26 逃走
その人は梯子にとりついたところを撃たれたようだ。どこから誰が撃ったのか俺には分からなかったがタカセ飛行士からは見えていたらしい。百メートルは離れた先からの狙撃だったそうだ。機体の滑走がもう少し遅れていたら全員穴だらけになっていただろうとの事。俺の頭の上をかすめたのは銃弾だったようだ。
調べてみると確かに機体に銃弾が貫通した跡があった。基本は金属フレームに布張りだからな、穴の補修は俺の仕事だな、このあと無事着陸できれば。
自分の頭が無事なのもありがたかったが、よくガソリンの入った一斗缶に当たらなかったものだ。それを指摘すると「これでも悪運だけは強いんだ」と飛行士はうそぶいた。まあ相手が戦闘機でもない限り飛んでいるうちは安全だそうだ。
「地上からの攻撃なんか当たるもんじゃない、鉄砲の弾なんか当たったってどうってことはない」
「機体はそうかもしれませんが人間はそういうわけには…」後ろにその良い例が、いや悪い例がいらっしゃいますしね。
「中国軍の戦闘機は怖いぞ、なんたってアメリカ製だからな、日本の爆撃機なんかいくらでも落とされてる」じゃあこれも危ないじゃないですか「だから見つからないようにやってるんだ」
高度を抑えながら速度を限界まで絞り出す。機関士としては計器を睨みながら飛行士に報告する事ぐらい、後席の様子は既に伝える事もなくなっている。地上には砂礫の平原しか見えない。
一旦機体を北に向けてから、その後大きく旋回して東へ進路を向けている。追跡や待ち伏せに会う可能性を避けたいようだが「いずれバレること」ではあるそうだ。このあたりは中国軍の支配下だ。連絡網もしっかりしていることだろう、住民感情なんか最悪らしい。とにかく燃料を補給出来る所まで飛ぶしかないということだ。
まだ明るいうちに補給地にたどり着くことが出来た。往路での休憩地を二か所端折ったことになる。軽口のつもりでそのことを告げると「よく覚えてたな」と感心された。似たような景色ばかりだから慣れないと混乱するそうだ。
「山だての要領です」漁師が海上で自分の位置を判断するのに使う技だ。
「どこでそんなこと覚えたんだ」と参謀殿が聞く。
「そりゃあ浜で遊んでて漁師に聞いたんですよ」
尋常小学校のころ、夏休みに何度か同級生たちと海に遊びに行っていた頃がある。母に焼きおにぎりをつくってもらって朝から家を飛び出した。砂の奇麗なことで有名な浜辺に出て、泳いだり貝を拾って焼いて食べたり。長い夏の一日の過ぎていく速さといったら。
ある時舟の手入れをしている漁師に声をかけられて、小舟に乗せてもらったことがあった。
「どこから来た」と聞かれて「××の勝音寺から」と答えると漁師はしばらく俺の顔を見て「ああ、姫さんの息子か」と言って何故か俺の頭をなでた。
漁師は俺たちを舟に乗せ浜で遊ぶ時の注意や楽しみ方を教えてくれた。そして「沖を見せてやろう」といって舟を漕ぎだした。
沖と言っても今から思えばそんなに遠くではなかった。仕掛けた網のウキが固定してあったり、目印の竹竿が見えたからな。それでも浜が遠くなり山々の連なりが見えると俺たちは興奮して歓声をあげたものだ。
その時漁師は俺に海上での位置の見方を教えてくれたのだ。山の形を覚えておいて、複数の山の頂と舟との角度で現在の自分の位置が判る。
「山立てと言ってな」海には流れがあるから同じように漕いでも同じ位置にはたどり着かない。陸の道とは違うから気を付けるようにと言った。俺は感心して頷いたが、家に帰ってから今日の出来事として母に報告しながら首を傾げた「なんであんなことを教えてくれたんだろう」
「人の知恵は何でもよくおぼえておきなさい」わからないなりにうなずいておいた。
なるほど空を飛んでいても応用は利くものだ。
「砲兵科でも似たようなことは習うな」地形を読み距離を測るのは砲兵の基本だそうだ。参謀殿は砲兵科の出身らしい。
「去年はソ連軍をさんざん叩いてやった。騎兵の連中は突撃ばかりでろくなもんじゃない」色々とあったようだ。勝ったんだか負けたんだかよくわからないが、国境紛争というのはそういうものらしい。暫定でも国境線が現地で確定出来ればよいとのこと。それでいいのか。
結局撃たれた人はそのまま絶命していた。あんな西の果てに三年も潜伏して、やっと脱出出来たと思ったら撃たれてしまったわけだ。
「同僚たちは皆やられているからな、最後の生き残りだったんだがな」
「銃殺刑よりゃいいかもしれませんな」
どっちもいやだな。
形見の私物と背のうを残し、補給地の傍に穴を掘って埋葬した。俺が経を上げ線香替わりにタバコを立てた。目印にと石を置いたがまた来ることができるだろうか。
「波多野君がこの場所を覚えましたからね。私らがダメになってもなんとかなりますよ」
「そうだな、その時は頼むよ」そんなこと頼まれても。




