30 宴会
「あちこち穴が開いとるなあ」
「こりゃあ修理代が高そうだ」
俺はスーパー機の中で這いつくばるようにして拭き掃除をしていた。一番の汚れは血膿なんだから嫌になる。が、自分ではなかった幸運に感謝して水とアルコールを使い分けながら作業を続けた。
機体の方は、基地の整備兵のおっさん達が寄ってたかって世話を焼いてくれている。特に俺の方からはお願いはしていないのだが、操縦系統のワイヤー調整に可動部分の注油。着陸脚の手入れをしていた人はタイヤの磨き上げまで行っていた。
発動機に至っては潤滑油の交換はもちろんのこと、点火栓や配線まで見てくれた。
基地幹部と参謀殿との話し合い、タカセ飛行士の手術はどちらも早く終わった。話し合いは酒盛りに変わり、一命をとりとめた飛行士は基地の医務室で清潔なシーツにくるまれて寝ている。
酒盛りには俺も誘われたが丁重に断った。皆さん怖そうだし。
うまく着陸出来ないスーパー機を上から押してくれたのは、なんとこの基地の戦隊長だった。
下がらない機体の制御に困っていると見て、とっさに上から押さえつけることにしたそうだ。
「やっぱり隊長さんは名人だな」「絶妙の力加減じゃ」「サーカスの出し物になるな」整備兵の皆さん絶賛の嵐だった。そりゃ着陸直前の機体を上から押すって、下手したらそのまま地面に突っ込んでますよね俺。実際着陸した瞬間は結構な衝撃だったような記憶もあるし。
「あれくらいは海軍さんなら普通だろ」と言う人もいた。航空母艦への着陸(着艦)なんかは「叩きつけるように」って教えられるらしい。怖いな海軍。うちの工場では海軍の機種はほとんどなかったからな。脚の作りはどうなっているんだろう。帰ったら設計の人に聞いてみよう。
あの時機体を降ろせなかったのは初心者にありがちなことらしい。飛行機が低空を飛ぶと何もしなくても揚力が強くなるのだそうだ。
「丈夫そうな翼だったからな、つついたらうまい具合に降りてくれた」とおっしゃっておられたそうだ。なんでも中国軍機を撃墜したときも俺たちの後方についていて、基地に帰るまでずっと後ろを守っていてくれたらしい。後方上空なんか完全に死角なんで、前しか見ていない俺が気が付くはずもない。ずっと二機だと思ってました。
そういえばここの基地は臨時に作られて、戦隊ごと移動してきたところなのだそうだ。「秘密基地じゃ」ということで地名は教えてもらえなかった。「お前が知らんだけ」と、つっこまれていたけどな。戦隊付きの整備隊なんて移動中は荷物と一緒でわけがわからんそうだ。
一通りの整備を済ませ、翼の陰に集まった整備のおっさんたちと休憩しながらの話は面白かった。俺が満州飛行機の見習いだと知ると、次から次へと質問が飛んできた。
「満州の飯はうまいのか」「満州の土地は広いのか」「満州の女は美人か」最後の質問をした人はおっさんに殴られていた「子供に何を聞いとるんじゃ」
まあ全部「はい」ですよね。そもそも俺には比較出来ない事ではあるんだけれど。皆さん中国に派遣されて以来、少しずつ満州側に移動してきているのでこれからに興味が湧くのは当然のことなんだろう。俺のような子供の情報でも興味はあるんだな。
逆に俺としては満蒙開拓少年義勇軍が、内地ではどうなっているのかが気になった。詳しい人はいなかったが、どうも当初の予定通りに少年たちは集められ、海を越えてきているようだ。ただ俺の周りにこないだけで、土地の開拓へと進撃は続いているんだろう。
ちょっと取り残された気分だ。
これも宴会みたいなものだな、技術的な話題もでて楽しかった。
バラックのような小屋から参謀殿と怖そうな人がこちらに歩いてくる。あの人が戦隊長さんだ。俺は直立不動で迎えることにした。
「先ほどはありがとうございました!」とにかくこうして無事でいられるのはこの方のおかげだ。
「いや、初めてにしては見事な飛行だったぞ」そう言ってなんと頭を撫でてくれた。頭をなでられるなんて久しぶりすぎて、おもわず顔が赤くなった。
「ハタノ君、大休止が終わったら帰るぞ」参謀殿は気楽な調子でおっしゃる。今度は離陸に挑戦か。
「ああ、大丈夫だ。操縦は本職に頼めることになった」タカセ飛行士はお役御免ということらしい。




