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4 研修所

 山陰の山の中で育ったものだから、広い平野を見るとそれだけで感動してしまう。

 なにしろ見渡す限り山が見えない。そしてそこら中に家や建物がある。

 富士山の雄大さに目をむき、関東平野の広大さに息を飲んだ。だからそれらをあっさりと通り過ぎて茨城に入ると少々がっかりとした。山があるし、家々も農家ばかりでいたって普通だ。もちろん出雲や松江などとは比較にならないほどだだっ広いのだが。

 

 結局俺は中学を中退することになった。

 「わざわざ大陸まで行って百姓なんかやりません。田畑なんかうちの近所にいくらでもあります」

 これでも結構な規模の土地持ちである、我が家の寺領は。寺こそ石段を何百段と登らねばならぬ山寺だが、禅宗の修行寺としてはそれなりに名が通っていて、旅の雲水が常に滞在してしていたものだ。小作も多く、専門に管理する檀家がいるぐらいだ。俺も小さなころから勝手に畑や田んぼに入って手伝っていた。大体は怒られて追い出されてはいたのだが。

 「波多野君よく資料を読みたまえ。君は試験でもよく見落としが多いぞ」担任はそう言いながら募集要項の最後のあたりを指さした。 

 (技師養成・満州航空機 若干名)とあった。

 「興味はないかな。波多野君」

 

 来年から正式発足予定の満蒙開拓少年義勇軍は、全国から(主に農村の)人余りの少年を集め、、人手不足の満州開拓に送り込もうという大事業だ。年上の青年たちは風雲急を告げる大陸情勢に備え徴兵が進んでいた。不足する人員はより若年の子供で補おうというわけだ。

 ここ数年にわたって試験的に何百人も訓練を行い、すでに大陸に送り出していたらしい。あとはお国の予算さえ執行されれば、毎年何千何万という少年を広大な満州に、というわけだ。

 俺の周辺に子供たちが余っているとは思えなかったが、東北など東の方ではそうではないらしい。

 娘は売られ男は開拓へと駆り出されか、と内心でうそぶいていたもののさすがに口にはだせなかった。俺だって愛国少年のはしくれだからな。

 まあ百姓なら実家で出来るが技術者となるとそうはいかない。中学を出て専門の学校へ行くには時間も金もかかる。

 「養成所に入れば些少でも給料も出るそうだ。悪い話じゃないよ」

 俺の頭の中には、満州の荒野ではなく少年雑誌で見た奉天や哈爾濱の都会的な街並みが浮かんだ。


 母には大反対されたが父は少し違った。

 「これも血筋かもしれないな」なんでも俺の祖父は東北仙台の生まれで、幕末には北海道まで渡って明治政府と戦ったらしい。

 「若い時に国を出たがるのは遺伝かもしれぬな」一枚だけ祖父の写真があって、親父に似ずいかつい顔をしていたが五稜郭の反政府軍だったとは知らなかった。それまで昔話など聞いていなかったのだが、父の昔語りは結構長く面白かった。祖父だけではなく父母も波瀾万丈じゃないか。またゆっくりと聞いてみたいものだと思ったが、ずいぶんと先のことになるとはその時はわからなかった。


 義勇軍の研修所は茨城県にありそこでひと月ばかり過ごし、満州に向かうことになった。研修所は農業高校の敷地にあり、見なれない建物が幾つもならんでいた。

 「日輪兵舎である」案内してくれた青年が言った。

 なんでも蒙古の遊牧民の住居を参考にして、簡単に素早く、少年達にも作れるようにと開発されたものらしい。これから来年までに何百棟も建てて千人以上が同時に研修出来るようにするらしい。中学校が幾つも集まったようなものかと思うとちょっと想像がつかない。

 「君たちはここを使いなさい」と言って指示されたのはそんな兵舎の一つだった。

 (君たち)というのは俺と同じように各地から集まった者たちで、年恰好も同じくらい。五十人ばかりの集団だ。 

 兵舎の中は窓が小さいため薄暗かった。

 直径は10メートル以上はありそうだ。円形だから分かりにくいが三十坪ぐらいなのか、二階もあるが、ここに五十人とは窮屈だと思った。まあひと月ぐらいは辛抱だ。ところが後でわかったことだが定員は六十人なのだそうだ。いくら子供でも、と思ったが寝るだけなら充分ということらしい。

 互いの領地を決めたところに声がかかった。

 「広場に集合!ただちに駆け足!」

 あわてて外に出て広場に向かった。

 朝礼台があってその前に整列させられた。台の上には白いひげをはやした爺さんが立っていた。


 




 

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