28 遥かなる山嶺
「くそう、あの馬賊ども」参謀殿はしきりに悔しがる。そりゃあそうだろう、今やスーパー機は風の中をただよう凧に等しい。タカセ飛行士は一発の銃弾に腹を貫かれ気を失っている。応急手当をおこなった参謀殿はちまみれだった手を拭い、ついでに座席の汚れも拭きあげて操縦席に座っている。当然操縦桿にはさわりもしていない。あいかわらず機体を水平飛行させているのは俺の仕事だ。もう慣れたものだよ、これだけならな。
俺達を襲って来たのは馬賊の一団だったようだ。もちろんそんな連中見るのも初めてだ。知識としては色々と聞きかじってはいる。盗賊まがいのものからちょっとした軍隊に近いものまで、都市を離れれば中国大陸のどこにでもいるらしい。
何故いきなり襲われたのか、というとどうもスーパー機のためと思われた。着陸する飛行機を見た奴がいて、金になるとでも思いついたのだろう。とりあえず仲間を集めてやってきたら飛び立つ直前だったわけだ。まあ早起きして正解だった訳だが、なんで操縦士が被弾するかな。動いていれば当たるもんじゃないとか言ってたじゃないか。
「豆鉄砲だったのが不幸中の幸いだったな、きれいに抜けているから出血さえ止まれば死ぬことはないだろう」
確かに昨夜埋葬前に整えたお仲間の亡骸の銃創は酷いものだった。腰から腹に抜けた銃弾は大穴を開けていたのだ。三年間現地に潜伏したあげくあと一歩で脱出というところでの災難だ。かがんでいなければ俺の頭も一緒に連れていかれるところだったんだがな。
「あと三百里なんだがな」地図上ではそんなところらしい。どこからどこまでかは知らん。ただ地形が変わってきている、草原の緑が濃くなりそれなりに高い山が点々と続きだしていた。遥か先には山頂を白く染めた山々が見えて来た。大興安嶺山脈だ。
帰ってきたんだ。
満州に来て数年とはいえ暮らしてきた土地だ。今や俺にとっては故郷と同じ、もう異邦ではない。
突然目の前を塞がれた。たぶん上方から降下してきたんだろうが、複葉の小型機だ。
「田中さん!」声を出すのが精いっぱいだ。地図を見ていた参謀殿は顔をあげ驚愕していた。
小型機はフワッと上に行き、今度は左側に付いた。距離は50メートルもないだろう、操縦席のパイロットの表情まで見える。ハンドサインで下を指差している、高度を下げろってことだろうな。
「くそう、中国軍の戦闘機じゃ」
俺はどうしたらいいのかわからない。
「どうしますか」
「このまま、このまま」
どうせ何もできないんだけどね。
少しこちらに寄ってきたような気がした。と、前方に花火が飛んだ。いや、機関銃の曳光弾だ。動きを見せない俺たちに業を煮やしたに違いない。少し距離をとったようだ。様子を見ているのか、と思う間もなく前方に別の飛行機が現れた。形が隣と同じに見えるから中国軍の戦闘機なんだろう。
「仕方がない、少し高度を下げよう」気楽に言いますけど、操縦してるのは俺ですからね。慎重に操縦桿を動かす、急な動作にならないように。せっかく安定して飛んでいたのに。
こちらが指示に従ったと判断したのだろう、左の戦闘機が距離を詰めて来た。表情どころか声まで届きそうだ。言うことを聞けよ、と圧力をかけているつもりかもしれない。心配しなくてもこちらは手も足も出やしないんだがな。
参謀殿はどこからか旗を出して向こうに見せている。見覚えがある、そうだこの機体に描いてある奴だな。たしか徳王様の旗印だったな。だが反応は冷たいものだった。パイロットは首を横に振ったのだ。そして下を指差すばかり、いや今度は前を指した。
「前に続け、ですかね」
「そんなところだろう」
確かに戦闘機は位置を前方から右下方に移動していった。今度は舵を修正しなきゃならない。くそう、俺だって素人じゃないんだから、恐る恐る右へ転舵らしきものを行った。
えらいもので前方の機体を見ながら調整していると、動かし方が少しづつ分かってきた、ような気がする。いつの間にか前方に見えていた山脈はなくなり、草原だけがあった。高度計を見ると1500メートルになっている。随分と下がっている。
「どこに行くんでしょう」
「たぶん自分らの基地に行くんだろうよ」参謀殿も元気がない。前途を考えれば当然だろう。このまま捕虜になってしまうんだからな。そうなると俺はどういう扱いになるんだろう。あまり良い未来があるとは思えない。とりあえずは前にならえでいくばかりか。
左で動きがあった。こちらが言うこと聞いているとみてか、距離を100メートルばかりに開いていた機体が突然火を噴いたのだ。あっと思う間もなく前にいる機体が右に傾き降下しようとする。だが操縦席あたりが煙を噴いたように見え機首が急激に下がった。見る間に下に落ちていく、と同時に別の飛行機が急降下していった。
一瞬だが胴体に日の丸が見えた。




