯えて過ごせって言うんですか」
悲観的な事ばかり言うおじさんに少し苛立って
私は追い詰めるように聞いた
「…おそらく方法がないわけじゃあない。」
「…方法って!?」
「……」
もう一度問いただそうかと凄む私を見て
おじさんがゆっくり口を開いた
「君が殺せばいい。」
おじさんはあからさまに舌足らずな答え方をした。
「…!」
「簡単な事だ。
2人いるのなら不要な方を始末すればいい。」
「殺すって言ったって…
いっつも包丁か何か持ち歩かないといけないんですか」
「ふむ。物騒な話だな。
逆に殺されなければいいが。」
洒落にならない
「おじさんは…なんでそんなに詳しいんですか」
「…見たからだ。」
「おじさんも…?」
おじさんは難しそうな顔をしながら目を通していた本を棚に戻し
今度は少し薄めの本を手に取った
「見たからというのは理由としておかしいな。
確証があるわけじゃない。」
「でもおじさんが今はこうして無事ってことは…」
「いや…見つかっていないだけの話だよ。
あの時は逃げ出したからね。
ふむ…何の事だかさっぱりだ。」
読んでいた本を諦めてまた机の上に腰をかけた
「じゃあ殺せばいいっていうのも
確証があるわけじゃないんだ。」
「そもそもドッペルゲンガーは
霊的な思念という説がある。
刃物で刺して殺せるかどうかさえ分らないよ。」
おじさんの予測や一般的な見解というものに
これ以上言い返す気にはなれなかった
「…おじさんはずっとここに隠れてるんですか?」
「いや、だがいつも不思議とここへは来てしまう…。
もしかしたらドッペルゲンガーの原因がここにあるかも知れないな。」
それから少し間を開けて
「…まったく、思念かなんだか知らないが迷惑な話だ。」
また困った顔をしたおじさんだが今度は笑わなかった
まるでドッペルゲンガーの気持ちを汲んでいるかのようだった
その後は特に大した話はしなかった。
おじさんは同じ境遇にいる自分を
私に知らせたかっただけなのか
決定的なことは何も分からないまま
「じゃあドッペルゲンガーの倒し方
分かったら教えてくださいね、絶対ですよ!」
そう約束をしてその日は別れた
最初は不安でいっぱいだったが
同じ状況の人がいるだけで私は少し心強かった




